「真冬の七不思議って知ってる?」と切り出した一つの声。
凌は訝しげに顔をしかめた。


 

08 : 真冬の七不思議



+冬の怪談 T+


「おはよー山本」


軽く手を挙げて挨拶するクラスメイトの男子が一人。
亜月がちらりと視線をやると、すっと通った鼻筋に優しげな笑みを唇に灯した樋上巫人が、いつもの如く朝から睡眠を貪っている凌の席に歩み寄っていくのが見えた。
彼の白いセーターの左胸には、校章の変わりにクリスチャンの証である十字架のバッジが4つは軽く付いている。

それに対して凌はと言うと、つぃと一瞬その姿を確認したかと思った次の瞬間には既に腕に顔を埋め、「睡眠の邪魔です〜」とか何とか言いながら、シッシッと手を無造作に振る。
しかし巫人はそんな適当な対応も気に掛けず、自分の席に鞄を置いた。

とは言っても亜月の前の席であるから、同時に凌の斜め右前の席ということになる。
ガタン、と椅子を反転させて眠りこける凌の席の前に付けると、小さく溜息をついて凌の頭を軽く小突く。


「おーい、起きろよ山本」

「うるせーよ。寝かせろよ。俺、寝不足なんだぞ」

「んな事知ってるよ。つーかいっつもじゃん」

「だったら話し掛けないで寝かせてあげよーじゃないか、とかそういう配慮はねーのか」

「ないよ」


「あぁそう」と面倒臭そうに顔をあげた凌に、相変わらず食えない笑みを零す巫人。
「で、何の用?」と凌が顔をしかめれば、巫人は待ってました!!と言わんばかりに顔を輝かせて鞄の中から一枚のチラシを引っ張り出す。
それを凌の鼻先数センチに押し出すと、周りに花が飛ばん勢いでその顔に笑顔を灯した。


「見ろよコレ!! 新メニューのハンバーグ!!」

「・・・え、何。お前こんなもんが好きなの」

「こんなもんとか言うなよ。俺の大好物なんだぜ」

「えぇぇ・・・」


一体、コイツいくつだよ。
呆れた顔をつくって巫人に向けてみても、当の本人はチラシのハンバーグにその視線が釘付けで、凌のそれに気付く様子は全くと言っていいほどない。
「これだから人間はやなんだよ」とボソっと呟いた言葉に、慌てて亜月が凌を叩いた。


「暴力反対〜。インスクールバイオレンス〜」

「うるっさい。もっと言動を慎めバカ」

「お前がな」


「それでも女かよ」と蔑み半分おふざけ半分の口調で珍しくもいやみったらしく笑う凌。
それに何をぅ!!と眉を吊り上げる亜月だが、次の瞬間飛び込んできたそれに、驚いて振り上げた拳が凌に落ちる事はなかった。
それは亜月とそう変わらない身長の男子で、高校2年にしては身長の低い方だ。
黒い髪にバンダナを回し、お気楽そうな鼻歌交じりに半分眠りの世界に入りかけていた凌に飛びつく。


「重てーんだけど。優生」

「おっす、おっはよー凌!! 巫人!! 和親!!」


朝っぱらから元気はつらつなこの男子生徒は榊原優生だ。
サッカー部のエースでばりばりスポーツ界系なのだが、そのせいでいつもテンションの低い凌にはちょっと鬱陶しがられたりしている。
とは言っても、何かといってこの凌、巫人、優生は一緒にお弁当食べたりしているから、きっと仲の良いという設定になっているのだろう、と亜月は思う。
なんとも記憶置換とは便利なものだ。

そんな事を思いながら、優生が「なぁなぁ」と意気揚々に話し出した言葉に耳を傾ける。


「“真冬の七不思議”って知ってるかぁ?」


唐突にそう言い出した優生に、チラシを眺めていた巫人も、眠りかけていた凌も顔を上げて優生を見た。
二人とも「はぁ?」と言わんばかりに口が開いている。
そんなの始めて聞いたなぁ・・・と亜月も興味を傾けた。


「何それ、何であえて真冬? 何で真夏じゃねーんだよ」

「俺生徒会委員だけど聞いた事ないし、それ」

「あたしも聞いた事ない」

「いや、俺も昨日初めて聞いたんだけどさぁ・・・」


「実は・・・」と話し始めた優生に、三人が耳を傾けた。




+++




夜になり、四人は人気のない校舎の前に集まっていた。
それぞれ懐中電灯を手に持ち、ライトが付くかを確かめている。


「よし、んじゃそろそろ入ろうぜ!!」


いつにも増してテンションの高い優生が先頭を切って、校舎にそって歩いていく。
三人はその後ろをついていくが、ふとよぎった疑問を巫人が口にした。


「そういえば、何処から入るんだよ?」

「あ、あたしもそれ考えてた」


二人の言葉に優生は足を止めて振り返り、にやりと笑みを零す。
そしてライトを付けて、近くの窓を照らした。


「ちゃーんと、ココの鍵を開けといたぜ」

「へぇー・・・何時の間に」


巫人が小さく呟く間に、優生はさっさと窓を開けて中に入ってしまった。
続いて亜月、凌、巫人の順に中に入り込む。
全員中に入ったところで、優生が窓をパタンと閉めた。


「んじゃ、行きますかっ」

「行くって・・・どこに?」

「・・・つーか、俺らまだ詳しい七不思議の内容聞いてねーぞ」


暗闇の中を進もうとした優生を引き止めるように亜月が呟くと、凌もふと気が付いたように呟いた。
それを聞いて、優生は暗闇を向いたまま話始めた。


「一つ目の七不思議は、“すすり泣くモナリザ”ってヤツなんだ。モナリザがあるのは美術室だろ?」

「じゃあ、最初は美術室ってことかな」

「そういうコト。行こうぜ」


優生が歩き出した後に、三人が続く。
夜の学校は昼間と違い、妙な雰囲気を滲ませていた。
廊下の奥は暗くて見えず、まるで何処までも廊下が続いているような錯覚を覚える。


「なんか、出そうな雰囲気だなー」


場を和ませようと呟いた巫人の一言に、優生がびくりと身体を揺らす。
それに気付かずに、凌が続けた。


「まぁ、何か出そうっちゃぁ出そうだな。幽霊とか」


その次の瞬間、ごとりと前から何か落ちる音がした。
亜月は小さく息を呑み、隣に居た凌の袖を反射的に掴んでしまった。
それに構わずに凌が手にしていたライトで前を照らすと、ごろごろと転がるライトが照らされる。
巫人がそのライトを拾って、自分のでも凌のでもないことを確かめた。


「・・・・・・優生?」


恐る恐る、巫人が前をライトで照らす。
すると、優生の背中が照らし出された。


「オイ、どうしたんだよ」


凌が声を掛けると、優生がゆっくりと後ろを振り向く。
その瞬間、亜月の脳裏にいやな予感が走った。
テレビで見た、怖い話を思い出す。


『―そして振り向いたその人の顔は―』


ゾクリと背筋に寒気が走るのを感じて、亜月は凌にぴったりとくっ付いた。
凌はそれに少し顔をしかめて亜月を押し返すが、しっかりと掴んだ袖を離さない。
そんなことをしているうちに、優生が完全に三人を振り向いた。


「・・・・・・ゆ、ゆ、幽霊とか言うなよ・・・・・・?」


振り向いた優生の顔は、おもいっきり怯えていた。
目に涙が溜まり、無理に笑おうとしているせいか酷い顔になっている。
それに思わず巫人が笑いそうになったが、慌てて口元を押さえた。


「幽霊とかはいねぇのっ!! だから、怖くなんかねーんだからな?! こ、怖くなんかねーぞ!!」


どうやらさっきまで無駄にテンションが高かったのは、恐怖心を紛らわすためだったらしい。
亜月は肩の力を抜いて、小さく溜息をついた。


「ホントに大丈夫? 先頭で」

「大丈夫だって言ってんだろっ!! いいからライト!! 拾ってくれてサンキュ!!」


クスクスと笑う巫人から、半ば強引にライトを受け取った優生はずかずかと足を踏み鳴らして廊下を進んだ。
一気に雰囲気が和み、先ほどまでの雰囲気など感じずにそんな優生の後を追う。
唯一人、凌を覗いては。


「・・・・・・」


優生の背中を見て、凌は少し目を細めた。


「どうかした? 山本」


亜月に声を掛けられて、凌は止めていた足を動かしなんでもないと言うように軽く手を上げた。


「別に。なんでもねぇよ」

「・・・ふーん」


少し変だとは思いつつも、それ以上踏み込むことはせず、亜月は前に向き直って先を歩く巫人と優生の後をついていった。
それから数歩遅れて、凌が後に続く。
四人は廊下の暗闇の中に飲まれていった。