夜の校舎に聞こえるは、
放送スピーカのノイズか。
モナリザのすすり泣きか。


 

09 : 真冬の七不思議



+冬の怪談 U+


「・・・・・・なんか聞こえるんだけど・・・!!」


美術室の前まで来た四人は顔をこわばらせていた。
特に優生と亜月の怖がり様は尋常ではなく、顔面蒼白になっている。


『う・・・ぅあ・・・・・・う・・・うぅ・・・・・・』

「・・・・・・なんか、聞こえるねぇ・・・」

「丁度、すすり泣きしてるみたいな感じだな」


巫人の言葉を受けて、凌がさらりと言い放つと、亜月が「ひッ」と小さく悲鳴を上げた。
優生はびくっと大きく揺れた後、乾いた笑いを漏らす。


「ハハハ・・・・・・き、気のせいだ気のせい!! いくぞ!!」

「ま、待って!まだ心の準備が・・・!!」


亜月の願いは虚しくも聞き入れては貰えず、優生は勢い良くドアを開け放った。
その瞬間すすり泣きのような声は消え、辺りを静寂が覆う。


「ほ、ホラ、気のせいだった!!」

「・・・・・・さっきまで、聞こえてたのに」


優生の後に続き、巫人、凌、亜月の順に美術室へ足を踏み入れる。
ライトで絵画を照らし、一つずつ確認していくことにした。
モナリザのある場所へと近づいていくたびに、優生と亜月の怯えようは高まっていった。


「・・・二人とも、大丈夫?」


見かねた巫人が声を掛けると、それだけでびくっと肩を揺らす。
涙目で振り向いた亜月を見て、巫人は「ごめん」と慌てて謝った。


「次がモナリザだな」


その間も淡々と絵を確認していた凌が呟くと、優生が小さく息を飲む音が聞こえた。
そして、ついに凌のライトがモナリザを照らし出す。


「・・・・・・なんか、普通だねぇ」

「・・・・・・うん」


少しの間のあと、ポツリと巫人が漏らした一言に、亜月が同意して肩の力を抜く。
モナリザはきちんと、何時ものように美しさを保ったまま、額の中に納まっていた。


「やっぱり、さっきの気のせいだったんだって!! んじゃ、次行こうぜ!!」


急に元気になった優生が、再び先頭を切って歩き出す。
その後に巫人が続き、凌も続こうとした時だった。
亜月が突然足を止め、凌の服を引っ張った。


「なんだよ」

「あ・・・・・・あれ・・・・・・」


モナリザの方を指差して、亜月がカタカタと震えている。
凌はライトをモナリザの方へと向けようとした瞬間、ブツッという音と共に突然光が消えてしまった。


「え・・・こ、こんな時に停電・・・・・・なわけないよね、懐中電灯だし」

「故障か・・・?」


凌がパシパシとライトを叩いてみるが、光は復活してくれない。
優生と巫人がそんな二人の様子に気付き、もどってきて二人をライトで照らした。


「何、どうしたんだよ」

「な、なんか急にライトが付かなくなっちゃって・・・・・・」


優生の問いに亜月が答えた次の瞬間だった。
ブツッという音が響き、今度は優生と巫人のライトも消えてしまう。


「・・・・・・心霊現象、だったりして」


巫人がぼそっと呟いた次の瞬間、ズルッと何か重いものを引きずるような音が響いた。
音のした方に四人が顔を向けるが、まだ暗闇に目が慣れていないせいか、何も見えない。
しかしその方向は、確実にモナリザの絵がある方向だった。


「・・・・・・ヤバイんじゃね? コレ」


ズルッ、と何かを引きずる音は徐々に近づいてきているようだった。
一定の間隔で聞こえて来るその音に、直感的な恐怖を覚える。
四人は顔を見合わせて、ゆっくりとドアの方へと下がっていった。


「ねぇ・・・・・・コレ、近づいてきてるよね?」

「い、言うなっ!! 考えないようにしてんだから!!」


小声で話す優生と亜月は、もう恐怖の限界に近かった。
悲鳴を上げて逃げたい衝動に駆られながらも、本能的にゆっくりと後ずさってドアへと近づく。
一番ドアに近い巫人がドアに触れた。


『あぁあああぁぁぁああぁぁああ』

「きゃぁああああああああ!!!」

「わぁあああああああああああ?!?!」

「え、え、えええ?!?!」


叫び声が最初に聞こえたのは部屋の中央からだった。
その声が、巫人がドアを開けるのと同時に亜月に迫ってきたのだ。
反射的に悲鳴を上げた亜月は、一番近くに居た凌の腕を掴んで一気に教室の外へと駆け出した。
その亜月の叫び声を聞いて、思わず優生も叫び声を上げ、巫人を掴んで亜月の後に続いて全力で駆け出した。
何が起きたんだかわからない巫人が戸惑いの声を上げて走りながら、ちらっと美術室の方を振り返る。

ドアが開いているのが見えた。

教室の中は暗闇で何も見えない。
その暗闇の中から、スッと白い手が現れたのを、巫人は確かに見た。


「・・・―ッ!!」


悲鳴を噛み殺して、巫人は前に向き直って優生の後ろを追いかけた。
バタン、と、誰も居ないはずの美術室のドアが閉まった音が聞こえた。




+++




「・・・・・・び、びっくりした・・・」

「何今の、何今の、何なの今の!!」


凌を除いた三人は荒い息をしながら、美術室の対極にある廊下で亜月が叫んだ。
いつの間にか懐中電灯は元通り光がついていて、ひとまず危機は逃れたのだろうと優生は息を吐いた。


「こ、怖かった・・・」

「も、もう帰ろうよ!! ね?!」

「そ、そうだな!! またアイツに遭遇したらやばいし!!」


そうと決まれば、と亜月は急いで近くの窓に駆け寄り、鍵を開けようとした。
しかしその動きは突然止まり、亜月はロボットのような動きで振り返る。


「どうした?」


凌が声を掛けると、亜月はじわりと目に涙を浮かべて呟いた。


「鍵・・・開かない・・・・・・」

「はぁ?」


凌が思わず声を上げ、窓に近寄った。
鍵に手をかけ、あけようとするがビクともしない。
その様子を見て、巫人がその隣の窓の鍵をあけようと試みるが、矢張り開かない。

その瞬間、四人は同時に同じコトを思った。


「・・・もしかして、閉じ込められた?」


その考えを口にした優生に、三人の非難めいた視線が向く。
言わないようにしてたのに、といわんばかりの視線が送られて、優生は慌てて謝った。


「・・・出られないなら、七不思議を解き明かすしかないのかな、もしかして」

「えぇ・・・?!」

「かもな。少なくとも、今の状況じゃここから出られないみてーだし」


亜月の声を無視して凌が巫人の言葉に続けると、優生がびくっと震えた。


「マジかよ・・・」

「・・・ちなみに、次の七不思議って何なんだ?」


小さく呟いた優生に巫人が話しかけると、優生は懐中電灯を天井のスピーカーに向けた。
四人の目がそのスピーカーに集まり、少しの間が開く。


「・・・“真夜中の放送”っつって、夜中に突然放送が流れるんだってさ。四分間だけ・・・・・・」


そう優生が呟いた瞬間、ザザッと天井のスピーカーがノイズを出した。
全員が身をこわばらせた次の瞬間、スピーカーからある曲が静かに流れ出す。


『・・・ないちもんめ・・・・・・こがほしい・・・のこ・・・わからん・・・・・・』

「・・・? なんだ? コレ・・・・・・何かの童謡?」


ノイズ交じりで聞き取りづらい放送のメロディーを聞き取ろうと、四人が息を潜める。
徐々に鮮明になってきたその歌は、小さな子供が歌っているように聞こえた。


「何だよ、この唄・・・」


顔を顰めて訝しげに言う優生に、いつもの無表情のまま、凌が「バカ、知らねーのかよ」と零した。


「こりゃぁ人身売買の唄だ」

「え・・・・・・人身売買って・・・」


優生が顔をこわばらせた次の瞬間、放送が突然大きくなった。


『きーまった!』


嬉しそうな子供の声に、凌と巫人が顔をしかめる。
その様子を見て、何がなんだか混乱している亜月と優生は顔を見合わせた。


「ねぇ、コレってもしかして・・・名前呼ばれたらまずいんじゃない・・・?」

「ああ。放送室に行くぞ。放送止めさせねぇと・・・」

「お、オイ、どういう意味だよ!!」


駆け出した二人を追いかけながら、優生が後ろから声を掛けた。
巫人が走りながら、分かりやすく説明を始めた。


「人身売買ってことは名前を呼ばれた子は貰われるってことだろ? この放送をしてるのが人じゃないとしたら・・・」

「・・・人じゃないものに、もらわれるってこと・・・・・・?」


亜月が小さく呟いた言葉に、巫人は大きく頷いた。
凌がチッと舌打ちをした瞬間、頭上から声が振ってくる。


『あーつきちゃーんがほーしいー』

「!! あ・・・あたし?!」


なんで、と亜月が小さく呟くと同時に、先頭を走っていた凌が放送室へと辿り着いた。
ドアを勢い良く開け放ち、中に駆け込んだ次の瞬間、スピーカーからブツッと何かが切れる音がして、あたりに静寂が広がる。
凌に続いて巫人が駆け込み中を見渡すが、人の姿はみえない。


「・・・止まったってことは、大丈夫ってことかな・・・?」


巫人が息を整えながら呟くと同時に、遅れて優生が放送室に駆け込み、息を吐いた。
凌は放送が止まっていることを確認して、ドアの方を見る。

巫人はいるし、優生もいる。
けれど、あと一人。


「・・・・・・亜月?」


凌の声に返って来るはずの言葉は無く、足音すらも聞こえることはなかった。