一人、そしてまた一人・・・
10 : 真冬の七不思議
+冬の怪談 V+
「・・・・・・オイ、亜月」
嫌な予感が凌の頭をよぎり、凌は顔をこわばらせた。
凌の言葉で亜月がいないことに気付いた巫人と優生は、二人で顔を見合わせる。
「わ、和親・・・・・・?」
ドアに一番近い優生が廊下をのぞくが、人の姿はどこにもなかった。
ただ、廊下に一つの懐中電灯が、ライトがついたまま落ちているだけ。
そのライトが亜月のモノである事は直ぐに気付けた。
「・・・・・・和親、いない」
優生が真っ青な顔で二人を見ると、巫人が顔をしかめ、目を細めた。
凌は盛大な溜息を長く吐いた後、思いっきり舌打ちをする。
「ったく・・・・・・アイツ、何回巻き込まれれば気がすむんだっつーの」
口の中でぶつぶつと呟いた言葉は二人には聞こえていないらしく、二人とも床に視線を落としていた。
ぎり、と優生は唇を噛んで、心臓の辺りを右手で押さえる。
巫人は顔を上げて、ねぇ、と小さく呟いた。
「七不思議・・・解き明かせば、和親さんも帰ってくると思うんだ。確証は無いけどね。とりあえず、校舎を回ろう。もしかしたら、途中で和親さんを見つけられるかもしれないし」
巫人の言葉は気休めにも聞こえたが、今できることはそれしかなかった事を、三人は気付いていた。
小さく溜息をついて、凌が小さく「そうだな」と呟いた。
「どっちにしろ、今はそれしかねーよ」
「・・・・・・よし、次に行こうぜ」
ずっと顔をうつむかせていた優生がパッと顔を上げ、放送室から廊下へ出た。
その後に二人も続き、廊下に落ちていた亜月の懐中電灯を凌が拾う。
「次の七不思議は、理科室だ」
「うわぁ・・・なんか、いかにもって感じだね」
先頭を切って歩く優生の後ろから、巫人が呟く。
途中に通る教室の中も覗き、ライトで照らして亜月がいるかどうかを確認しつつ、徐々に理科室へと近づいていく。
しかし三人の願いもむなしく、結局亜月を発見出来ないまま理科室へとたどり着いてしまった。
「じゃ、あけるよ」
巫人がドアをゆっくりと開き、直ぐには中に入らずに、ライトで中を確認した。
照らし出される棚の中にはホルマリン漬けや人体模型といったモノが映し出されるが、やはり亜月の姿は無かった。
優生が巫人の後ろから顔を出して、理科室の中へと足を踏み入れる。
「和親ーッ、いるかーッ?」
少し声を張り上げて亜月を呼ぶが、声は静寂に溶けて消え、返事は帰ってこなかった。
一通り理科室の中を回ってみるが、特におかしな所は見あたらない。
「・・・・・・なんも起きないみたいだね」
「ああ・・・・・・次に行くぜ。時間の無駄だ」
「おう」
凌がさっさと踵を返し、理科室から廊下へと出ていった。
優生がそれに続き、理科室の中からは巫人のライトだけが鮮明に見えていた。
「あ、待ってよ」
巫人が後に続こうと、早足でドアに近づいたその時だった。
バンッ
「え?」
巫人が理科室から出ようとした瞬間、ドアが大きな音を立てて勢いよく閉ざされてしまう。
慌ててドアをあけようとするが、鍵がかかっているのか開かない。
内側からならあけられるはずだと思って鍵を探しても、何故かドアノブからは鍵の感触がしなかった。
「や、山本!! 優生!! 待って!!」
『あ・・・? 何してんだ、お前』
『あれ? 何でドア閉まってんの? 巫人ー?』
ドアの向こうから二人の声が聞こえてきて、まだ近くに二人がいることがわかって少し安心する。
しかし次の瞬間、巫人が持っていた懐中電灯から光が消え、全てが暗闇に飲まれてしまった。
窓から入る筈の月明かりすらも無く、ドアが有るかどうかも見えないほどの暗闇に、巫人は冷たい汗が流れるのを感じた。
「あ、開かないんだ!! カギが閉まってて・・・!! 開けられない!!」
『なにそれ。窓みたいになってるって事か?』
『マジ?! お、オイ!! 巫人!! 大丈夫か?!』
少しパニックを起こしかけながらも、冷静に今の状況を説明すると、凌は理解してくれたらしい。
優生が慌ててドアを開けようとしているらしく、ガチャガチャとノブが中途半端に何度も回ったが、ドアが開くことはなかった。
ドンドンと優生がドアを叩き、巫人に声をかける。
『まだいるよな、いなくなってたりしないよな!!』
「大丈夫、聞こえてるから・・・!!」
優生の声に返事をしたその次の瞬間、パリン、とガラスのようなものが割れる音がした。
巫人の背後から聞こえたその音に、思わず首をひねって振り返る。
しかしそこに見えるのは闇だけで、何が割れたのかもわからない。
『今度は何だ?』
「・・・何か今割れた音が・・・」
巫人の変化を感じたのか、凌が静かにドアの向こうから声をかける。
その声に返事をしながらも、巫人は割れた音が気になってきちんと言葉が出てこなかった。
急に、ツンとした薬品の香りがして、巫人は口を手で覆った。
「薬品・・・・・・? いったい、何の・・・」
小さく呟いた次の瞬間、次々にガラスのようなモノが割れる音が響く。
思わず上げそうになった悲鳴を飲み込んで、巫人が少しドアから離れた時だった。
べちゃり、と、何か湿ったモノが落ちたような音。
「・・・・・・・・・まさか」
巫人はさっき照らし出した棚に入っていた、ガラスの瓶に詰められたホルマリン漬けが頭によぎり、さあっと血の気が引く。
そのままふらついてドアに背中をつけると、優生が大きく声を張り上げた。
『オイ!! どうしたんだよ!! 巫人!!』
「・・・優生、ここの七不思議って・・・なんだっけ?」
巫人が僅かにふるえる声で聞いた問いに対して、優生が応える。
『“ホルマリン漬けの散歩”っていうヤツだったけど・・・・・・』
「それ、どんなの?」
『えっと・・・ホルマリン漬けが、理科室を徘徊するって』
そう優生が呟いた次の瞬間、今まで何も見えなかった巫人の視界に何かが見えた。
少し荒くなった呼吸を顰めつつ、巫人がじっと暗闇の中に目をこらす。
それは―・・・
「うっ、うわあああああああああああ!!!」
+++
「オイ!! 巫人!! 巫人ってば!!」
中から巫人の悲鳴が聞こえ、優生は何度もドアを叩き、呼びかけた。
ドアノブを握って回そうとしても、鍵は開かない。
「クソッ・・・このままじゃ巫人まで・・・・・・」
「退いてろ、優生」
「へ?」
この状況でも静かな凌の声に、優生は振り向いた。
優生の目に入ったのは、足を引き、既に蹴るモーションに入った、直ぐ後ろにいた凌だった。
「ちょっ、待て・・・・・・うわぁっ?!」
慌てて優生が右に飛びのいた瞬間、鍵が破壊される音と共にドアが一気に蹴破られた。
しかし部屋の中は暗くて見えず、凌は目を細めて中を見ようと目を凝らした。
その時、後ろに退いていた優生が反射的に部屋の中をライトで照らす。
一瞬だけ部屋の中にいる巫人の背中がライトに照らされたのを、凌は見逃さなかった。
「居た!!」
「よっ、と」
「うわっ・・・?!」
優生が叫んだ瞬間、凌は巫人の服の襟首を引っつかみ、一気に理科室の外へと引き出した。
一瞬巫人が悲鳴を上げたが、凌は無視してそのまま廊下に放り投げる。
そして理科室の中に視線を戻した瞬間、凌はらしくも無く目を見開いた。
ずるり、と引きずる音。
それはまるで内臓のような―・・・
「ぅげっ」
バン!!と勢い良くドアを閉め、ふう、と小さく息をついた。
「うわぁ・・・・・・久しぶりに見た、あんなグロいの」
「え、グロいって・・・な、何があったんだよ・・・・・・ん?」
額を拭う凌から、廊下に投げ出された巫人に視線を移した優生は、ふとそのズボンの裾に目を移した。
巫人のズボンの裾、足首の付近に何か染みのようなものが付いている。
それは丁度人の手の形に似ていて、思わず目を凝らした。
「巫人、大丈夫か?」
「え、あ、うん・・・ちょっと背中痛いけどね」
「・・・その、ズボンの裾、どうしたんだ?」
「へ?」
巫人は自分のズボンに目を移し、その裾にある染みを目に留めた。
そうっと、恐る恐る染みに指を伸ばして触ってみると、ねとりとした感触がして思わず身震いをした。
「・・・・・・ま、まさかコレ、ホルマリン漬けの・・・」
「い、言うな優生っ!!」
さあっと血の気が引いた顔で巫人が思わず叫び、優生は慌てて口を塞いだ。
凌がぼりぼりと頭をかきながら、小さく溜息を付いて理科室のドアに目を向ける。
まだ、カリカリと何かが引っかくような音が聞こえて来るが、コレは言わないほうがいいだろう。
「次行くか」
「お、おう」
「・・・もう、こんな思いはしたくないなぁ・・・」
巫人が立ったのを見て、凌が小さく呟いた。
ハハ、と乾いた笑いを零しながら、歩き出した優生の後に巫人が続き、その後ろから凌が続く。
「次の七不思議はどんなヤツなの?」
「んーっと、“笑う校長”。校長室の壁画が笑うってやつ」
「・・・笑うだけ?」
「・・・・・・そのはずだけど」
しかし今までの例もあり、唯笑うだけだとは思いがたい。
嫌な予想が優生と巫人の頭をよぎったとき、凌がポツリと呟いた。
「・・・・・・なんか、聞こえてんだけど」
「え?」
「・・・き、聞こえねーよ!! なんも!!」
凌の言葉に一瞬静まり返った三人の耳に、何か甲高い声が聞こえた。
優生が必死に気のせいだといい続けるが、その声は校長室に向かうほどに大きくなっている。
「・・・この声さぁ、もしかして・・・」
「多分、そのもしかしてだろ。すげーうるせぇんだけど」
巫人の呟きに、凌が顔をしかめて答えるが、その言葉もかき消される程の大音量で複数の人の笑い声が聞こえている。
廊下中に響くその声を気のせいにすることは最早不可能だった。
『アハハハハハハハハ』
『オホホホホホホホホ』
『ガハハハハハハハ』
そして校長室の前に立った三人は、互いに顔を見合わせた。
「・・・・・・・・・なぁ、ここスルーしちゃダメ?」
「ダメでしょ・・・もし中に和親さんが居たら・・・」
「・・・・・・・・・俺、ココで待ってるわ。お前等見てきて。耳痛くて動けないんだよねー」
「嘘付け凌!! 耳が痛くても足は動くだろ!! 一人だけ楽しようとすんな!!」
「あー、いたたた。さっきホルマリンに掴まれた足首が痛くなってきちゃったー。ごめん優生、俺もココで待ってるよ」
「巫人まで?! っていうか棒読みなのに信じられるか!! 俺ばっかに行かせんなよ!! 怖いだろ!!!」
「いやー、ココに居る時点で俺頑張ってると思うんだよね? ホラ、いつもならもう眠ってる時間だし。うるせーし」
「お前、煩いから中に入りたくないだけだろ!! 眠いとかそういうんじゃないだろ!! くま作ってるくせに!!」
「優生、なんかだんだん支離滅裂になってきてるよ? くま作ってるなら眠いのが当たり前じゃない?」
「うるせーっ!!! いいよもう!! 俺が行けばいいんだろ!! 行ってやるよ!! もし俺が消えたらお前等のせいだからな!!!」
「いてらー。あー、耳がいてぇ」
「いってらっしゃーい。いたたた、足がー」
「もう演技はいいっつーの!! 鬼!! 悪魔!! 人でなし!!」
『ギャヒヒヒヒヒヒヒヒヒ』
『グハハハハハハハ』
『ウフフフフフフフフ』
「・・・・・・や、やっぱ止めても・・・」
「いーからさっさと行け」
涙目で振り向いた優生の襟首を引っつかみ、凌がドアを開けて中に優生を放り込んだ。
尻餅をついて中に放り込まれた優生が悲鳴をあげ、凌に対して文句を言おうと口を開き、ドアの方を向き直った。
が、その瞬間凌がドアを閉めた。
「ちょっ・・・なんで閉めるんだよ!! オイ!!」
『だってうるせーんだもん。声』
「閉めたら俺出られねーじゃん!!」
『大丈夫だよー、きっとまた山本が蹴破って助けてくれるよ』
『え、また俺? やだなー、面倒くせーんだけど』
「ちょっ、待て待て待て!! 何かヘタすると俺置いていかれる? フラグ立ってる?!」
優生が慌ててドアを叩いて批難するが、二人はいたってのんびりとした声で優生に返事をした。
校長室中に笑い声が木霊し、二人の声を聞き取ることも困難な状況で、優生はとりあえずざっと部屋の中を見渡してみる。
もちろん其処にも亜月の姿は無く、優生はさっさと部屋から出ようと、ドアノブを回してみた。
「・・・あれ?」
ガチャリ、とドアノブが回った。
そのまま押すと、すんなりとドアは開き、巫人と凌と目が合った。
優生はてくてくと廊下に出て、パタンとドアを閉め、二人に向き直り呟いた。
「・・・・・・次、行こうか」
「・・・ああ」
「・・・・・・ここ、ホントに笑ってるだけだったんだね」
そして、三人は次の七不思議を解き明かすべく階段へと向かったのだった。
+++
「次の七不思議は、三階の“トイレの合わせ鏡”だから上に行こうぜ」
「トイレ、ねぇ・・・」
「普通、トイレって言ったら花子さんだよね」
さっきの校長室のおかげで幾分か緊張が解けた三人は、凌を筆頭にして階段を上っていた。
そして階段の半ばあたりに来た時、今思い出した、と言うように優生がぽんっと手を叩く。
「そういえば、この階段にも七不思議があるんだった」
その言葉に、凌と巫人は一瞬足を止め、優生を見る。
「・・・どんな?」
「13段目の階段を踏むと、異世界に足を踏み入れるってヤツ。でもまぁ、三人で一緒に居るんだし・・・大丈夫だろ?」
凌は既に階段を上がりきっていて、それを見て安心したらしい優生はにこっと笑った。
それを見て小さく溜息を付き、凌は踵を返して前に進み始める。
巫人と優生は並んで階段を上り、最期の段に足を乗せた。
「ホラ、12段!! やっぱ大丈夫だって」
優生がそう言って前に一歩踏み出した時だった。
「え?」
巫人が戸惑った声を上げる。
直後、トン、ともう一段上がる足音。
凌と優生は、反射的に巫人の方を見た。
「・・・・・・巫人・・・・・・?」
優生が思わず名前を呼ぶ。
しかしそこに巫人の姿は無く、ライトがゴロゴロと階段を転げ落ちる音だけが響いた。
もちろん返事は、ない。
「・・・・・・うそ、だろ」
呆然と立ち尽くす優生が、巫人が居たはずの場所を見てぽつりと呟く。
その様子を見て、凌は目を細めて小さく舌打ちをした。
「何で巫人が・・・・・・?・・・・・・次は、凌のはずなのに」
ポツリ、とまた優生が小さく呟く。
その言葉に、凌は耳を疑った。
優生の表情を伺うが、ライトの光が届かずに暗くて見えない。
「・・・・・・オイ、今何つった?」
「え」
優生がパッと顔を上げて凌を見る。
凌のライトに照らされたその表情は、しまったと言う様に青ざめていた。
「どういう意味だ、今の」
「いや・・・その、夢で見たんだよ・・・こういう光景」
「夢?」
「・・・ここ最近、なんかうなされてさ・・・目ェ覚めたら忘れるから気にしてなかったんだけど・・・さっき、思い出したっていうか・・・」
「・・・・・・夢、ね・・・」
確認するように呟いて、凌は前を向いて歩き出した。
それに慌てて優生が後を追いかけるが、負い目があるのか凌の一歩後ろを着いていった。
「・・・・・・な、なぁ、凌」
「なんだよ」
「・・・・・・・・・怒ってる?」
「なんで」
「いや・・・なんか、そんな気がして」
お前が消える番とか言ったから怒ってると思った。
そう言って、優生はうなだれた。
「・・・別に。その夢、どうせ最後は皆戻って来るんだろ?」
「・・・・・・う、うん」
「それならいい」
スタスタと歩く凌の後ろ姿を見ながら、優生は目を伏せた。
そして顔を上げて、凌の隣まで小走りで駆ける。
「早く七不思議解き明かして、和親も巫人も取り戻そうなっ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・なんでそんな嫌そうな顔すんだよ」
「いや、何かウゼーなーと思って。俺そういう熱血系ダメなんだよね」
「えぇ?! そんなクサい台詞でもねーだろ今の!!」
「俺的にはアウト」
凌の言葉に多少傷つきながらも、優生は苦笑を零した。
そんなやり取りを繰り返すうちに、凌のライトにトイレの標識が映し出された。
「ついたみたいだな」
三階の男子トイレの前に立ち、二人は顔を見合わせた。