反転した世界は、迷える鏡の世界。


 

11 :真冬の七不思議



+冬の怪談 W+


トイレ前に辿り着いた二人は少し立ち止まった後、凌が先に中へと入っていった。


「あ、凌」

「ん?」

「七不思議に入ってるトイレ、男じゃなくて、女のほうなんだけど」

「・・・・・・は?」


優生の言葉に足を止めて、思いっきり顔をしかめて振り返る。
凌の表情を見て少し焦りながら、優生は必死に説明した。


「えーと、次の七不思議はさ、“トイレの合わせ鏡”って言って、女子トイレの鏡と自分の鏡を使ってやるやつなんだよ」

「知るか。トイレはトイレだろ。つーか鏡なんか持ってねぇよ」

「え、ちょ、待てって、男子トイレで出来るかわかんねーんだって!!」


優生の話を聞き終わる前に、凌はさっさと男子トイレの方へと入っていった。
慌てて優生が後を追って中に入ると、凌がごそごそとポケットをあさっているのが目に入る。


「な、何してんだ?」

「鏡の代わり探してんだよ。お前持ってねーんだろ? 鏡」

「お、おう。和親の貸してもらおうと思ってたから・・・」


そういいながら、優生も自分の持っているもので鏡になりそうなものを探し始めた。
洗面台の鏡は一面しかなく、別の何かを使って合わせ鏡にしなくてはならない。
凌は少し探した後、ポケットの中から携帯を取り出した。


「・・・携帯でどーすんだよ、凌」

「・・・・・・コレの写メ機能使えねーかな」

「え、いや、それ写真だろ? 鏡じゃないし・・・」

「内側カメラにして撮ればいいんじゃね? ホラ、こーして・・・」


凌は自分の携帯を弄って、鏡にかざした。
内側カメラになっているため、ほぼ鏡と変わらずに使うことが出来るが、手でぶれる為に鮮明には映らない。
鏡に背を向けてカメラを除き、丁度間に挟まれる形になった凌を見て、あ、と優生は声を上げた。


「ま、待てって凌!合わせ鏡の間に入ると消えて―・・・」

「はいちーず」


棒読みの上、軽くピースをして巫山戯る凌。
次の瞬間、カシャッと人工のシャッター音が聞こえると共に、フラッシュが光って優生は目を閉じた。

そして目を再び開けたとき。


「・・・・・・し、凌・・・・・・」


そこに凌の姿は無く、優生の呟きは空気に溶けた。




+++




「いって・・・何だ今の・・・?」


凌はシャッターを切った直後、何かに鏡の方へひっぱられ、そのまま転んで頭を床に打ってしまっていた。
頭をさすりながら起き上がり、辺りを見渡すが優生の姿は無い。
ココが男子トイレである事は間違いないが、妙な違和感を感じた。


「・・・・・・正反対になってやがる」


立ち上がって辺りを見渡して小さく呟く。
その世界は丁度鏡で映したように正反対になっている。
トイレだけではなく、廊下に出てみても全てが逆になっていた。
トイレ、と書かれた文字ですら、きちんと読めないものになっている。


「・・・・・・はぁ・・・面倒くせぇ」


小さく溜息を付いて、鏡をライトで照らしたときだった。
凌は驚いて目を見開く。
優生が鏡に映っていた。


「・・・こっちにはいねぇよな」


それどころか、鏡には自分の姿も映っていない。
まるで映像を流すスクリーンのように、優生の姿が鏡に映し出されているようだった。


「おーい。優生ー」


鏡の向こうへ声を掛けてみるが、優生は気づいていないのか携帯をずっと覗いているだけだった。
優生が持っている携帯が自分のモノだと気付いた凌は、小さく溜息をついた。


「・・・向こうからは俺は見えてないみたいだな」


小さく呟いて、鏡の向こうの優生の様子を伺う。
優生は凌の携帯をポケットに入れると、ライトを持って歩きだした。
鏡から姿が消えて、凌は優生の行き先を考える。


「・・・どっちに行ったんだ?」


廊下をどっちに行ったのか、鏡の中からは見えなかった。
右を見て、左を見る。

その時だった。


「きゃぁあああああああああああああ!!!」


突然聞こえた悲鳴に思わずびくっと身体を揺らしてしまう。
その悲鳴に聞き覚えがあった凌は、ふとよぎった名前を呼んでみる。


「・・・・・・亜月?」

「えっ・・・・・・山本?!」


パタパタと駆ける音と共に、徐々にその人の姿が見えてきた。
それが亜月であるコトは間違いようもなく、涙目で近づいてきた亜月を見て凌は小さく溜息をついた。


「な、何で此処にいるの?」

「それはこっちの台詞なんですけどー。お前どうやってこっちに来たんだよ」

「いや、あの放送聴いたあと廊下で転んじゃって・・・起き上がったら、何か学校が可笑しくなってたんだけど」


「あえてよかった」とぐすっと鼻をすすってからほっと安堵の溜息を付いた。
凌はポケットに入れていた亜月のライトを取り出して、カチッと光を付ける。


「あれ、巫人くんと優生くんは?」

「巫人は行方不明。俺が七不思議の6つ目でここに引きずり込まれた。優生は多分、最期の七不思議を解きに向かったはずだ」

「えぇ・・・?! じゃあ、あたしたちはどうするの?」

「とりあえず巫人を探しながら優生が向かった場所に行く。大抵こういう怪談のラストってのは、今までの七不思議の総まとめみたいなもんだからな」


「そこに元にもどるヒントがあるかもしんねーし」と呟いて、凌は歩き出した。
その後を慌てて追いかけて、亜月が続く。
暫く無言で歩いていたが、恐怖を紛らわそうとした亜月が冗談交じりに呟いた。


「もしかして、コレ、悪夢だったりしてね」

「ご名答。よく分かったな」

「あ、やっぱり夢・・・・・・って夢?!」


冗談で言った言葉を肯定されて、思わず凌に詰め寄った亜月は、凌の服の裾を掴んだ。
凌は無表情のまま、前を向いて歩き続ける。


「夢って、どういうこと?」

「コレは多分優生の悪夢だ。それに巻き込まれたんだよ、俺達は」

「なんで分かるの?」

「・・・・・・お前、俺が獏だってこと忘れてんだろ」


凌の言葉に、そういえば、と亜月が呟く。


「忘れてたわけじゃないけど・・・」

「ふーん、どうだか」

「嘘じゃないってば!!」


そんなやり取りを続けているうちに、亜月は恐怖心が薄れていることに気付いた。
凌が意図してこんな会話をしているのかは分からないし、そんなのはキャラじゃない。
とはいえ、お礼は言ったほうがいいのかもしれない、と亜月が口を開いたときだった。


「あーっ!! 山本!! 和親さん!!」

「ひっ?!」


突然通り過ぎた教室から声が聞こえて、亜月は思わず小さく悲鳴を上げた。
凌が足を止めて振り向くと、教室から見慣れた顔がひょこっと飛び出す。


「巫人くん・・・?!」

「よかったぁ。俺、寂しかったんだよー」


安心して胸を撫で下ろしながら、巫人が亜月の肩に手を置いた。


「あれ・・・優生は?」


きょろきょろと辺りを見渡して、姿が見えない優生の事を聞く。
亜月は事情を説明し、三人はこの後どうするかを決めることにした。


「優生が何処に行ったのかわからないからなぁ・・・」

「え? でも山本は迷わずコッチに進んできたけど・・・」

「いや、テキトー。つーか勘?」

「えぇ・・・? じゃあ、これから何処に行けばいいの?」


三人が考え込んで少しの間が開いた後、巫人がぽつりと呟いた。


「大抵、最期の七不思議ってのは屋上とか、校庭だよね」

「そ、そうなの?」

「うん。ホラ、校庭とか屋上って、学校全体を見渡せるでしょ?」


だから全ての七不思議の元凶の場所になりやすいのだと、巫人が説明する。
すると、暫く口を噤んでいた凌が顔を上げた。


「屋上に行くぞ」

「え・・・なんでいきなり?」

「そうか、今までの七不思議が下から上がってきたから・・・」

「最期は一番上の可能性が高いってことだ。行くぞ」


歩き出した凌の後ろに巫人が続き、少し呆然としていた亜月が数歩遅れて付いていく。
静かな廊下に三人の足音が響いて、反響する。


「・・・・・・優生くん大丈夫かなぁ・・・」

「多分な」

「・・・でも確か、優生すっごい怖がりだったよね」


巫人の一言に、凌と亜月が足を止めた。
そして、想像する。


「・・・もしあたしなら、一人になったら怖くて急いでその場所に行くけど・・・」

「オイ、急ぐぞ」


亜月の一言で、三人は全力で走り出した。


「ね、ねぇ!! なんで急ぐの?!」


亜月の言葉に、巫人も首をかしげた。
凌は走りながら、小さく呟いて返答する。


「お前、自分の悪夢の時の事忘れたのかよ」

「・・・? 何の話?」


巫人が首を傾げるのを見て、亜月は慌てて凌に小声で呟いた。


「ちょっと山本!! 巫人くんに知られてもいいの?!」

「あー、もうどうでもいい。どうせ悪夢に巻き込まれた時点で記憶置換するのは決まってるしな」

「だからって・・・」

「お前の悪夢の時、最期は殺されるところだっただろ」

「え、あ、うん」

「優生の見た悪夢も、最期は殺される可能性が高い」

「それじゃぁ・・・・・・」

「そこに間に合わなかったらまずいだろ」


階段を駆け上りながら会話を続ける二人を見て、一人のけ者の巫人は首をかしげた。
しかし飲み込みの早い巫人はぽんっと手を叩く。


「つまり、凌って人間じゃない?」

「・・・山本、どうすんの」

「記憶置換するっつったろ」


一人納得いったような様子の巫人を無視して、凌と亜月はぼそぼそと会話を続けていた。
そしてついに屋上に辿り着き、ドアを開け放つ。
しかし屋上に優生の姿は無く、三人は屋上で辺りを見渡した。


「え、居ないよ?!」

「場所、間違えたんじゃ・・・」


亜月と巫人が慌てだす中、凌だけは冷静なままだった。
月の浮かぶ空を見上げると、そこに僅かな亀裂が入っているのが見える。

まずいな・・・もう既に亀裂が入ってやがる。


「亜月、鏡」

「へ? あ、はい」


亜月はポケットから手鏡を取り出して凌に手渡した。
その鏡を覗くと、屋上に居る優生の姿を映し出す。


「え・・・な、なんで?! 此処にはいないのに!!」

「お前の鏡だからっていうのもあるんだろ」

「それってどういう・・・」

「悪魔は夢と鏡の世界を渡り歩く生き物なんだよ」

「悪魔・・・?」

「ちょ、山本!!」

「少し静かにしろ。バカ」


鏡を覗き込む凌が何時もの無表情とは少し違うような気がして、亜月は言われたとおり口をつぐんだ。
巫人と一緒に鏡を覗き込み、優生の様子を見守った。




+++




優生は屋上に辿り着いて直ぐに、顔を上げた。


「最後の七不思議なら・・・・・・!!」


優生が聞いた最後の七不思議は、屋上で起こるものだった。
そして凌が消えた時に思い出した、自分の悪夢も。


「返せよっ・・・・・・俺の、大事な友達なんだ!!」


屋上で、消えた人の名前を叫ぶと時間がもどり返って来るという最後の七不思議。
しかし、その名前を呼んだ人物はもどらない。
それも構わずに、優生は名前を叫んだ。


「和親!! 巫人!! 凌!!」


その瞬間、ビキッという音と共に亀裂が入る。
優生はその亀裂を睨みつけて、フラッシュバックする夢の光景を思い浮かべた。




+++




その時、凌は夢が現れる時の歪みを利用して空間を開き、現世にもどろうとしていた。


『返せよっ・・・俺の、大事な友達なんだ!!』

「・・・優生・・・」

「優生くん・・・・・・」


優生の台詞に思わず感動した巫人と亜月だが、一人・・・
その言葉に思いっきりやる気の失せた男がいた。


「・・・・・・・・・」

「ちょ、ちょっと山本?! 何でそんな嫌そうな顔してんの?!」

「亀裂入ってる!! 出れるんじゃないのかよ?! 山本!!」

「いや・・・なんかウゼェと思って。もういんじゃね? アイツ喰われても」

「良くない!! 良くないって!!」

「山本のこと大事な友達って言ってるんだよ?! 見捨てる気?!」

「そういうの苦手なんだって・・・・・・わかったよ、助けりゃいいんだろ助けりゃ」


凌は亀裂に手をかけて、一気に左右へ押し開いた。
バキンという音と共に空間が開き、優生の元へと空間が繋がる。
優生が驚いて三人を見た瞬間、割れた空間から黒いモヤのようなものが現れ、勢い良く優生に纏わり付く。


「うわっ・・・?!」

「優生!!」


巫人が駆け出して、優生の手を掴もうと伸ばした次の瞬間だった。


「いただきます」


ぽつり、と凌の声が聞こえる。

それと同時に、優生に纏わり付いていたモヤが行き先を変える。
そのモヤは凌へ向かい、優生と巫人が慌てて名前を呼ぼうとしたときだった。


「え」

「げっ・・・」


そのモヤは、少し息を吐いた次の瞬間周りの空気を一気に吸い込んだ凌の口につるつると吸い込まれていく。
みるみる内に凌の紺色の髪が淡い水色へと変わっていく。
そして、きゅぽんっという音と共に全て喉を通ってモヤは姿を消し、凌はその表情をしかめて呟いた。


「・・・まっず・・・」


その様子を巫人と優生が唖然として見守る中、亜月は小さく溜息をつくばかりだった。




+++




「おはよー山本」

「おっす」


いつもの如く登校してきた巫人と優生。
目の前に眠そうな凌を前にしていた亜月は、凌の代わりに手を振って突っ伏している肩を揺すった。
「あぁ?」と不機嫌な声で顔を上げる凌。


「来たよ、巫人くんと優生くん」

「あーそー」


興味ない、と言いたげな声色に「記憶置換したの?」とこそこそ囁いてみると、当たり前だろうと言わんばかりの視線が戻ってきた。


「なぁ、聞いてくれよ山本」


鞄を置いて近寄ってきた優生を見上げると、「なんかさぁ・・・」と首を捻っている。
どうしたのかと視線で話を促せば、納得出来ない面持ちのまま近くの椅子を引っ張り出してそこに座った。


「昨日さ、お前らと七不思議見に来たじゃん?」

「おー」

「で、何にもなくって帰っただろ?」


あ、ちゃんと記憶置換されてる。
少しほっとして胸を撫で下ろす亜月。
しかし何がそんなに不満なのか。
意味が分からない、と顔をしかめると巫人も興味を持ったのか椅子を反転させて体をこっちに向けた。


「でもさぁ・・・家に着くまでの道のりも寝るまでの事とかも、何にも憶えてねーんだよな」

「あ、それ俺もー」

「屋上まで行ったのは憶えてんだけど・・・」


そう言ったかと思えば、二人して首をかしげる。
それに亜月が冷や汗を垂らして凌を見るが、凌は「寝ぼけてたんじゃねーの?」の一言。

そんなこんなでわいわいとやっていたら、ガラリと教室のドアが開いて担任が緩慢な動きで入ってきた。


「おーい、席につけー」


ガタガタと席に戻っていく巫人と優生の姿を見送って、凌が密かに口端を持ち上げたことは、隣に座っている亜月すら気付いていない。