鐘が鳴る音。
そして清い協会の空気。
何もかもに目眩を覚えた。




13 : デート




+神聖なる協会+


「ねぇ、和親さん。今日俺とデートしない?」


唐突にそう切り出した巫人に、亜月は飲みかけのフルーツジュースを吹き出しそうになったのを必死になって押さえて噎ぶ。
「な、何を突然・・・」と掠れた声で問いかける亜月にかぶるように、優生もまた大声を上げた。


「えぇぇ?! お前らそーゆー関係だったの?!」

「ち、違うよ!!」

「俺はてっきり凌だとばっかり・・・」

「どっちも違う!!」


あまりに勢いよく否定して机を叩いた為、近くで昼ご飯も食べずにうとうととしていた凌が顔をしかめた。
「うるせぇよ」と呟く声。


「ほんと、違うからね」

「俺も別にそういう意味で誘ったんじゃないんだけどなー」

「えぇ? 普通そう言う意味以外でそんな誘い方しねぇよ、なぁ凌」

「あぁ?」


どうでもいいです。と顔に貼り付けたような表情の凌は、さして興味も示さず首筋を掻く。


「つーか、確か巫人スペインの血入ってただろ? だったら別に不思議じゃねーよ」

「そうそう。俺けっこうこんな感じだし。父さんとかもさらっとこういう事言うからさ〜」


なるほど、と納得した亜月も「だったら別にいいよ」と微笑む。
「じゃ、放課後ね」と笑い返す巫人を目尻に、凌が再び眠りに入る。
しかし、そんな和やかな空気の中、優生だけが訝しげに巫人を見ていた。




+++




「じゃ、行こうか和親さん」

「うん・・・」


スペイン人の血が流れていると知ってはいても、どこか恥ずかしく、距離を置いて歩き出す亜月。
優生はそれを教室から見送って、箒で机の合間を掃いてる凌を振り返った。


「よし、俺らも行こうぜ凌!!」

「あ? どこに」

「勿論アイツ等を追うに決まってんだろ?」

「はぁ?」


素っ頓狂な声を上げて眉を顰める凌に歩み寄り「お前は気にならないのかよ」と問い詰める。
凌はいつも和親といるから、きっと気があるに決まってる!!
そんな期待の眼差しを持って見上げるが、凌はその期待を見事に裏切って「別に」とすっぱり斬り捨てた。


「えぇぇぇ!!」

「うっせーな、今度はなんだよ」

「いや、今度はなんだよってお前!! 何で気になんないんだよ?!」

「むしろ何で気になるのかが俺は知りてーよ」


「何、お前亜月が好きなの」と真顔で聞いてくる凌に、優生は焦った。
まさか!!と声を裏返らせる優生に「ふーん」と素っ気なく返す凌は箒を教室の後ろにあるロッカーにしまった。
すると丁度そのロッカーの傍にいた女子が少し頬を染めて凌に話し掛ける。


「あ、私がちりとりやるよ?」

「あぁ、そう? じゃぁよろしく」

「う、うん!!」


無表情のまま会話を終えて優生の元へと戻ってくる凌と、その後ろで嬉しそうにちりとりを取り出す女子を見比べる。
あからさまにあの女子が凌を好いている事は分かるのだが、彼の眼中にはないらしい。
優生は盛大な溜息を吐き出した。


「お前さ・・・」

「ん?」

「鈍感なのか、唯たんに女子に興味ないのはよく分かんないよな」

「興味がねーんだよ」

「・・・・・・あっそ・・・」


ちくしょう!!モテ男め!!と優生が思っている心の事実は凌に届きはしない。




+++




「それでねー」と親しげに会話を弾ませながら前を歩く巫人と亜月。
特に何をするわけでもない二人の後ろ数メートルにはコソコソと追い歩く優生と凌の姿があった。
とは言っても何かの物陰に隠れてどこか楽しげにしているのは優生だけであって、凌は相変わらずの無表情のまま普通に道を歩いている。


「ちょ、おい凌ッ」

「あん? 何」

「何、じゃねーよッ 見付かるだろッ 隠れろよッ」


慌てて凌のセーターを掴む優生だが、「うっせーなー」と罵倒を零す凌は言うことを聞かず、堂々としたものだ。


「んな馬鹿な事やってられっかよ。俺はコソコソするのが嫌いなんですー」

「好きも嫌いもねぇよッ こーゆーのは普通コソコソ追っかけてくもんだろッ」

「知るか。こんな幼稚な事したことねーよ、一度も」


フンと鼻を鳴らす凌に何だかおちょくられた気がしてムッと顔をしかめる優生だが、数メートル前の二人が店の角を曲がったのが視界に入り、慌てて凌を引っ張り先を急ぐ。


「つーか、何でお前こんなに元気なの? 何がそんなに楽しいの?」

「だって気になるじゃんかよ、巫人と和親の関係が!!」

「だーから巫人は元々スペイン系の血が入ってるって言ってんだろ。別にデートくらい普通なんだってそっち傾倒の血筋はさー」

「わかんねぇじゃんそんなのッ 実は好きでしたーオチもあるかもしんねーだろッ」

「ナイナイ。絶対ナイ」


呆れながら首を振る凌だが、ぐいぐいと腕を引っ張って歩く優生を見ていると、もうどうにでもなれと言わんばかりに脱力してくる。
何がそんなに楽しいんだ、意味分かんねぇ。
俺が人間じゃねぇから分かんねぇのか?
首を傾げて引っ張られるままに歩いていたら、突然優生が立ち止まった。


「ほらッ見ろよ凌ッ」

「あぁ?」


「アレ!!」と小声で指さすその先に視線を流したら、亜月と巫人が丁度喫茶店に入っていく所だった。
何でまた喫茶店?と優生は眉を顰めているが、凌は逆に「あぁ・・・」と納得しているようだ。


「ちょ、あぁって何だよ。何で喫茶店に入ってったのか知ってんの?」

「知ってるもなにも・・・巫人が行くあの喫茶店、俺も連れてかれた事あるし」

「えぇ?! いつの間に!!」


軽くショックを受けた優生を平然と見下ろして、凌が話を続ける。


「あそこ、確か巫人の行きつけの店でよくハンバーグ食いに行くんだと」

「喫茶店でハンバーグ?!」

「そーゆー奴だよ、巫人は」


現に記憶置換して亜月の学校に入り込んだその日から何度学校帰りに連れ回された事か・・・
思い出すのも苦労である。

はぁ、と溜息をつく。
するとじっと巫人と亜月の動向をうかがっていた優生が「行くぞっ」とまた歩き始めた。
「どこに?」と問いかけたら決まっているだろうと言わんばかりのキラキラした瞳で喫茶店を見る優生。


「中に入る!!」

「俺帰る」


「付き合ってらんねー」と方向転換する凌の鞄を、優生が慌てて掴んだ。


「待て待て凌!!」

「嫌だね。俺ねみーんだよ。早く帰りてーんだよ。これ以上俺の睡眠妨害するならマジ喰い殺すぞ」

「落ち着けって!! 喫茶店の中で寝てていいからさ!!」

「それってつまり俺が居ても居なくても同じって事じゃねーか」

「いや、傍に居るだけで良いんだよお前は!!」

「何それ何の口説き文句」


嫌そうな顔をする凌を引き摺って優生が喫茶店に入っていく。
何でまた男と二人で喫茶店なんかに入らなきゃなんねーんだ、とブツブツ文句を言いながらそれに着いていく。
すると丁度巫人と亜月の座ったテーブルの見える場所へと通された。


「何にしますか」

「えーっと、じゃぁサンドイッチで。凌は?」

「俺いらね」


頬杖ついて早速うとうとし始めた凌の背後には、数個テーブルを挟んで亜月と巫人がいる。
それをちらちら気にしながら、優生が「何話してるか聞こえねーな・・・」と呟いた。

その言葉に凌が目を開ける。


「・・・この後どこ行こうか」

「へ?」

「どこ行こうね・・・ってか、巫人くん決めてたんじゃないの?」

「ちょ、凌? もしかして・・・聞こえてんの?」


吃驚して目を白黒させる優生を見据えて頷いてやる。
「ありえねぇ」とブツブツ言っているが、そんな事無視してまた背後の会話に耳を傾けた。


「・・・じゃぁ、俺の家くる?」

「おぉ!! 巫人踏み切ったなぁ!!」


キャッキャと喜ぶ優生の視界の端に、小さく溜息をつく。
・・・つーか、確か巫人の家って教会じゃなかったっけか。
ガシガシ首筋をかきながら、運ばれてきたサンドイッチにかぶりつく優生を見る。
ふと、背後の椅子が音を立てたことに気付いた。


「やばッ もう出てくのかよ」

「さっさと食え。じゃねーと見失うんじゃねーのか」

「ちょ、ま・・・ッお前も手伝えよ!!」

「やだよ」


サービスで出て来たお冷やを一口だけ含み、席を立つ。
優生も口いっぱいに頬張って立ち上がった。
カランコロン・・・と鈴の音を聞いて扉を開く凌。
お会計を済ませて出て来た優生が鞄を肩にかけ直す。


「よし、行くぞ凌!! 巫人の家だ!!」

「あーはいはい。ガキんちょはいいねーどんな事でも楽しめて」

「誰がガキんちょだよ!!」

「お前だよ」


ギャーギャー文句を言いながら、それでもしっかり尾行を続ける優生にある意味関心しながら凌が着いていくと、案の定、この地域には珍しい協会へと行き着いた。
何度か前を歩いた事のある協会だ。


「巫人んちって協会なんだー」

「知らなかったのかよ」

「うん」


素直に頷く優生から、真っ白な協会へと視線を移すと、くらりと目眩がした。
やっぱだめだな。あんな清浄なとこ入りたくねぇ。
本質的に拒否反応を起こしている凌の紅色の瞳には、すこし躊躇いがちに入っていく亜月を映っていた。




+++




何だろう、まるで胸焼けしたみたいにムカムカする。
吐きそうで吐けないこの微妙な感覚は、おそらく巫人の家であるこの協会に足を踏み入れてからだ。

今まで協会なんて外から眺めるばかりで、入った事がなかった。
まるで外界とは別空間のようで、吐き気がする。

気持ち悪い・・・

先を歩く巫人に続いてフラフラ覚束ない足取りで歩いていくと、突然何かを思いついたように振り返る巫人。


「和親さん協会初めてでしょ? 一回礼拝してみない?」

「礼拝?」

「そう」


いつになくキラキラした目で見下ろしてくる巫人の提案を断るこれといった理由もないので、礼拝するために礼拝堂へと足を向ける。
するとさっき以上に胸焼けが酷くなってきた。

気のせいだと割り切って進む。


「俺、朝学校に行く前に必ず礼拝してから行くんだよ」

「へ、へぇ・・・そなんだ・・・」


ぐらぐらと目眩までしてきて、壁に手をついた。
しかし巫人は気付かずそのまま足を進める。
耳の奧で大音量の巫人の声が響いて、頭を押さえた。

何コレ、おかしい・・・

立っていられなくなって膝をつくと、流石の巫人も振り返り驚く。


「和親さん?!」

「ごめ・・・なんか気分悪くて・・・」

「大丈夫・・・?」


大丈夫なわけない。
そう言おうとして口を噤んだ。
迷惑かけちゃう・・・。
亜月は巫人に苦笑を零して自分の足に鞭打ち立ち上がった。


「大丈夫」

「でも・・・」

「ほんと、ちょっと目眩しただけだから・・・」

「大丈夫なわけねーだろ」


不意に聞こえた声で、震える足で立っていた緊張感が一気に解けた。
もう聞き慣れたその声は確かに凌のもので、驚きを隠せない顔で巫人と亜月は振り返ると、そこには少し顔をしかめて突っ立ている凌と少し戸惑いがちにいる優生の姿があった。


「バカじゃねーのか、お前。わざわざ協会なんかに自分から足踏み入れやがって」

「は? どういう・・・」

「お前自分の立場をもっと理解しろ。こんな清浄な場所、俺らが平然と入っていけるはずねーだろ」


凌の呆れた言葉に、納得する。
そっか、協会って普通天使とか神さまとかを称える神聖な場所だから、闇の住人とか悪魔は来ちゃいけない場所だったんだ。
気持ち悪いのを何とか腹の底に押し込めて、フラフラと外を目指す。

それを不思議そうに見据えて、巫人が「そういえば」と呟く。


「何で山本と優生がいるの?」

「えっ、あ、それは・・・」


どもる優生。
助けを求めるように凌を見上げるが、彼は全く気にしていない様子。


「優生が追っかけるって言い始めたんだぜ」

「えぇぇぇ?! 何言ってんだよ凌!!」


焦って凌の制服を引っ張る。


「べ、別に巫人が亜月の事すきなのかなぁって思ったわけじゃねーぞ!! 凌だって乗り気だったんだぜ!!」

「お前馬鹿じゃねぇの? 俺さっさと帰って寝たいって言ったじゃん」

「でも最後までついて来たじゃねぇかよ!! お前だって疑ってたんだろー?!」


「別に」と首を振る凌は無表情だ。
それに腹を立てる優生だが、不意に背後から冷たい視線を感じて振り返る。

そこには静かにほほ笑んで立つ巫人の姿。


「へぇ・・・二人とも、最初っからついて来てたんだ・・・?」

「いや、だから俺はコイツに付き合わされて・・・」

「あぁ!! また俺のせいにするし!!」

「どうでもいいよ、ちょっと二人ともそこに正座して」


普段からは考えられない気迫を醸し出す巫人に憶して優生が素直に正座した。
しかしいつまでも従わない凌に気付いて、優生がまた制服を引っ張った。
渋々といった顔で凌も座り込むが、正座ではなく胡座をかく。

亜月も不思議に思って振り返った。


「ちょっと、二人とも・・・懺悔しようか」


その時三人は巫人の後ろに般若を見たと後に語る。