「さっさと吐かねぇと撃ち殺すぞゴルァ!!」
金糸のような髪を靡かせて、新たな敵、現る。




18 : 俺の名前はガット・ビター




+狙撃者+


「ソルヴァン」


灰色と黒のチェッカー模様の、豪華な椅子に腰掛けたその男は、つまらなそうに目を眇めている。
への字に曲げられた口から零れた「ソルヴァン」と言う名前のそれは、見事な緑の髪を七三に分け、慣れた手付きで赤渕のメガネを押し上げた。
燕尾服に身を包んだその男、ソルヴァンは「何ですか」と機械的に返事をする。


「暇だ・・・」

「陛下、裁くべき罪人はまだ沢山控えています。おくつろぎなさっているお時間はありません」

「そうは言っても暇なんだ」

「理由になってませんよ」


はぁ、と深くため息をつくソルヴァンに、ちらりと視線を向けた彼は、机の上に乗せられた大量の書類に手を伸ばす。
一番上に乗っているそれを数枚持ち上げれば、罪人の名前がリストとなってずらりと並んでいた。
面倒だな・・・
口をさらにひん曲げて、男は癖のある黒髪を掻き上げる。
その際に頭にのっている冠の飾りのリボンがひらりと揺れた。


「やる気がしないなぁ・・・」

「そう仰らず指示を出して下さい陛下。ここ最近は幹部の者達が暇を持て余しています・・・陛下が書類を割り当てないからですよ」

「その割り当てが面倒なんだろう?」


小さく息を吐き出して、男は適当に書類の束を6つつくっていく。
均等に出来上がったそれを「これでいいだろ」と言わんばかりの顔でソルヴァンに押し付ければ、ソルヴァンは微かに眉間にしわをよせる。


「・・・適当にも程があります」

「書類は嫌いだ」

「では裁判をなさってはどうですか。もう3日は行っていませんよ」

「好い加減死刑の方法を考えつかなくなってきたしなぁ・・・何かいい方法はないか?」

「・・・死刑以外の裁決はなさらないのですか」


男にサインを求めるように、数枚の書類を机の上に出すソルヴァン。
羽ペンを手に、「当たり前だろ」と零すその男が、適当に文字を残していく。

ダンプ・ダック・ダーツ。


「罪人は死ぬ以外に罪を償う事はできないんだから」


顎に生えた無精髭を玩びながら、ダーツは歪な笑みを零す。
そして名前の後に、デスクの端に置かれていた大きな判子を勢いよく押す。
それを確認してからソルヴァンが静かに書類を受け取った。


「それよりソルヴァン。小腹が空いた・・・何か喰いたい」

「ではシェフにパイでも焼かせましょう」


それを満足そうに見据え、ダーツが近くにある白ワインへ手を伸ばした。
「それにしても」と不意に零したダーツを振り返る。


「日本の獏の生き残りって奴を・・・いまだに捕まえていないのか、blackring社は」

「報告には獏の種族を捕らえたと言うものはありません」

「そうか」


逮捕状は数百年前に出したはず・・・
脳裏に蘇る惨殺事件に眉を顰めると、ソルヴァンが全てを悟ったように口を開く。


「獏の事ならばご心配なさらず」


「もう既に一人の幹部を、日本へ向かわせました」と言い放ち、一礼を残してからソルヴァンはダーツの部屋を出る。
バタン、と閉まった扉には金色の文字で『最高裁判官』と彫り込まれていた。




+++




廊下も床も真っ黒な廊下の、同じく黒い絨毯を踏みしめながらその男は金髪を靡かせ歩いていた。
一歩一歩足を前に出す度に革ブーツがズッコズッコと音を出すのに構わず引き摺り進む。
廊下の角を1つ、2つ、3つと曲がっていくと、大きなホールへつながりその奥にはこれはまた大層な大きさと高級さを醸し出す扉が見えてくる。
その扉を開け、外に出る。
広い庭の中を細々と続く道を行き、森を抜け、木々の開けた崖っぷちに辿り着くと、広い空の向こうに見える白い建物を見据えた。
それはたった今彼が出て来たblackkingdomの館と同じように、高い絶壁の上に立てられた白い屋敷。
それから視線を落とし、崖の下を見る。

白と黒の二枚の扉は、どこに立っているわけでもなく、ただその崖の下の空間に浮かんでいた。


「あーぁつまんねぇ。久々にあの屋敷から出られるってぇのに任務つきかよ、クソッ」


男は見事な金髪を掻き上げる。
ブカブカのズボンの両の太股には、灰色のホルダーが見え、その中には拳銃ではなく黒と白の大きめの鍵が収まっていた。
そして何の戸惑いもなくその扉が浮かぶ空間へと落ちていき、黒い扉へ滑るように入り込み姿を消した。




+++




「ねぇ、退院したばっかでどこ行くの?」


不満げな表情を零したまま、亜月は翔の手を引っ張って歩く。
その前を悠然と進んでいる凌は、詰まらなそうにセピア色の髪を弄る。
どうやら病院でポイズンに「食事を取れ」と無理矢理口に夢を詰め込まれたらしい。
ただでさえ睡眠不足と栄養失調の重なった体・・・それにあの重傷を受けて一週間と数日で退院とは、やはり獏の体は人間とは幾分作りが違うみたいだ。
とはいえ、退院直後に出歩くのはいかがなものか。


「ポイズン博士も言ってたじゃん。安静にしてろって」

「気にすんな。医者の言う事なんか90%目安なんだから」

「それ博士の前で言ってごらんよ、メス投げられるよ凌」


呆れた顔で言う翔に、凌が拳骨を降らす。
「うっせーよ」と澄ました顔を残し、また歩き出す。


「ねぇ山本ー」

「黙るって日本語知らねーのかお前は」

「だって山本が答えないからじゃん」


頬を膨らませ軽く睨む。
大抵、彼はこうするとため息一で話してくれる。


「牟白の家だよ」

「牟白さんの?」

「そう言えば凌が入院してからはちゃんと家に戻ってたみたいだよ」

「ったりめーだろ。家主がいねぇってのに居候する気かっつーの」

「あの人ならやりかねないもん」


「あー・・・」と妙に納得する凌の背後で、不意に翔が「ぎゃッ」と悲鳴を上げた。
振り返ればそこに拳を握り、しかめっつらを顔に貼り付けた牟白が突っ立っていた。
亜月が冷や汗を垂らしながら翔の頭を撫でる。


「うるせーよガキ。大体その女さえ夜出歩かなきゃ俺も追い出されなかったんだぜ」

「家出して人んちに住み着くって考え自体をてめぇの脳みそから消去しやがれ。この唐辛子」


「んだと?!」と鼻息荒く掴みかかる牟白を、ひらりとかわした凌は「それより」とさり気なく会話をすり替える。


「話があんだ」

「・・・話?」

「おぅ」

「・・・なんだよ」

「・・・」

「・・・」

「まぁここはうちに上がってどうぞお茶でもって提案は浮かばねぇのか」

「バカかてめぇは」


顔をしかめる牟白。
それを無視し、凌はスタスタ歩を進める。
「オイこら!!」と追いかける彼らの後を亜月と翔が続けば、一つ二つ角を曲がった所の塀の前で凌が止まった。
そこは随分格式の高そうな神社だ。
鳥井があって中には今に珍しい立派な屋敷がそびえ立つ。


「ここ、誰のうち?」

「言っただろ、牟白の家だって」

「え?! ここが?! だって神社じゃん!!」

「ホント有り得ねーよな。こんな悪党面してる奴がこんな立派な神社の持ち主なんてよ」

「たたっ斬るぞコラ」


不機嫌を露わにする牟白をまたも無視して凌が悠々と敷居を跨いでいく。
それに牟白は大きくため息をついて、諦めたように歩き出した。

神社は隅々までよく掃除されていて、とても綺麗だ。
こんな清浄な所からよくもまぁ牟白のようなガラの悪い奴が生まれたな、と思うほどに。
しかし、一つ気になる事と言えば・・・


「む、牟白様ッお帰りになられたのですかッ」

「客間をあけろ」

「はいッ」


どこか敬遠した視線を感じる。
先を行く牟白もあまり良い気分ではないらしく、眉間により一層しわを寄せ、口をへの字に曲げていた。
しかしそれと比べ凌は特に気にする様子もなくいつもの無表情だ。
そう言えば牟白さん“神子”なんだっけ。
廊下の隅でわざわざお辞儀して牟白が通り過ぎるのを待つ坊主や巫女を見て、眉を顰めた。
“神子”って一体・・・?

客間に通され、ようやく落ち着いた頃を見計らい、凌がようやく口を開いた。


「頼みがあんだけど」

「珍しいじゃねーか。何の頼みだ?」

「力を貸せ」


「は?」口をぽかんと開ける。


「出来るだけ早くに、blackkingdomを潰しに行く。それを手伝え」

「おまッバカか?! blackkingdomを潰す?! 正気の沙汰じゃねぇ!!」


牟白があまりに強くテーブルを叩くものだから、並べられた湯飲みが揺れた。
それにビクリ、と肩を揺らして亜月と翔が牟白を見る。


「blackkingdomは悪魔の巣窟だぞ?! いや、その頂点にはいま死神が君臨してると聞いてる!! 今回の騒ぎどころじゃすまねぇんだ!!」

「悪魔の巣窟って?」


不思議に首を傾げる亜月。
凌は熱そうに顔をしかめながら、湯飲みの茶をすする。


「blackkingdomってのは基本、7人の裁判官と何万もの雑兵で出来上がっていて、その殆どが悪魔なんだよ。例外的に今は最高裁判官を死神がやってるって噂だ。」

「ふーん・・・」

「しかも、それだけじゃねぇ。blackkingdomに入るにはそれなりの能力と学歴が必要になってくる。だから今あそこには闇光世界でもトップに名前を馳せる『戦闘員育成機関“風濱”』と『知能戦要員育成機関“華謳”』と言う学校のどっちかを卒業した・・・・・・」


ゴクリ、と生唾を飲む。


「戦闘専門のスペシャリストが五万と居んだよ」


たらり、と冷たい汗が背中を伝っていく。


「その中でも逸脱して席官となった裁判官7人は、雑兵の比じゃない・・・はっきり言って学卒してねぇ俺たちじゃ、勝てる相手じゃねぇ・・・!!」

「んなもんどうにかするしかねーだろ」

「バカ言うな!! 奴らは殺しのプロ中のプロだ!! 万が一勝てたとしても命が残ってる保証はねぇんだぞ!!」


無理だ、と視線で凌に訴えかける牟白。
それを冷ややかな瞳で見上げ、包帯だらけの腕を組む。
ふぅ、と息を吐いた彼は落ち着き払った声で言いはなった。


「それでも潰す。そのために、てめぇの力がいる」




+++




ドサ、と重たい音と共に何かが黒い絨毯に倒れ込んだ。
小さな体のそれは、息も絶え絶えに目の前に立っているその男を見上げた。
金色の髪を掻き上げた彼は、硬いブーツで転がった小柄な男、クラウディ男爵の顔を踏みつける。
「オイ」と低い声が地面を奮わせた。


「さっさと吐きやがれ。でねーと脳天に穴が空くぜ」

「おッお待ち下さい!!」


恐怖に顔が青ざめたクラウディ男爵が裏返った声で命を請う。
その様子を冷めたコバルトブルーの瞳が見下ろした。
手に二丁の拳銃を握って。


「話すなら早くしろ。俺はそんなに気が長ぇ方じゃねぇんだ」


はぁ、はぁ、と肩で息をするクラウディ男爵。


「ア・・・アンブレラ婦人が・・・」

「あぁん? アンブレラ? blackring社社長のあのクソ女か?」

「そ、そうです。彼女が・・・」


打ち抜かれた後のあるシルクハットの下から、ギラギラとした瞳が男を見上げる。


「彼女が獏の所在を知っております・・・!!」


ぴくり、と男の眉がつり上がる。
「それで?」と歪な笑みを零してしゃがみ込む彼は、横たわっているクラウディの眉間を銃口で突いた。
震えるクラウディはまっすぐ男を見据えて言った。


「アンブレラ婦人は、昔あの獏に借りを作っておりました・・・そ、それで今まで獏の事を隠蔽していたものかと・・・」

「借りだぁ? どんな」

「さ、さぁ・・・存じません。しかし先日も獏と出くわしましたが、彼女は獏を逃がしました」

「んだぁ? 先日っていつだ」


答えろ。と冷たい目で見下ろし、クラウディの頭を踏みつける男。


「2週間ちょっと前でございます」

「・・・で、逃がしたのか」

「す、すみません!!」


足に力を入れると、クラウディが苦しそうに唸った。
それに聞く素振りも見せず、男は顔を歪めて「面倒くせぇ」と独り言を零した。


「で、その獏の家はどこだ?」

「それが・・・ここ最近呪いをかけ直したのか、見つけ出せず・・・」


舌打ちを残し、「使えねぇな」と立ち上がる彼は、指先でくるりと拳銃を回す。
それは回転すると共に姿を鍵へと変え、すっぽりホルダーに収まった。
ズッコズッコ、とかかとを引き摺り扉に向かう。
blackring社もblackkingdomも屋敷の造りはそう変わらない。

ドアノブすら黒いその扉に近付き、開く。


「命拾いしたな、クラウディ」

「お、お待ちを!!」


必死の形相で男を止めるクラウディは、苦痛に顔を歪めながら体を起こした。
それを振り返る男の顔にはどこかうっとうしそうなものが見うけられ、心臓が跳ね上がる。


「獏と言う生物は己の力を自覚してしまったら強敵でございます!! あの獏はまだ若いにしろもし万が一御身に危険が・・・」

「ゔぁか!! 俺を誰だと思ってやがる!!」


男は体をクラウディの方へと向け直すと、自分自身を指さしふんぞり返る。


「俺はblackkingdom第Y席。ガット・ビターだ!!」


「そんなガキのクソ獏に負けるかよ!!」と高らかに言い放ち、踵を返した。

パタン、と閉まった扉の向こうから「ギャハハハ!!」とガットの高笑いが聞こえてくる。
今の今まで拳銃を突き付けられていたと思い出すのは、なかなかぞっとするものだった。
咄嗟に話してしまったアンブレラの秘密。
あの獏とつながりがあるとblackkingdomに知られ、彼女が無事で居られる筈がない。

ボロボロになったスーツの埃を払ってゆっくり立ち上がったクラウディ。
しかしその顔に後悔の色はなかった。
若干数百年の齢でblackring社の社長になりあがったアンブレラの器量は目を見張るものがあるのは確かだ。
だが誰もがそれを認めているわけではない。
自分より遙かに若輩の者が自分より上で澄ました顔をしているなど、許せるはずない。

クラウディ男爵は歪な笑みを浮かべ、シルクハットをかぶり直した。


「アンブレラ婦人・・・どうやらアナタの栄光は今日ばかりのようだ」


この闇社会で、裏切りが起きない事など到底有り得ない事。
ギヒヒと錆びたブリキの人形のような笑い声を零す。