愛のない中で育った子供は、何者も信用しなくなります。
そんな言葉をどこかで聞いた。




20 : 獏家




+恨み+


いつもの無表情に怨嗟の念を貼り付けて、凌が目の前の男を睨む。
男は面倒くさそうな顔をしてその金髪をかき上げると、「親父ねぇ・・・」とつまらなそうな声を上げた。


「カッ。生憎、俺はソイツを知らねぇな」

「・・・? お前悪魔だろ、前任最高裁判官の顔くらいは覚えて・・・」


不審そうな顔をする凌。
男はフン、と鼻を鳴らすとその吊り目をより一層吊り上げて笑った。


「わりぃが俺は悪魔じゃねぇ、堕天使だ」


復唱するように亜月が呟く。
男は、そこらに転がっていた椅子に座り込んで、そのごついブーツをはいた足を机の上に放り投げた。


「堕天使は罪を犯して天界を追放された、元々天使だった奴らの事を言うのは知ってるだろ? まぁ、俺の場合は罪なんか犯しちゃいねーけどな」

「・・・?」

「填められたんだよ。胸くそわりぃ野郎に。だから俺はblackkingdomに忠誠なんて誓っちゃいねぇし、あんな所に居る事すら不本意だ」

「じゃぁなんでblackkingdomに仕えて、アンブレラを殺そうとすんだよ」

「約束だ」


すっぱりと言い切ったその男が、くるくると銃を玩ぶ。
その動きは重く緊張した空気の漂う教室内では、異常なほど軽快だった。
「昔、俺はある奴に約束したんだよ」と零す男。


「必ずblackkingdomを抜け出してやる。そして、生涯となりで肩を並べて歩いてやるってな」

「抜け出す? おかしーじゃねーか。blackkingdomは闇社会じゃ最高の稼ぎ場のはずだ。ほとんどの奴らがそこを目指してるって言うのに抜け出すってのはどういう事だ?」

「ゔぁーか。言っただろ、俺は堕天使。本来なら闇じゃなく光に生きる種族だ。いつまでもこんな薄暗い闇の世界なんかでのんびりしてらんねーんだよ。だから、俺は闇を抜け出し必ず光の世界に戻ってやるんだ」

「・・・なるほどね」

「正直、てめぇを殺す殺さないも俺にとっちゃぁどうでもいい。blackkingdomなんざクソくらえってんだ」

「だったら・・・」

「けどな」


凌の声を遮って力強い眼差しと声を発する男は、ガチャリ、と拳銃を握り直した。


「俺は目の前に二つの選択肢がありゃ、なるべく血が散る方を選ぶって決めてんだ」


油断していた凌の足下をすくう。
バランスを崩した凌の頭を踏みつけようと足を振り上げる男。
体をよじってそれを避け、ひらりと立ち上がった。

だが立ち上がった先には二つの銃口が待ち構えていて、瞬時の判断で身を屈める。
すれすれで頬を掠めた弾丸は壁に穴を開けた。


「っ」

「カッ。おかしいなぁ、オイ。てめぇ・・・何で右目を使わない?」

「何だっていいだろ」


凌の閉じられた瞼を指さすと、あからさまに凌が顔を歪めた。


「獏家の当主ってのはよ、透けるような肌と灰色の髪、そしてその右目の三大インパクトがあってこそだろーが」


男は嘲笑うように上から見下ろす。
殺気を含んだコバルトブルーの瞳が割れた窓から差し込む光で煌めく。
ちらちらと降り始めた雪が、冷たい風に乗って教室に入り込んできた。

凌はちらりと座り込んでいる生徒たちに視線を向け、その中の亜月を探す。

あれだけの生徒の中だったら亜月の存在も分かりゃしねぇだろ。

どうしたものか。と思考を巡らせる。
いくらこの気性の荒い男だとて、blackkingdomに仕えているなら人間には手を出さないだろう。
そういう掟なのだから。

亜月たちから離れる事が先決だな。


「勿体振らずに右目を見せろよ。期待させといてそこまでスバラシイものじゃねぇんだろ」

「・・・」

「まただんまりか」


呆れたように顔をしかめる彼は、そうだ、と何か思いついたように手を叩く。


「てめぇに一つ、良いことを教えてやる」

「睡眠不足の解消法なら喜んで聞くぜ」


「そんなもんじゃねぇよ」とケラケラ笑う男。


「今のblackkingdomは統制が取れてねぇ」

「・・・?」

「幹部の6人はてんでバラバラの方向を見て好き勝手してやがる。歴代のblackkingdomからは考えられねぇほどにな」

「・・・何でそんな事を教えるんだよ。お前敵だろーが」

「すっとぼけんなよ獏。知ってんだぜてめぇらがblackkingdomに攻め入ってくる事をよ」

「・・・お前、どこでそれを・・・?」

「ウチの参謀だ。アイツの情報網は相当なもんだぜ」


ふ、と突然男が消えた。
あまりのスピードに面を食らって辺りを見まわすと、不意に背後からの衝撃を受ける。
勢い余ってもんどり打ちながら黒板に凌が突っ込むと、ガラガラと壁が崩れていく。
教室に声にならない悲鳴があがった。


「おっせーぞ!! だから右目を使えって言ってんだろーが!!」


高笑いを上げ、分厚いブーツの底で床を蹴飛ばす。
鋭いコバルトブルーの瞳が向けられたその先で、凌がゆっくり起き上がった。
「いってぇ・・・」と切れた唇を擦り、顔を上げる。


「お? 何だようやく右目開く気になりやがったか」


うっすらと開きかけた凌の右目を見て、男が口端を持ち上げる。
しかし当の本人である凌は渋々といった様子で右瞼を指でなぞった。


「ったく、どーなっても知らねーぞ・・・俺は」


す、と右瞼に添えていた左手を下ろすと、その下の右目が露わになった。
それはまるでネガを反転したかのように、本来白目の部分が漆黒に染まり、瞳が淡い銀色を帯びていた。
不気味な汗を誘うその瞳に、教室全体が震え上がる。

姿勢を低くしている生徒達の中には数名、凌のそれを見て小さな悲鳴を上げる者も居た。


「へぇ・・・実際に目にしてみると、随分壮観じゃねぇか」

「それはそれはどーも」


「面白ぇ!!」と床を蹴り、スピードを付けて距離を詰めてくる男。
ゆっくり立ち上がってその動きを右目で見据える凌に拳銃で殴り掛かれば、勢いよく振り切ったその腕に衝撃はなく。
目の前にいた筈の凌がいつの間にか背後に回って男を蹴り上げた。

受け身を取る隙すらなく、まともに食らって後ろに吹っ飛ぶ男。
しかし何とか空中で体制を立て直し床に着地した。

スピードが格段と速くなりやがった・・・

眉間に深くしわを寄せ、ポケットに手を突っ込む凌を睨む。
「分かるだろ」と零す凌は、妙な威圧感を漂わせるその右目で男を見据えた。


「まだ俺は右目自体の能力は使ってねーぜ」

「・・・」

「普通に考えて片目で戦うのと両目で戦うの、どっちが不利か分かるだろ。俺はただ単に死角が減って動きやすくなっただけだ」


とんでもねぇ野郎だ。
だが・・・これだけの力があれば・・・
頬を流れる嫌な汗を袖で拭い去り、男が立ち上がる。


「止めだ」

「は?」

「このままてめぇと戦うのも悪くねぇが・・・もっと良いことを思いついた」

「・・・俺はなんか、嫌な予感するんですけど」


くるりと指先で銃を回すと、それは 二つの鍵に姿を変え、すっぽりとホルダーに収まった。
ブーツが重そうな音を立てて机の上に胡座をかく。
「教えてやるぜ」と笑った。


「今のblackkingdomは暇で暇でしかたねー場所だ。俺はもっとスリルが欲しくてたまんねぇんだ」

「・・・とんだイカレ野郎がここにも居たよ、どうしよう」

「欲望のカタチなんて人それぞれだろ? 世の中スパイラルだ。同じ事を繰り返し続けてやがる。目眩がするぜ」


「なんでこーもイガラと言いコイツと言いイカレてやがんだ」とブツブツ文句を言う凌。
いや、凌も結構イカレてるから。と亜月と巫人と優生が心の中で同時に突っ込む。


「さっき言ったよなぁ俺には約束があるって」

「そんな事も言ってたよーな言ってなかったよーな・・・」

「・・・ゔぁかかてめぇ。数分前の事も憶えてらんねーのかよ」


「はッ」と鼻を鳴らす男。


「俺には時間がねーんだ。てめーにこっちの情報を教える事だって本当は胸くそわりぃ」

「じゃぁやめろよ」

「そういう訳にもいかねぇ。てめぇは丁度良いカモなんだよ」


男が金髪を掻き上げて、頬杖をつく。


「てめぇがblackkingdomに乗り込んでくれば、俺はそれに便乗してblackkingdomとてめーら反逆者を一掃できる。そうすれば俺はあんな所に居ずにすむ」

「自分勝手な野郎だなー。大体、そんな敵の昔話を俺が聞いたってどーにもなんねーだろーが。そもそも名前は何だよ、名前は」

「あぁ? そういや言ってなかったか?」

「突然飛び込んできて意味わかんねー奴だな」

「うるせぇよ。てめぇその減らず口どうにかしねーと舌を打ち抜くぜ」


「まぁ面白い奴だから生かしておくがよ」とケラケラ笑う。
窓の手すりに手を掛ける男は、床に転がっているアンブレラを蔑むように見下ろして冷たく言いはなった。


「その女は好きなようにしろ。恐らくblackkingdomの事を事細かに教えてくれるだろーぜ」

「・・・」

「そんで準備万全の状態で乗り込んでこい。俺に暇を与えるな!!」


「ギャーハハハハッ!!!」と声高らかに笑ったその男は、自分自身を指さしてふんぞり返る。


「俺の名前はガット・ビター!! blackkingdom第Y席のガット・ビターだぁ!!!」

「おい、ちょ、待て!!」

「待ってるぜ!! 獏!! 次に会うのはblackkingdomの屋敷だ!! ギャハハハ!!!」


来たときのように大音声を上げて窓の外へダイブしたガット。
「おい!!」と窓枠に乗り上げて下を見ると、もうその姿はない。


「・・・うわー・・・言い逃げ」


なんだよ、それ。
blackkingdomの座官って・・・あれで?

はぁ・・・と深いため息をついて窓辺の椅子に腰を下ろした。
なんか最近こんなのが多い気がする。
さーて、どうすべきか。

振り返るとそこにはぶっ倒れたアンブレラの姿と震え上がった生徒。

・・・・・・とりあえず、記憶置換だな。

凌は制服のポケットから携帯を取り出すと、アドレス帳からとある電話番号に電話を掛けた。




+++




「怪我人はこの方だけですか」


右半身が鉄で覆われたその子供は、無表情のまま床に転がったアンブレラを見下ろす。
それに頷く凌の隣には疲夜がいくつかの医療器具を抱えて立っていた。

どう言うわけか、クラスの両端のドアは駆けつけた牟白と翔に閉ざされて、生徒が一人一人記憶置換にかけられている。
亜月はそんな奇妙は光景を溜息一つ零して眺め、疲夜と凌に歩み寄った。


「ねぇ、この人・・・大丈夫なの?」

「さぁね、大丈夫なんじゃねーの?」

「病院ではポイズン博士が連絡を受けて準備をなさっています。万が一にも命を堕とすことはありません」


そう言って笑う疲夜は、アンブレラの傍で血の後始末や応急処置をしている子供に歩み寄る。
その彼の肩越しに「誰?」と聞くと、今まで処置に夢中だった子供が顔を上げた。


「僕は殺舞。博士に生き返らせてもらった死人だよ」

「え、じゃぁ疲夜くんと同じ?」

「そう」


殺舞はそう言って頷くと、再び手を動かし始めた。
あまりの手際の良さに関心していたら、不意にコツコツとブーツが床を踏む音がして振り返る。


「奴らも容赦ねぇな。アンブレラだって同じblackだっつーのによ」

「仕方ねーよ。コイツだってそれを覚悟の上でblackring社の社長やってたんだ」


ふん、と鼻を鳴らす牟白と、その隣で首筋をかく凌。
その右目はまだ開いたままだ。


「にしてもこのままだとblackだけに収まらねぇんじゃねぇか? 堕天使まで来やがったんだろ? whiteが黙ってるとは言い難いぜ」

「どうだろーな」

「え? blackだけに収まらないって・・・blackring社とかblackkingdom以外にも何かあるの?」

「当たり前だろ」


初耳だ。

何でもっとちゃんと話してくれないんだ、と避難の視線を凌に送る。
しかし彼はそんな亜月の儚い攻撃も諸戸もせず、「ま、丁度いいか」と言って腕を組んだ。


「話のついでに説明してやるよ」

「いや、普通こういう説明ってもっと早くにすると思うんだよね」


脱力する亜月。
だが凌は関係ないと言わんばかりに淡々と説明をし始めた。


「世界は大きく分けると五つになる。一つはここ“下界”。生存種族は大半を人間が占めてる」


す、と凌が包帯の巻かれた指を一本立てた。


「で、二つ目がこの前から言ってるように“闇”の世界・・・別名“地獄”だ」

「地獄?! 悪人が死んだら行くって言うあの地獄?!」

「それは違う。ただ単に人間が思い描く地獄が闇の世界に酷似していたから付いた、いわゆるあだ名だ」

「そうそう。闇に主だって住むのは知っての通り俺みたいな獏から悪魔とか夢魔とか色んな種族がいる」


そしてまた凌の指が立った。


「そしてガットも言ってた“光”の世界、別名“天国”。住んでるのはほとんど天使の世界」


「これが三つ目」と言って更に指が立つ。


「四つ目は“魔界”。魔女とか魔法使いは勿論、魔生物が住む。本当は悪魔も魔界に住むもんなんだけど、あまりに治安が悪いからblackkingdomに入って闇の世界に住んでるのが今ではオーソドックスだな」


それを見据えて「ふーん」と零すと、最後の一本・・・凌の指が五本立った。


「五つ目。最後の世界は俺たちでもその存在を疑ってる所、“聖界”だ」

「聖界?」

「よくあるだろ、絶対神って奴。その言葉通りが示す存在・・・つまり、その神こそが世界の理全てを握っていると言ってもおかしくないそれが住む場所。それが聖界と呼ばれる世界だ。他にもほとんどの神はこの聖界に住んでると言われてる」

「つっても、んな話はこの下界で言う童話みてーなもんだ。実際に存在するかも分からねぇ。神は確かに居ても闇や光に住む奴も多いからな」

「へー・・・」


「本当に存在してたら大事だぜ」と苦笑を零す牟白。
まぁ、確かにそうだろう。
もし本当にあったとしたら、今までの人生はその神がすべて作り上げたことになる。

ふくざつだなぁ、と顔を歪めたら記憶置換を終えた翔が歩み寄ってきた。


「光の世界にはblackkingdomと相反する勢力があるから、きっとそれも絡んでくるんじゃないかな」

「相反する勢力?」

「そう。罪人を裁くblackkingdomに対して、あれらはほどよく生きた人間の魂を狩るんだよ」

「は? だって光の世界って天使とか神様しか住んでないんでしょ? 何でそんなに物騒なの」


「さっきも見ただろ」と凌が呟く。


「あのガットとか言う男も元は天使。そういう危険種なんだよあの種族は。この前も言ったように、風濱と華謳は戦闘員育成機関。そこを卒業したからには天使だろーと悪魔だろーと関係なく武器を持つ」

「二つのうちどっちかを卒業すると、悪魔はblackkingdomに、天使はwhiteemperorに入る権利を得るんだよ」

「whiteemperor?」

「blackkingdomと同等の勢力を持つマフィアのファミリー名だ。“双子勢力”と言われるほど、今の裏世界を占める巨大勢力の片割れ」


つまり、闇の世界の頂点はblackkingdomで、光の世界の頂点はwhiteemperorだというわけだ。
そしてそれぞれ闇と光の世界は反発しあっている。
ガットは何らかの理由でwhiteemperorを追い出されblackkingdomに入り、今ではそこを抜けだし再び光の世界に戻ろうとしているのだと言う。

そう考えると、ちょっと気の毒。

ふ、と視線を落として包帯の巻かれたアンブレラを見下ろす亜月。


「でも、何で今まで光の世界について何も言ってくれなかったの?」

「そういう掟なんだよ」


いつもの無表情のまま凌が言う。
ただ静かに、淡々と。


「かつて光と闇は一つで、天使と悪魔の共存した時代も確かにあったんだ。けど、“ネーログェッラ”に続き“ディーサイド”が起こった事で世界は分かれた」


ネーログェッラは日本語で言う『白黒戦争』をイタリア語に直したもの。
そしてディーサイドは『神殺し』をドイツ語に変換したものだと言う。

何故あえてイタリア語とドイツ語なのかと聞いたら、ネーログェッラとディーサイドを引き起こす発端となった二人の戦士の出身地だからとのこと。
その戦士が誰なのか、そんな事はあえて問わなかった。
何故だか今は、聞いてはいけない気がしたのだ。

凌は悩ましげに眉をひそめる亜月にちらりと視線を送ってから、アンブレラを抱え上げる疲夜と殺舞に瞳の方向を移動させた。
「オレ達はこの方を病院に連れて行きますから」と一礼してから窓の外へ出て行った二人。
それを見送り思い出したように凌が言葉を紡ぐ。


「闇光世界の歴史上最大の戦争ネーログェッラで、闇と光の間には暗黙の条約が成り立ったんだ」


それは決して犯してはならない、【絶対不可侵】の条約。


「ネーログェッラの起きた時、俺はまだガキだったからその背景で何があったかは知らねぇけど。ただ分かってるのはその戦争でblackとwhiteが絶対的敵意を抱くようになったってこと」

「ふーん・・・」

「ま、普通に生活してりゃ俺たち闇の住人はwhiteとは何の関係もねーし、どうでもいいな。正直言うと」

「でも、さっきのガットって人が堕天使って事は・・・」

「かつてwhiteだったってだけで今はもう関係ねーだろーよ。戻りたいってのは奴のただの願望なわけだし、blackから抜けだそうなんて無理な話だ」


呆れた面持ちでそう言い捨てる牟白。
「どうして?」と顔が歪んだのは、きっと少なからずガットに同情しているのかもしれない。


「どうしてもこうしてもねぇだろ。blackkingdomってのはその名の通り“黒き王国”・・・頂点に居る最高裁判官こそがその王国のキング。国を出るなんて事は下界じゃ今でこそ飛行機でも船でも使えば簡単に叶うがな、闇の世界じゃそうはいかねぇ」


「裏切り者は首を斬れって事だ」とゴーグル越しの目が細められる。


「でも・・・あの人騙されて罪人にされたんでしょ? 何か、かわいそうだよ」


俯く亜月を見下ろして、凌がいつになく優しげな声を出した。


「会った奴みんなに同情なんてかけてたら闇の世界じゃ生きていけねーよ。こっちの世界は無慈悲、無秩序が常だ。俺たちは闇の世界に生まれた時点で、既にblackkingdomの手中にあると同なんだよ。見えない糸が絡み付いて、あの裁判所からは逃れられなくなる」


自分の奇抜な色をした髪を弄る凌の左目がひどく憂いの色を帯びた。
自身の包帯が巻かれた手を見下ろす。


「糸は絡み付いて・・・いずれ傍にいる他人の運命すら引き摺りこんじまう」


「犠牲者はガットだけじゃねぇ」と、吐き捨てられた言葉は雪に溶けた。