黒い闇のうごめく様は、まさに・・・
21 : 情報
+動き出す、闇+
「獏を取り逃したようですね」
「わりーかよ」
「いえ、別に。貴方の力を買いかぶっていた私が悪いだけですから」
そう言ってつい先程ガットに向けて投げた鎖鎌を壁から抜く。
じゃらり、と鎖の伸びた先には鉄球がひとつ着いていた。
顔色一つ変えずにそれらを回収すると、ソルヴァンはそれを鍵の姿へ変えて燕尾服のポケットにしまいこむ。
「任務失敗、と言う事で陛下に報告しておきます」
「勝手にしろ」
吐き捨てるようにそう言い放ち、ガットがソルヴァンに背を向けて歩き出す。
戻ってきて早々鎖鎌を投げてお迎えたぁ結構なこった。
皮一枚切れた頬の傷を腕で擦り、黒く続く廊下を歩く。
そうしていると不意に「怒られたようね」と随分ゆるい声が掛かった。
「仕方ないのよ、今のソルヴァンは陛下が仕事をしないから少しイライラしてるの」
柔らかく笑って歩み寄ってくる黒いドレスの女。
ガットはそれを振り返って「リーテか」と呟いた。
「おかえりなさい、ガット」
「フン。いらねーよそんな言葉。俺の居場所はここじゃねぇからな」
「まだそんな事を言ってるの? その様子じゃwhiteemperorに戻る事を諦めてないようね」
「当たり前だ」
リーテと言う女から視線を外してガットが再び歩き始めた。
ブーツのカツカツ、と言う音は分厚い漆黒の絨毯に吸収される。
その後ろ姿を追うようにリーテも歩を進め、前に揺れる金髪を見上げた。
「もしかして獏を仕留めなかったのもそのせいかしら?」
「あぁ?」
リーテの言葉にピタリとガットが足を止めて瞬時にホルダーに手を突っ込んだ。
一歩後ろにいるリーテの眉間に銃口を当てる。
「てめぇ、知ってやがったのか」
「そんな物騒なもの下ろしてほしいわ」
「答えろ」
冗談を許さないそのコバルトブルーの眼光に、リーテが肩を眇めると相変わらず淡い笑みをたたえて「えぇ」と頷いた。
流石はblackkingdomの誇る情報屋と言うか、参謀と言うか。
ガットはあまりに柔らかな笑みを浮かべるリーテから銃口を下ろす。
「まったく、てめぇの情報の速さには毎回驚かされるぜ」
「確証はたった今掴んだのよ。貴方の腕は承知済みだもの、今の獏に負けて帰ってくるなんておかしいと思ったの。安心なさい。陛下やソルヴァンには言わないわ」
「カッ。喰えねぇ女だ」
くるりと拳銃を指先で回し鍵に戻すと、ホルダーに入れる。
その姿をみながら「で、どうだったの?」とほほ笑むリーテ。
「あん? 何がだよ」
「獏よ。見つけられたんでしょう?」
「まぁな。てめぇの言う通り、どうやらblackring社のアンブレラと一悶着あったらしいぜ」
「やっぱりね。私の言う通りまずblackring社から洗って良かったでしょう?」
「それだけじゃねぇ。獏の方もここに乗り込む気だったみてーだ」
それを聞いて満足そうにほほ笑むリーテを見下ろし、ガットが眉間にしわを寄せた。
「それにしても・・・」とボサボサの黒髪をいじるリーテに訝しげに問いかける。
「何で分かったんだ? アンブレラの事も獏の事も」
一瞬ぽかん、としたリーテだが瞬きを一つした次にはもうあの喰えない笑みを浮かべていて、余計ガットのかんに障る。
「私が誰だか分かっているでしょう?」
方向転換し、今来た廊下をまた歩み出すリーテ。
クスクスと笑い声が微かに聞こえ、ガットは鼻を鳴らすと黒い絨毯に足を踏み出した。
「リーテ・ジェンマント・・・きな臭ぇ女だぜ」
+++
「これからどうするの?」
教室の破損の大方を片付け終わって亜月が顔を上げると、面倒くさそうに机に座っていた凌が視線を動かした。
その先には呆然と佇む生徒達がいて、「とりあえずここから離れる」と呟く。
「このクラスだけじゃなく一応学校全体に今翔が記憶置換をかけに行ってるとこだ。夢喰い屋に戻って、オスカーたちにも伝えなきゃな」
「blackkingdomに攻め込む事?」
「そ」
凌は机から飛び降りて鞄を肩に掛けると、教室を出て行く牟白に続いて外へ出た。
亜月もそれを追っていく。
三人は下駄箱で靴を履き替えて校門へ歩を進めていた。
すると、その目指す校門の前に佇む一人の女を見つける。
杉村だ。
「店長? 何してんだよ」
不思議に思って凌が声をかける。
彼女の綺麗な振り袖が風に揺れた。
「blackkingdomの幹部の一人が奇襲に来たんですって?」
「相変わらずそういう話に敏感だな、店長」
「これでも私は情報屋よ。当然じゃない」
杉村の歩幅に合わせて凌がペースを落とす。
「で?」と話を促した。
「どうせ凌の事だし、きっとblackに喧嘩を売りに行くと思って情報を集めておいてあげたのよ」
「そりゃーどうも」
「どうせなら全員揃ってる方がいいでしょ? 勝手ながら夢喰い屋にサーカス団4兄妹も呼んでおいたわ」
「だからさっさと帰りましょう」と言い放ち、杉村の黒髪がふわりと靡いていく。
+++
長いテーブルと7つの椅子。
どれも漆黒に染められて、その椅子に腰掛ける7人の面々もまた漆黒の服を身に纏っていた。
「それでは・・・」と一つの声が上がる。
「リーテの情報によれば例の獏の生き残りがこの裁判所を潰しに来ると言う事。今回はそれについての話し合いの場を設けました」
声の主であるソルヴァンは静かに辺りに視線を巡らせる。
すると彼から一番遠い席に座っていたそれらが声を上げた
「獏? なぁにソレ」
「夢を喰って生きる生き物だと聞く。しかしそれが何故ここを?」
首を傾げるそれらにソルヴァンに代わってリーテが唇を開いた。
「貴方たちがこの裁判所に入る前、今の陛下の席には獏家の者が座っていたのよ。名を杜若と言ってその当時、獏家の当主だったわ」
杜若、と言う名前にガットが顔を上げる。
「今、この裁判所を潰そうとしているのは、その杜若の息子よ」
「息子?」
「その杜若とか言う人はどうしたの?」
「杜若は・・・」と口を開いたのはリーテでもソルヴァンでもなく。
今の今まで話そうと言う素振りも見せなかったダーツだった。
「自分の息子に喰われた」
+++
「blackkingdomの幹部は全員で7人」
杉村は勧められた座布団に座り、テーブルを挟んで座る凌たちに話し始めた。
「T席は最高裁判官として他6人よりも地位が上で、今はダンプ・ダック・ダーツと言う死神がそこに君臨しているはずよ」
「死神ですか・・・」
「厄介ですね」と呟くオスカー。
「U席以降は本当は実力順に並んでいる筈なんだけど、ダーツの性格上まったく関係なく適当な数に割り当てられているらしいわ」
それから振り袖から何かを引っ張り出す杉村。
見れば名前が書かれた一枚の紙のようだ。
流れるような字でそう書かれた紙をテーブルの上に出した。
「この7人はまったく特色の違う鍵を持っているから、その武器を把握して相性の良い者を戦う事をおすすめするけど」
「あの・・・鍵って・・・?」
おそるおそる質問を口にする亜月に、凌が答えた。
「ガットも持ってただろ? blackkingdomやwhiteemperorに入る時支給される物だ。武器の種類は様々だから、どんなにデカイもんでも簡単に持ち運びできるように、普段は鍵の形に凝縮されてるんだよ」
「あー・・・そう言えばあのガットって人、鍵が銃に変わってたもんね」
「そう。その鍵がどんな武器になるかを把握しておく必要があるのよ」
「けど誰が乗り込むのか決まってねーだろ」と壁に背中を預けて座っていた牟白が声を上げた。
が、凌が「決まってるぜ」と何てことないような顔をして言う。
「俺、お前、オスカー、ベーカー、チェスカにジェスカ・・・」
「ちょ、ちょっと待ってください凌!!」
指折り数える凌の肩をオスカーが掴んだ。
心なしか焦っているようだ。
「私とベーカーは分かります。しかし何故ジェスカとチェスカまで? まだ二人は子供です!!」
「んな事言っても実力は確かだ。そうだろ?」
オスカーの肩越しに振り返ってジェスカとチェスカを見れば、二人そろって頷く。
しかしオスカーは心配故か納得していない様子。
「しかし・・・」
「大丈夫よ。二人でも倒せるプランを組むわ」
渋るオスカーに杉村が微笑みかけて視線を名前の書かれた紙に落とした。
彼女の細い指が紙の上を滑る。
「チェスカとジェスカには連携を組んで貰うわ」
「でも誰と戦わせる気なの? 確かに二人の息はぴったりだけど・・・」
心配げに眉を寄せるベーカー。
「二人にはリーテ・ジェンマントと倖矢の相手をしてもらうわ」
「二人同時に?」
「そう。でもこのリーテ・ジェンマントと言う女はblackkingomの参謀と呼ばれるから闘いに加わる事はないはずよ」
「じゃぁ実質は1対2なんですね」
ほっとしたようにオスカーがチェスカとジェスカの頭を撫でる。
「色々考慮して組み合わせをすると・・・こうなるわ」
杉村が紙に新たな文字を書き始めた。
「これが一番好ましいわね」
「え、俺またあのガットとやるの」
「仕方ないでしょ。ガットの武器は拳銃・・・貴方なら空間を歪めれば一発も当たる事はないわ」
「あぁそう」
首筋をかいて麦茶を口にする凌。
するとベーカーが「ねぇ」と手を小さく上げる。
「このチュリル・ボトムって子、女の子?」
「えぇ、そうよ。貴方なら大丈夫でしょ? オスカーや牟白ならきっと手を緩めてしまうもの」
「冷徹無比なピエロさん」と黒い笑みを浮かべる杉村に、ベーカーが「あはは・・・」と苦笑を零した。
「でも一人残ってんじゃねーか。ダーツは誰がやるんだ?」
牟白のその言葉に皆が凌を見る。
すると凌はうーん、とちょっと悩んだ末、ぽんと手を打った。
「じゃぁ、目には目を、死神には死神。イガラでいいんじゃね?」
「はぁ?!」
素っ頓狂な声があがる。
当たり前だ。
ついこの前殺されかけた相手を仲間として迎え入れると言うのだから。
当然のことながら、牟白が腹を立てた。
「馬鹿かてめぇ?! また殺されかかるぞ?!」
「あー・・・大丈夫だよ、うん」
「何を根拠に言っているんです?」
珍しく眉間にしわを寄せたオスカーが凌に歩み寄る。
「別に」と首をかく凌の異変に気付いたのか、ベーカーが「何か隠してる?」と呟いた。
「別になんも隠してねーよ」
「嘘だ。だって凌はいっつも無茶言うけど必ずやろうと思えば出来る事しか言わないじゃないか」
「・・・」
「イガラの奴と・・・何をした?」
詰め寄ってくる牟白。
それに溜息をつくと、凌が「うるせぇなぁ・・・」と頭をかいた。
しかしそれ以上は何も語ろうとしない凌を見て、翔がついに口を開いた。
「凌は取引したんだよ、イガラと」
おそるおそると言った感じでそう言い出した翔。
当然凌がそれを睨むが、身震いしてまでしても言葉を続ける。
「凌は、亜月の命を天秤にかけてblackkingdomに乗り込む約束をイガラと・・・」
「翔」
ひどく静かな声に翔が肩を揺らした。
冷たい紅色の目が翔を見据えている。
「どういう事・・・?」
掠れた声で問いかければ、凌はバツが悪そうに視線を逸らす。
何で逸らすの。
「どうして・・・」
何でそんなに、あたしの事を守ろうとするの・・・?