雨は、悲しみの数だけ降ると言う。




27 :ガラクタ屋




+2J+


「てめぇも物好きだな。わざわざ“それ”を届けに行くのかよ?」


呆れ顔をつくるガットを振り返り、ソルヴァンが「そうですか?」と真顔のまま受け答えをする。
黒い扉の黒いドアノブに手をかける彼はカツカツと歩を進めた。


「こんなもの、一つや二つ渡そうと私たちblackkingdomの損にはなりません。構わないでしょう?」

「・・・まぁ確かに“それ”がなけりゃこっちにゃ入ってこれねぇけどよ」

「それに“これ”を渡そうと渡すまいと彼らは絶対にここへ・・・blackkingdomの屋敷へ攻め入ってくるでしょう。でしたらむしろこちらの余裕を見せつけておいたほうがいい」


「そう思いませんか?」と燕尾服のポケットから黒い鍵を一つ取り出した。


「彼らと我々blackkingdomの力量の違い、見せつけてみても面白いでしょう?」


そう言って自分に背を向けて玄関ホールから姿を消したソルヴァンに鼻を鳴らす。
俺にとっちゃblackkingdomなんざさっさと潰れてほしいとこだぜ。
くるり、と方向転換するとガットは自分の部屋へと足を進めた。




+++




「狂夢瓶を折ったすか?!」


男にしては少し甲高い声のその青年は、驚いた顔で凌を振り返る。
そこはすこし古ぼけたオモチャ屋で、亜月は映画のセットみたい・・・と思いながら凌とその青年のやりとりを黙って見ていた。


「いや、ついさっきポイズンの蹴りでポッキリと・・・」


「ほら」と引き摺っていた狂夢瓶を持ち上げた凌は、その長い柄の部分がボッキリ折れている事を示す。
折れたその部位は鋭く尖り、それだけで人を殺せそうだ。

っていうか、あれやっぱりガラス製なのかな。


「博士も相変わらずなんすね。この狂夢瓶には一応最高級の素材と呪文使ってたんすけど」

「直せんの?」

「そりゃ直せるすよ、けど結構お金かかるす」

「あー、いいよ、金だけは腐るほどあるから」


「そうすか」とにっこりほほ笑む彼は、随分大きなカエルの帽子を深く被り直して狂夢瓶を引き摺り、【ガラクタ屋】と書かれた看板の掛かる店の中へと入っていく。
それの後を追うように凌と亜月も入ると、さっきの青年の声が「父さーん」と呼んだ。

駄菓子屋にも見えるそのオモチャ屋の奧。
扉を開けて遠慮無く青年に続く凌の肩越しに中を覗くと、そこは部屋の四面が大きな本棚で埋め尽くされていた。
更にはその本棚の中身は見ているこっちが恐ろしくなるほどの量のクロスワードパズル。

すっごい・・・古すぎてボロボロになってる。

亜月が珍しそうにその本棚を見上げていると、物腰柔らかな笑い声が上がった。
耳に心地良い、低温のおじいさん声。


「昔からパズルが好きでのぉ。ちょっとした暇潰しに集めていたらこの有様よ」

「ユニフ、久しぶり」


椅子に腰掛けたカントリーなおじいさん。
凌はその男をユニフと呼んで近付いた。


「おぉ凌。そろそろ来る頃じゃとおもっとったよ」

「知ってたのかよ? 俺がポイズンのとこにいる事」

「なぁに、年寄りの勘じゃよ」


「ふぉっふぉ」と笑うユニフは、先程の青年・・・おそらくユニフの息子であろう彼から狂夢瓶を受け取った。
四角いメガネの奧の空色の瞳が折れた部位を映す。


「ふぅむ。こりゃまた派手に折れたのぉ」

「ポイズンにボッキリやられた」

「なんじゃい。あの若造もあぁ見えて元気じゃぁないか」


声をあげて笑うユニフを亜月が冷や汗を垂らしながら見つめた。
あのポイズン博士を“若造”呼ばわり・・・
やっぱ年長になればなるほど肝が据わってくるのかな。

クロスワードの敷き詰まった本棚を一通り見ていると、凌が「帰るぞ」と出て行こうとする。


「え? 狂夢瓶は?」

「出来たら2Jが持ってきてくれんの」

「2J?」


誰。と顔を顰めると、先程のカエルの帽子をかぶっていた青年が手を挙げて「はーい、はーい」と声を上げた。


「初めましてす!! 自分が2Jす!!」

「え、あ・・・どうも。和親亜月です・・・」

「よろしくす!! で、こっちが自分の父さんのユニフす!!」


さっきとは打って変わって真剣な表情で狂夢瓶を見据えるおじいさん、もといユニフに視線を送る。


「本当は自分は“ユニフ.ジュニア”って言うんすけど、綴りにすると“Juniff.Junior”でJが二つつくんで“2J”って皆さんから呼ばれてるす」


「そう呼んでくださいす」と妙な言葉遣いで言われ、引きつり笑いを返した。
それを見ていた凌が「コイツ日本語下手なんだ」と解説を入れる。


「世界中廻って武器だの何だの色々修理したり作ったりしてんだけど、日本語だけは未だにド素人なんだよ」

「ムッ。違うすよ!! これは“敬語”す!!」

「ちげーよ。ソレどう聞いたって敬語を略した“〜ッス”の出来損ないだって」

「違うす!!」


わーわー騒ぐ2Jを煩そうにあしらい、凌がドアから出て行こうとする。
それを追うようにユニフと2Jに背を向けると、不意に背後から「凌」と呼ぶ声。


「最近・・・どうも面倒事に巻き込まれてるんじゃぁないか?」


メガネを鼻に掛け、のぞき見るように凌を見るユニフ。
ゆっくりを振り返った凌がその双眼を見据えた。


「年寄りの戯言だと思って聞き流してもらっても構わんが・・・一ついいかね」

「・・・」

「ついおとつい・・・独りの死神が来たんじゃが、黒髪の長髪の女じゃった」


探るような目つきに亜月を息を飲みつつ、それがイガラだと言う事を判断する。


「その女の口ぶりがどうもお前さんと関係があるように聞こえたんじゃが・・・」


数日前の、あの女。
黒いコートに黒いブーツを履いて、小さな子供を連れてきた。


「ようやく目を付けていた男が15年の眠りから覚めたんだぁ・・・」


楽しげに笑う彼女は真っ黒の鎌を抱えて、すっかり綺麗に研ぎ直された刃をその白い指でなぞる。


「これでジギの仇が討てる」


凶悪だと、一目で分かった。


「心当たりはないかのぉ?」

「・・・」


無言でユニフの視線を見返る凌の表情はいつもの無表情で、ユニフはそれに何を悟ったかしらないが、「そうか」と呟いて再び狂夢瓶に視線を戻した。
亜月は凌とユニフ間に立って交互に目を動かすと、凌が唇を開いたのに気が付いた。


「知らねーよ。寝ぼけて聞き間違ったんじゃねぇの?」

「・・・そうかの」

「そろそろメガネだけじゃなく補聴器まで必要かもな」


「ふぉっふぉ、そりゃ遠慮したいのぉ」と笑うユニフに凌が微かに笑みを零すと、「んじゃ」と軽く手を挙げ出て行く。
最後の最後、亜月がドアを閉める直前、「気を付けなさい」と心配そうなユニフの声が聞こえたような気がした。




+++




バタン、と閉まった扉の前に立つソルヴァンは七三に分けられた髪を確認すると静かに歩き出す。
下界に来るのは久しぶりだ。

たまには陛下も下界へ降りて気分転換でもなさればいいのに。

曇天の空を見上げてそう思う。
彼の生まれた地、スペインも鍵を使えばそう遠くはない。

まぁ、仕事が全て無くなってからの話だが。

コツ、と踏み出した足音と共に、ポツポツと雨が降り出した。




+++




「ジギ・・・」


父親のように接してくれた男の面影を思い出し、イガラは廃屋の壁に背中を預けた。
外は雨。
時々風に乗って、彼女の足下まで降り込んでくる。

肌寒い風は余計に過去への思いを強くさせ、手元にある鎌を強く握った。


「何だ、そんな顔もするのか」


唐突に聞こえた声。
今この場にあるはずのない存在。

一瞬驚いたがすぐに冷静さを取り戻し、不適な笑みを浮かべて声の主を睨んだ。


「こんなところまで何をしに来たんだぁ? Dr.ポイズン」


包帯の隙間に見える金色の瞳が細められた。