生き物はまるで人形のようだ。




36 :人形のように




+リーテ&倖矢 vs ジェスカ&チェスカ+


「さぁ、クッキーもあるのよ。それともお子様にはケーキの方がいいかしら?」


上機嫌でクスクスと笑みを零す目の前の女、リーテを見て、ジェスカとチェスカは顔を見合わせた。
向かい合わせに座る丸テーブルには、リーテの他に倖矢の姿もある。

なんでこうなった?

ついさっき扉を蹴り破ったまではいいとしよう。
その後てっきり攻撃がくるものだと思っていたのに、実際は全く違かった。
そこには黒い丸テーブルが一つと、4つの椅子。
そして湯気の立つ紅茶のカップが4つ。

唖然とする二人の首根っこを捕まえたのは、他でもない倖矢で、気付いたら椅子に座らされていた。


「・・・これ、どういう事よ?」


けんか腰でリーテにつっかかるジェスカ。
それを笑顔で受け流すリーテは「そうねぇ・・・説明に困るわね」と呟く。
とは言っても、全く困っているような表情を見せないが。

頬杖をついてジェスカとチェスカに微笑み掛ける彼女から、チェスカが視線を外した。


「・・・毒の匂いがする」

「あぁ、どこかの情報屋さんのせいで部下の9割を毒で使い物にならなくされちゃったの。ついさっきまでこの部屋に何人か死にかけてる部下がいたから、それのせいよ」

「本当はクッキーとか紅茶に入ってるんじゃない?」


笑って皮肉るジェスカに、倖矢が鋭い視線を送った。
それを制するリーテが「そんな事ないわ」とあくまでほほ笑んだまま答える。


「本当はね、私だって倖矢だって貴方たちと戦いたくないのよ」

「あら、だったら潔く殺されてくれるの?」

「違うわ。戦う事自体をしないと言っているのよ」


ゆったりとした動きで紅茶をすする。


「だって貴方たちまだ子供でしょう? 子供と戦うなんて趣味じゃないもの。ねぇ倖矢?」

「子供じゃなくても弱い者と戦うのは好きじゃない」

「弱いですって?!」

「・・・ジェスカ、落ち着こう?」


勢いよく立ち上がるジェスカの腕を掴んで、チェスカが宥める。
しかしその眼差しは子供とは思えないほど鋭くリーテを射抜いた。


「・・・言いたい事は分かったよ。でも・・・つまりはどうしたいの?」

「そうよ。私たちに帰れって言いたいわけ?」

「いいえ。貴方たちには他の人の闘いが終わるまでここで寛いでいて欲しいのよ」


クスクスと笑うリーテに、不満そうな顔を向ける双子。
そんな事承知できる訳がない。
だって自分たちはblackkingdomを潰しにきたのだから。

ジェスカは幾分か冷静さを取り戻すと、唇を尖らせて強い口調で言い放つ。


「無理よ。私たちは貴方たちを殺さないといけないんだもの」

「・・・blackkingdomを潰すためには、幹部は1人だって残ってちゃダメなんだよ」


ジェスカとチェスカが目配せもなく同時に椅子を引く。
リーテと倖矢を睨んだまま、少し距離を取ってチェスカはナイフに、ジェスカはダーズを従わせる鞭に手を伸ばした。

倖矢が静かに瞼を閉じる。


「そっちが戦いたくないって言うなら何もしなくていいわ」

「・・・その方が楽だからね」


「バイバイ」と二人が声を揃えて言い放ち、ナイフを投げて鞭を振るった。




+++




ジャラリ、と鎖が垂れて音を上げる。
ソルヴァンは多少なりと抵抗すると思っていたのか、何も言わない凌に問いかけた。


「抵抗なさらないんですね。私の相手をするつもりではなかったのでしょう?」


「貴方側の計算では、貴方はガットと戦う手はずだったはずです」とメガネを押し上げる。
凌はさして興味を示さず、「別に」と答えた。


「どっちでも変わんねーよ。アンタだろーとガットだろーと」

「良いのですか? 貴方がたからすれば少しでも勝算のある相手と戦いたい筈でしょう? 向こうではガットと貴方の赤毛のお友達が戦っていますよ」

「・・・それを俺に教えて、アンタはどーしてほしい訳?」


凌は無表情でそう切り返し、穴の空いた壁の続く先に視線を送った。
生憎埃や煙が舞って牟白とガットの姿は確認できない。


「あの唐辛子、あぁ見えて“夢斬り”ってのやっててさ。俺がほとんど夢喰わねーから代わりに斬って処分してもらってんだけど・・・それなりに腕は立つし、ほっといて大丈夫じゃね?」

「・・・宮武牟白。彼が戦っているガット・ビターと言う男は危険な男です。貴方のような空間を操る力があれば勝機はあるのでしょうけど・・・その上刀と銃の最悪な組み合わせです。それでも勝てると?」

「だから言ってんだろメガネ」


鬱陶しそうに顔をしかめる凌があっさりと言い放つ。


「どっちでも倒しゃ変わんねーって」


「・・・そうですか」と呟くソルヴァンの緋色の瞳に、殺気が灯ったのが分かった。




+++




「“こんにちは、ジョセフィーヌ。お元気でしたか?”」


指先をくぃっと動かしながら、リーテが楽しそうに呟く。
彼女の指先の動きに合わせて、チェスカが恭しく礼をする。
屈辱的な顔をする双子には、鋭利なワイヤーがまとわりつき、そのワイヤーの先はリーテの手元の操り棒へと繋がっていた。

さっき投げたチェスカのナイフは勿論のこと、ダーズまでワイヤーに絡まって宙に浮いている。


「あんた!! いい加減にしなさいよ!!」

「あらジョセフィーヌ、そんなに声を荒げないでくれるかしら? 貴方、今は貴族のお嬢様役なのよ?」

「ふざけないで!! 何よこのワイヤー!!」

「私の鍵よ」


椅子に座ったまま宙ぶらのジェスカとチェスカを見上げるリーテが返事した。
ひょうひょうとしたその物言いに、ジェスカが青筋を立てる。


「私の鍵は“操り糸”。能力は【絶対服従】。このワイヤーに絡まって私の指の動き以外の行動を取ろうなんて不可能よ」

「・・・悪趣味だね。他人を操って遊ぶなんて」


冷め切ったチェスカの声。
リーテは困ったように肩を眇めると、ジェスカのワイヤーを操って空中に座らせた。


「悪趣味? そうかもしれないわね・・・でも面白いのよ? これ」


リーテの零す優しい笑みが、彼女が悪魔だと言う事を再度認識させる。


「こうやってワイヤーで吊ってしまえばどんな生き物も私の可愛い人形」


「貴方たちも例外じゃないわ」と紅茶を口に含む。
倖矢は目を瞑ったまま腕を組んでリーテの隣に座っている。
ふと、テーブルが透けて轟々と燃え上がる火が映った。

宙ぶらのジェスカとチェスカも視線を落とす。


「・・・どうやら、先輩が炎に飲まれたらしいな」

「あらあら、意外だわ。あの子のwhiteに戻りたいっていう信念は相当なものだと思ってたのに」

「まだ分からないぞ、リーテ。あの赤髪の男も炎の中だ。それに、夜魅の方も決着が付いたみたいだ」


炎の煙でよく見えなかったテーブルの映像が、今度は夜魅とオスカーを映した。
立っているのはオスカー一人で、夜魅はその場に崩れ落ちている。
それを見てリーテが目を細める様を、倖矢が横目で見やった。

テーブルを上から覗き込んでいたジェスカが、勝ち誇ったように鼻を鳴らす。


「やっぱりオスカー兄さんが勝ったわッ」

「・・・オスカー兄さんが負けるはずないからね」


まるで蔑むように見下ろしてくる双子に、リーテが視線を送った。
常に浮かべていた笑みはそこになく、ただ静かに「そうかしら」と呟く。


「確かに夜魅は負けてしまったようだけれど、貴方たちのお兄さんの足下をよくご覧なさい」


不審な目をリーテに向け、テーブルを覗き込んだ。
立ち尽くしているオスカーの足下。

“ソレ”を見て、二人は同時に目を見開いた。


「ベーカー兄さん?!」


揃って声を上げ、巻きつくワイヤーに抵抗しながらテーブルの映像に食い入った。
オスカーの足下に倒れているのは、間違いようもない、自分の兄の姿。
左腕の火傷や、貫ぬかれた胸の出血が妙に辛辣に目に映える。

黒い廊下を血の色で染めるベーカーの名前を何度も呼ぶ。


「ベ、ベーカー兄さん!! 兄さん!! 何で?! どうしてよ!!」

「おおかた、自分の兄を庇って飛び出したんだろう。胸の傷は日本刀のものだ」

「離せ!! 兄さんが!!」

「手遅れだ」


はっきりと言いはなった倖矢に、二人が食ってかかるが、それよりも大きな声でリーテが「落ち着きなさい」と声を上げる。


「これは戦闘よ、死をリスクと知っていながらこの屋敷にやって来たのだから、喚かないで頂戴」

「うるさいうるさいうるさい!! あんたに何が分かるのよ!!」


ボロボロと涙を流しながら叫ぶジェスカは、金切り声でリーテに罵声を浴びせ続けた。
チェスカは「兄さん・・・兄さん・・・」とひっきりなしに呟き続けている。
それを何も言わずに聞いている倖矢とリーテはテーブルに映る映像を伏し目がちに見つめる。

ついには大声で泣き始めたジェスカ。

リーテは笑みを消したまま呟いた。


「ふん・・・殊勝な事ね、女郎蜘蛛」


彼女は知っていたはずだ。
私や、倖矢が子供に手を挙げられない事を。
だからわざと私と倖矢の相手をさせた。

そしてそれを知っていて、私もそれを承諾して今に至るのだ。

もしこの双子が他の幹部と当たっていれば、ワイヤーで吊り上げられるだけではすまされない。
この横たわった兄のように、この子たちも死んでしまっていたはずだ。

彼女は知っているのだ。

この闘いは無意味な事を。
知っていて尚も、情報を売った。

きっと彼女も、私と同じように“人を操る”事しかできない人種なのだろう・・・

頭上で泣き崩れる双子を見やり、目を細めた。
なんと涙の美しい事だろう。
私は私の弟が死んでしまうかもしれないこの局面で、もう涙すらも流せない。
あまりにblackkingdomに染まりすぎて、涙の流し方を忘れてしまったのかもしれない。

もう、生き物を“生き物”とは見れない。
私の中では既に、生き物は“人形”なのだから。

この指に絡み付く、ワイヤーで動かす以外の何者でもない、ただの人形。

あぁどうか。この双子が永遠に“泣き方”を忘れぬように・・・




+++




ズルズルと引き摺る音。
ガットは上がった息を整えながら、左手に掴んでいる牟白を見下ろした。
全く動く気配のない彼。


「・・・チッ」


舌打ちを一つ残し、水浸しのまま廊下に出る。
ズッコズッコと湿ったブーツを擦るように歩いていけば、ふと瓦礫の中で蹲っているものを見つけた。

・・・生き残りか。

牟白の襟首を掴み直して、更に歩を進める。
近付くとそこに3人いる事に気が付いた。

夜魅が殺られて、残ったのはスペード野郎一人。
・・・弟のハートの方は・・・死んでんのか?

更に近付くと、オスカーがゆっくりと顔を上げた。
己の膝にベーカーの頭を乗せて。
半分放心状態だ。

ガットは何も言わずにそれに近付くと、持っていた牟白をオスカーの方へ放った。


「・・・牟白・・・?」

「安心しろ。まだ死んじゃいねぇ」


額から流れてくる血を、火傷でひりひりする腕で拭う。
ベーカーの頭をなで続けているオスカーの前に立って、「死んでんのか?」と問いかける。
オスカーは一瞬唇を噛むと、微かに首を振ってベーカーの頬を撫でた。


「私も、一瞬もう駄目だと思ったんですが・・・生きていますよ、まだ・・・残念でしたね」


皮肉ぶってみせるオスカーを見下ろし、ガットが鍵を手に取った。
オスカーはそれを見上げる事もなく、まるで殺してくれ、と言わんばかりに俯いてみせた。


「・・・死にてぇのか」

「・・・構いませんよ、もう。弟を・・・私は死なせてしまったのですから」

「まだ居んだろ。ダイヤとクローバーの双子が」

「・・・」


「情けねぇ」と銃を構えるガットが、銃口をオスカーではなくベーカーに向けた。
それに気付いたオスカーがガットの腕を掴む。


「何をするつもりです?!」

「楽にしてやんだよ」

「待ちなさい!! ベーカーは撃たないでください!!」


ガットの腕を掴むオスカーの手に力が入る。
ガットはそれを冷ややかに見下ろすと、もう一つの鍵を取り出して銃へ変え、戸惑う事無く夜魅の脳へと撃ち込んだ。
衝撃を受けて微かに揺れる夜魅。
オスカーが驚愕の顔でガットを見上げると、ガットは冷めたコバルトブルーの瞳で夜魅を見下ろし、銃口からたなびく硝煙を吹き散らす。


「ソイツも、いつまでもそうしてるよりマシだろ」

「や、やめッ」


止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ
止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止
めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止め
ろ止めろ止めろ止めろ止
めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止
めろ止めろ止めろ止めろ止めろ


「止めろォォォオオオ!!!」


パァン!!

オスカーの懇願は虚しく、快気な音が廊下に響いた。