爪先を南に向け
顎を北へ指し
心臓を東に置き
目玉を西に揃えよう
臓腑は腐り果てればいい。
38 :漆黒をこよなく愛した男
+ダーツ vs イガラ+
『,,,room』通称『首切り部屋』にランプが二つ点滅する。
―回線が繋がりました :黒女→,,,room;―
―回線が繋がりました :蜘蛛→,,,room;―
黒女:【そろそろ終わりそうよ】
蜘蛛:[あら、わざわざ報告をくれるとは思わなかったわ]
黒女:【意外と早い鎮圧だったから私も驚いてるのよ】
黒女:【これでもね】
蜘蛛:[ふーん? そうかしら? “コウモリ”の貴方の事だもの、本当は結末が分かっていたんでしょう?]
黒女:【うふふ、かもしれないわねぇ】
蜘蛛:[ところで、ジェスカとチェスカが無事なのでしょうね?]
黒女:【勿論よ】
―回線が繋がりました :Y→,,,room;―
Y:〔面白そうな話だね?〕
蜘蛛:[あら、何をしに来たのかしら?]
Y:〔ひどいなぁそんな言い方・・・〕
Y:〔あ、そうか、そう言えば今日はblackkingdomの方が色々と大変な事になってるって言う噂だったね〕
黒女:【相変わらず情報が早いのね】
Y:〔ウチは実際に蜘蛛やコウモリを使う貴方たちとは違って電波をフル活用してるからね〕
蜘蛛:[相変わらずヒッキーなのね]
Y:〔ヒッキーって・・・まぁ、100%外れてる分けじゃないけど・・・〕
Y:〔でも最近は仕方ないんだって。蜘蛛サンに言われた仕事が色々と面倒でさ〕
Y:〔インドアに拍車が掛かって後輩にも色々言われるし・・・〕
黒女:【仕事? 貴方こっちの他にも何かやってたの?】
蜘蛛:[・・・えぇ]
+++
死ねばいい。
イガラは震える手で鎌を持ち、額から滴る血を舐めた。
死ねばいい死ねばいい死ねばいい死ねばいい死ねばいい。
何で・・・
「どうした、粋がっていたくせに息切れしてるぞイガラ」
何で、
「頭を差し出して、もう首を落とせと言っているのか?」
何で、一太刀も、コイツに浴びせられないんだ・・・!!
「ぅ・・・ぅぁ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
ただ椅子にふんぞりかえっていただけのダーツに、斬りかかったのは自分のはずなのだ。
なのに、ずっぱりと切れて血が滴るのはイガラ自身。
何が起きたか一瞬分からなかった。
この血はどこからくるのか。
傷で塞がれたダーツの右目。
そこから言いようのない威圧を感じ、振り上げた鎌の軌道がぶれた。
すかさずダーツの掌に握られていた鍵が姿を変え、身の丈ほどの黒鎌になる。
それは黒い閃光のように真横に振り切られた。
何の衝撃もなく、切っ先が腹の半分を切り裂いていった。
「あ・・・ぁ、ゴフッ」
「ふん。勝手にblackkingdomを出て行ったと思ったら、その程度の腕でオレを殺しにくるとは」
蔑むそのダークグリーンの瞳が、膝をつき、吐血を押さえようと口に手を当てるイガラを見下ろす。
まるで腐敗した猫を見るような、そんな目つきで。
「ダー・・・ツ・・・」
「言葉を慎め」
鎌を肩にかついだダーツの頭にのった漆黒の王冠のリボンが微かな風を受けて揺れる。
「お前の前にいるのは昔のオレじゃない」
「・・・はッ・・・グフッ カハッ」
「この漆黒の王国の最高裁判官。ダンプ・ダック・ダーツだ」
+++
黒女:【人間狩り? あぁ、下界で起こってる事件?】
Y:〔そうそう。ウチはずっとそればっか調べてんの〕
蜘蛛:[あら、良い運動でしょう?]
Y:〔・・・ぶー〕
蜘蛛:[引き続き、その事件の情報集めは任せたわよ]
Y:〔はいはーい。相変わらず人使い荒いなぁ・・・〕
―回線を遮断しました :Y→Shutout;―
蜘蛛:[・・・あまりこっちの話には首を突っ込まないほうがいいわよ黒女サン]
黒女:【ご忠告ありがとう。まぁいいわ。とにかく私は約束を守ったわよ】
蜘蛛:[そう。みんな無事なのね?]
黒女:【・・・】
蜘蛛:[黒女?]
黒女:【無事と確実に言えるのはあの双子だけよ。あとは、分からないわ】
蜘蛛:[どういう事・・・?]
黒女:【それh
―回線が強制遮断されました―
男はモニターを前に笑みを零した。
ピーと鳴り続ける電子音。
【Shutout】と映った画面の脇に、《black》の文字。
「そろそろ計画が第2段階に入るぜ。キヒヒッ」
+++
「んなマズイもん吐き出せ」
落ち着いた声がして、“凌”は振り返った。
その口元に血を垂らして、掴み上げたソルヴァンから手を離した。
ドサリ、と崩れ落ちるソルヴァン。
“凌”に歩みよるソレは手に持っていたモノで地面を大きく突いた。
ドンッと大きな音と共に、“凌”がサラサラと砂のように崩れて地面をついたモノの中へと吸い込まれていく。
掠れる意識の中、それを見ていたソルヴァンは、残り少ない体力を使って顔を上げる。
「ど、どう言う・・・事で、す・・・?」
緋色の瞳が理解出来ないと言わんばかりにソレを見据えた。
「ば、く・・・?」
血だらけのソルヴァンを見下ろすソレは、大きな狂夢瓶を持ち灰色のコートに身を包んだ、他でもない“凌自身”だった。
+++
ダーツは頬杖をついて、窓の外に見える曇天を見上げた。
鼻をつく、鉄分の匂い。
床に視線を落とせば、真っ赤な血が漆黒の絨毯に染み付いてワインレッドと化していた。
とても鮮やかとは言えないその色に、ダーツはもしこれが大理石の上ならば綺麗と言えるんだろうな、と呑気な事を考えた。
いや、そう変わらないか。
乾いた血の色は、どうも頭痛を誘う。
高級な絨毯の上だろうと、大理石の上だろうと、板張りだろうと、関係ない。
血の色は、不快だ。
「・・・折角の漆黒が・・・」
台無しだ。
唯一、綺麗だと思った色。
漆黒。
暗闇の色。
ダーツは目を伏せて床に転がるイガラを見た。
「生きているから、血が出る。赤は、命の色だ」
人はよく、赤の裏は青と言う。
だが、本来ならば、赤の裏は黒である。
赤は血の色。血は命。つまり、赤は、命の色。
命なんて尊いもの、儚いものなど、必要ない。
オレが欲しいものは、もっと確かなものだ。
揺るぎなく、確かにそこにあるもの。
その回答が、闇だった。
光は灯りがなければ存在しない。
しかし、闇は違う。
無間に広がる、そこに必ずあるもの。
消えてなくなる事はない。
だから、オレは闇を好み、死を求め、漆黒を愛した。
命なんて、オレには必要のないものなのだ。
それ故に命に縋り付く奴らが疎ましくてならない。
そんな儚いものを守ってどうすると言うんだ。
そんなもの、すぐ手の中から零れ落ちてしまうのに。
ひゅーひゅーと空気を含んだ呼吸音。
イガラはまだ生きているようだった。
見ればまだ胸が上下している。
浅かったか・・・
腹をすっぱり半分に切り落としたと思ったが・・・まだ下半身がくっついていたらしい。
とどめをさすのも面倒だ、とダーツが再び視線をイガラから流す。
あぁ、腹が減ってしまった。
+++
「知ってるだろ」囁く凌の声に、ソルヴァンが荒い息を零しながら顔を上げる。
「獏は夢を喰い、操る」
「・・・はッ、は・・・ッ」
「これが、獏家が“最強の種族”と呼ばれるゆえんだ」
穴の空いた壁から吹き抜ける風が、凌の髪を揺らして通り過ぎる。
彼の隣にはまた彼が。
その隣もまた彼が。
その部屋一杯に、コピーのように並んだ凌が立っていた。