何を失った?

答えは簡単。
全て。

何を得た?

答えは皮肉。
何も。




40 :崩れた、




+無くしたものと得たもの+


『イガラ、あのあとどうしたって?』

「病院に3日だけ入院して、今じゃblackkingdomの最高裁判官だ」

『そっか』

「お前、起きてていいのかよ」

『うん。大丈夫。あ、それよりガットに会ったら伝えておいてくれるかな?』

「何て?」

『ありがとう・・・って』


ガチャ、と受話器を置いて「だってさ」と凌が振り返る。
相変わらずコピー用紙だらけの部屋に、異様なほど白く映えるソファ。
そしてそこに寄りかかる見事な金髪。
金髪の男・・・ガットは面倒くさそうに視線を凌へ向け、「カッ」と吐き捨てる。


「俺は何にもしてねぇ」

「なーに言ってんだか。アンタが死にかけた奴らの時間を止めてくれたお陰で、みんな死なずに病院まで行けたんだぜ」

「・・・死に損ないがそこにいるのが目障りだっただけだ」

「あーそう、もういいよそれで」


時間操作。

ガットの銃の片割れの能力が、それだった。
その能力があったからこそ、傷を負ったオスカーも、ソルヴァンも、虫の息だったベーカーでさえ、死ぬ事なくポイズンの所へ運び込むことが出来た。
だから、これだけの大きな戦闘があったというのに、死亡者はただ一人。

チュリル・ボトムだけだった。

首と胴体の離れた死体は、時間を止めても無意味で、ガットも素通りをしたらしい。
賢明な判断だと言えるのは、凌がチュリルの敵だったから、と言う意味ではない。

ベーカーは、彼女の命を背負わなければならない。
もし今ここで、チュリルを生き返らせたものなら、ベーカーはきっと生ぬるい傷を抱えて生きていくことになる。
ならばいっそ、ひんやりと、切りきざまれた傷を背負うほうがよっぽどいい。

そう、判断したのだ。

blackkingdomの幹部にはそれ以外になんの変化もなかった。
ただ、かつての最高裁判官であったダンプ・ダック・ダーツのおいては、彼が今まで護ってきた牢獄に入れられたと言う。

死刑執行するつもりはない。
それが、イガラの意思だった。

しかし釈放する可能性は0%。
牢獄から出る事は許されず、日の光など、これから一生浴びる事はないだろう。
本当にそれでいいのか、と凌が聞いたところ、彼女は会った時より幾分柔らかい目でこう言った。


「それだけの事を、したのだ」


と。
それを聞いて、誰も何も言わなかった。

それらを除いて、世界に大きな変化はない。
オスカーはベーカーが回復した事に涙し、リーテは涙はないが、弟の無事に柔らかな笑みを零して抱きしめていた。
牟白とソルヴァンはまだ病院にいる。
どうも治りが遅いらしい。

凌はガットに向き合うようにソファに腰掛けた。

この男は、どうするのだろう。

初めて会った時、ガットは「俺はwhiteに戻る」と言っていた。
ならなぜこの混乱に乗じてblackを一層しなかったのか。
何故死にかけたイガラを殺さず、今ここでソファに身をもたれかけさせているのか。

さっぱりわかんねぇ。

ただ、きっとコイツは天秤にかけたはずだ。
whiteに戻る事と、blackの壊滅を食い止める事を。
そして自らの判断でblackの壊滅を止めたのだから、それでいいのだろう。

凌はよく冷えた麦茶を口に含み、ふわりと揺れるカーテンに視線を送った。
ガットのコバルトブルーの瞳がそれを追う。


「ガット」


返事の代わりに、ゆるい視線が投げ掛けられた。


「アンタこれからどーすんの?」

「・・・」


綺麗な瞳をちらりと見やると、少しの動揺が見えた。
しかし瞬きの後、再びそれを見ると決心したように、きらりと光るブルーが映える。


「戻るぜ」


低い声が、風に踊っていく。


「アイツが待ってる。だから俺は戻る」

「ふーん、あーそう」

「だが」


「少しくらい、休んだっていいだろ」と目を細めて笑う彼は、まるで許しをこうようだった。
彼の中に生きる、約束を交わした相手に言っているのだろうか。
ひどく優しさを帯びた瞳は一瞬で消えて「あばよ」と立ち上がる彼の背中に溶ける。


「用件は済んだ。ソイツは礼だ」


いつのまにかテーブルに置かれていた黒い鍵。
凌はそれを抓むと、歩き去っていくガットを見上げた。


「新しい陛下がな、いつでも手ぇ貸してやるからって伝えろってよ」


後ろでに手を振り、彼がガラリと扉を開いて出て行った。




+++




『wwwbody』にランプが点滅した。


―回線が繋がりました :銀の王→wwwbody;―


銀の王:(ようやく、終わった)

銀の王:(早く戻ってこい、ガット)

銀の王:(Ich warte)


―回線を遮断しました :銀の王→Shutout;―
















【第T部:漆黒をこよなく愛した男】end...