雨-ピオッジャ-の経営するチャットルームを開く。
青を中心に作り上げられたそのサイトを、真剣な瞳で杉村が見据えた。


「何か分かったかね」


いつの間にか部屋へ入ってきたポイズンの声。
それに振り返ることなく、杉村は「いいえ」と首を振る。


「くやしいけど、まだ何も。でもこれだけは確かよ」


「何だね?」という問いかけに、ローラーの付いた椅子を回転させ、ポイズンを振り返る杉村。
暗い部屋を照らすパソコン画面に、彼女の姿が朧気に浮かぶ。


「このサイトの管理人は人間狩りについて何か知っているはずよ」




42 :チャット




+犠牲者+


「山本、何やってんの?」


パソコンの前に面倒くさそうな顔をして座る凌。
その肩越しから画面を覗き込む亜月に、眠そうな瞳が向いた。


「チャット」

「チャット?」

「そ」


何で?と言いたげに目を細める。


「なんかしんねーけど、優生がしつけーんだよ」

「優生くん?」

「web上で有名とかなんとかで・・・人間狩りの情報が転がってるかもしらねぇんだと」

「へぇ・・・で、チャットルームを覗いてるわけ?」

「ご名答」


「かったりぃ」と大きな欠伸を零す凌。
どうも雨-ピオッジャ-のチャットにはルームが500以上も存在するらしい。
それのどれで語られているかも分からない話を探しだそうと言うのだ、面倒な事この上ないだろう。
・・・それが凌でないとしても。

亜月は「ふーん」と呟いて、持ってきた麦茶をテーブルの上に置いた。
早速それを手にとる凌。


「変わった名前のサイトだね、ぴ、ぴおっじゃ・・・?」

「管理人が“雨”って言う名前だからだろ。ピオッジャはイタリア語だ」

「へぇ・・・思ってたんだけど、山本って外国語得意?」

「基本知識程度だ。つーか人間くらいだぜ? 世界各国の言葉覚えねーの」

「そーなんだ」


だからblackkingdomの幹部も、オスカーたちもみな日本語を苦もなく話していたのか。
外国語で話されても理解に苦しむばかりなのだから、日本語で会話をしてくれているだけ、思いやりがあると見える。
いや、そう見たい。

亜月はソファに座り込んでまだパソコンに向かう凌をちらりと見やる。

普段あんなに何かに取り込むとかしないくせに。
凌がやりもしないパソコンに手をつけた理由は何となくだが、分かる。
人間狩りについて知ろうとするのも、きっと亜月や翔の事が心配だからだ。

・・・自惚れでなければ、多分、そうなる。

亜月は麦茶を飲みながら12月より幾分暮れるのが遅くなった空を、窓ガラス越しに見る。
そういえばblackkingdomに乗り込んだのは12月の半ば頃。
それから2ヶ月半は経ったのか。と初めて実感する。

ふと視線を落とすと、ソファの傍に一冊の絵本が落ちている事に気付き手に取る。
比較的新しい、薄い絵本だ。


「それ、翔の絵本」

「翔くんの?」

「人間界でいう赤ずきんちゃんとか灰かぶり姫とか、それくらい有名な童話だ」

「へぇ・・・」

「いや、童話っつーか実話を童話風にしたって感じ?」


実話を童話にするって、どういう事?と顔をしかめつつ、亜月が本の表紙を開いた。




+++














+++




「アントラ、割り出したか?」


Yの文字が書かれたゴーグルをかける男、アントラに声をかけたのは他でもないジャックだ。
「寝てたんじゃないの?」と振り返る彼は、数々のパソコン画面に囲まれて座っている。
ドアの前に突っ立っていたジャックは鼻を鳴らし、欠伸を零して部屋にあるソファに座り込んだ。


「ついさっきまではな」


眠そうな顔を見る限り、確かなのだろう。
寝る前の不機嫌さも消えているようだ。
アントラはそれにほっとしつつ、タイピングを再び始めた。


「フィラメンカの集会場所はペルーのクスコだよ。今夜0時ぴったりに7つのファミリーのボスとボス補佐が集まるらしい」

「・・・で?」

「クスコを拠点にしてるのは分かってるんだけど、他の場所は分からないんだよね」

「ファッキン!! 相変わらず使えねぇなぁ !!」

「し、仕方ないでしょ?! ウチだって結構頑張ってるんだからね?! ってか、今朝の収集の時だってジャックが途中でいなくなったからウチがフィラメンカの一件をジャックに一任させるのにどれだけ苦労したか・・・!!」


あくまでそんな事知るか、と言いたげな態度をとり続けるジャックに、アントラが深く溜息をつく。
なんて俺様な奴なんだコイツは・・・
まぁ、学生時代から変わってないから分かってたけどさ。

ストレス溜まるよ、もう・・・と脱力する。

「大体・・・」と文句を再び口にしようとアントラが振り返る。
が、それから先の言葉は出てくる事はなかった。

代わりに同情じみた言葉がこぼれ落ちる。


「・・・ジャック・・・本当にこれで良かったの・・・?」


ソファに座っていたジャックがエメラルドの瞳をアントラに向ける。
するどい切れ長の目にはただ消えることのない空虚だけが映っていた。


「フィラメンカはガットをblackkingdomに陥れた元凶かもしれないけど・・・だからってジャックが7つものファミリーをたった1人で潰しにいく事なんてないでしょ?」

「・・・」

「ジャックとガットが昔から2人で1つなのは知ってるよ。でもウチらは同じファミリーなんだから・・・」

「ファッキン!! 戯れ言抜かしてんじゃねぇよ!!」


不意にジャックが目の前のテーブルを蹴り上げ、ソファから立ち上がった。
勢い余って吹っ飛んだテーブルは、壁に当たって鈍い音を立てる。
思わず肩を震わせると、彼は銀の髪を靡かせて冷め切った目でアントラを見下ろした。


「同じファミリーがどうした。んなもん俺には関係ねぇ。俺ん中にあんのはてめぇらみてーな軟弱モンじゃねぇんだよ」

「・・・ジャック・・・」

「ガットがいつまで経っても戻ってこねぇのは、フィラメンカの一件がまだ片付いてねぇからだ」


「だったら・・・」と踵を返すジャックは、開きっぱなしの扉に向かって歩き出す。


「そいつらをぶっ殺せば、アイツは帰ってくる」


「そうだろう?」と振り返りもせず姿を消したジャックに、アントラが悲痛な顔を向けた。
そんなわけ、ないでしょう?

ガットは罪人としてblackkingdomに送られたんだ。
本来だったらもうとっくの昔に処刑されてておかしくないところを、ジャック、君がガラにもなく他人に服従することで、ガットを幹部にまでのぼらせたんだ。
戻ってくるなんてこと、ないんだよ。

ぐ、と手を握る。

ジャック・・・ガット・・・