「やめて」「嫌だ」「怖い」「助けて」

俺たちの声は虚しく消える。




44 :殺戮のアインタンツ




+何のために生まれたのか+


それから数日経ってもガットの脳裏には、常にジャックのあの笑みがあり、ぼうっとすると決まって声が聞こえてきた。

理性を捨てろ!!

何故、そんな風に自分がなってしまったのか分からない。
ただ、ジャックに揺さぶられた心は確かにうごめいていた。

全てを殺したくて壊したくてたまらない。

ジャックはそんなガットの心情を、全て知っていたのだろうか。
ガットは教室の前にあるスクリーンから窓の外へと視線を移した。
眩しいくらいの太陽が空を照らし、木は風に靡いている。
それからふと下を見れば、そこに血塗れの銀髪を見た。

あれは・・・

頬杖を着いていた手から顔を上げる。
目を懲らせば、それがジャックだと言う事に気付いた。
あの野郎・・・
ジャックは何をするわけでもなく、ただ静かに空のどこかを見上げて突っ立っている。
何をやってやがんだ、と身を乗り出せば、「どこを見ているんだガット」と見回っていた教員が寄ってくる。


「・・・別に」

「今外を見ていただろう。何かあったのか?」


ガットの脇から窓の外を見た教員がジャックを見つける。
「ちッ。またアイツか」と嫌な顔を露わにした。


「あのジャックとか言う奴・・・そんなに厄介なのかよ」

「何だ知らんのか」


「丁度良い」と言って教員は教室の前まで歩いていくと、ガットだけでなく教室に居る全員の生徒に向き直る。


「ジャック・J・ジッパー・・・今のところこの風濱の天使、悪魔共々の生徒の中、逸脱して殺しのテクニックを持っている。だが容赦と言うものがない。相手を殺す、本能だけに生きた奴だ。試験管ベイビーと言う事もあってか知らんがチームワークなんてものを知らん。永遠に孤独だろうな」


「危険だから近付くなよ」と釘を刺し、授業を再開する教員。
それを冷めた目で見据え、頬杖をつく。


「フン」


鼻を鳴らして下を見た時には既にジャックの姿はなく、静かに風ばかりが吹いていた。




+++




夏を過ぎ、季節も秋にさしかかった頃。
廊下をつまらなそうに歩いていたガットの耳に、いくつかの怒鳴り声が聞こえてきた。

今は授業中の筈だ・・・どこのどいつが・・・

そっと声のする扉の中を覗き込めば、数人の教員と面と向かって一人の少年が口論をしていた。
そして、その少年の見事な銀髪には覚えがあった。

ジャックだ。


「ファッキン!! うるせぇんだよさっきから!! 誰を殺そうと俺の勝手だろ!!」

「バカ者が!! 生徒を殺してどうする!! お前はいつも実習の度に何人もの生徒を殺して・・・ヴァルカンはお前より協調性があったぞ!!」


ヴァルカン、と言う単語を聞いてジャックが目の色を変えた。
近くに置いてあった机を投げ飛ばし、鼻息荒く教員に殴り掛かる。


「ヴァルカンと俺を比べるな!! 俺はヴァルカンのコピーじゃねぇ!!」


ガタァンッ!!と教員が吹っ飛び、別の教員達がジャックを取り押さえる。
それに抵抗しながら、ジャックは叫び続けた。


「俺は俺だ!! 他の野郎の代わりじゃねぇんだ!!」

「フンッ、何を言ってもお前はヴァルカンの代わりとして創られたコピーだ。その事実は変えられん」

「ふざけんな!!」


激しく抵抗するジャックの足が椅子をけっ飛ばした。


「危険な殺戮者だと言ってヴァルカンを殺したのはどこのどいつだ!! そして死んで始めてヴァルカンの存在意義に気付いて、奴の遺伝子を使って俺を作り出したのはてめぇらだろ!!」


ドア越しに聞いていたガットの心音が激しく唸った。
そんな話は聞いた事ねぇ。
俺は、ディルスの遺伝子から創られた・・・俺の存在が何なのかすら明確じゃなかった。

じゃぁ・・・俺は何なんだ・・・?


「俺をヴァルカンの代わりにするな!! そして・・・俺をてめぇらの殺しの道具にすんじゃねぇ!! 俺はてめぇらの言いなりになんかならねぇ!!」

「何とでも言え。ガットはともかくお前は反抗ばかりして手を焼いていたから、次の定期検査でコントロール装置をお前の脳に埋め込む事になったんだ。もう逃げられはしない」

「?! んだと?!」

「お前は心底ヴァルカンと被せられたくはないようだが、それも無理な話だ。お前もガットもクローンだからな。現にお前はヴァルカンの少年時代と瓜二つ・・・」

「黙れ!!」


何かを殴る音がした。
しかし、もう既にガットは部屋の中を見る勇気もなくて、近くの壁に寄りかかっていた。

そうか・・・

ようやく分かった。
時折感じる、ドクターや教員たちの視線。
よく間違って呼ばれる名前。

俺は、ディルスの代わり・・・クローンだったのか。

誰も、俺を俺として見てはいなかった。
全部、ディルスに当てはめて見られていたわけだ。

無償に苛ついて、それでいて落胆していた。
ぎゅっと強く握った拳が震えている。
するとガチャ、とドアが開いて少し息が弾んだジャックが出て来た。
部屋の中に視線を向ければ、教員たちが倒れている。
ちらり、とエメラルドの瞳とコバルトブルーの瞳が交差した。


「・・・聞いてやがったか」


低く唸るジャックに、ガットが「あぁ」と零す。


「分かっただろ、俺たちが何なのか。俺たちの存在意義はどこにもねぇ事が」

「・・・」

「知らなかったって顔だな? 当たり前だ。俺もこの事を知ったのは夏の始め・・・てめぇと会った頃だからな」

「・・・どうやって知った?」


「ドクターを半殺しにして、問い詰めた」と至って真面目に言うジャック。
しかし、その回答を間違いだと言う事は出来なかった。
危険な野郎だ、と思っていた。
けれど、さっきの会話で一気にそれが覆った気がする。
コイツは俺同様に、自分の存在意義を確かめたかったんだろう・・・


「奴らは、俺たちにヴァルカンやディルスの代わりをして欲しかったんだ。てめぇらの都合で殺しておいて、だ」

「・・・何でディルスやヴァルカンに固執するんだ。俺たちみてぇなクローンを創ってまでして」


その問いに、ジャックは目を伏せると「ついて来い」と言って歩き出した。
それに素直についていく。
ジャックは歩きながら静かに話始めた。


「ヴァルカンはドイツ1、ディルスはイタリア1の殺し屋。そして、この風濱をトップで卒業していった」

「・・・」

「二人の力は危険すぎた。容赦なく気に食わねぇ野郎共を殺し続けてた。だから風濱が二人を目障りだと判断し、射殺しやがった」


カツン、とブーツを鳴らし大きな扉の前に立ち止まる。
重々しいその扉を開くと、薄暗いその部屋の中へ入っていった。


「二人には絶対的な力があった。だから興味さえあれば風濱の依頼だって受け、風濱の脅威となりそうな野郎共を殺すと言う任務を何度かやってのけた事もあった」


「全部、研究所の資料室に忍び込んで調べた事だけどな」と振り返るジャックの銀髪が、薄暗い部屋の中でも目立って見えた。
いや、ジャックからしたらガットの金髪も同様だっただろう。


「・・・つまりは、ヴァルカンとディルスを殺した事で、風濱は自分たちを護る盾をなくしたって事か」

「その通りだ。風濱も学校とは言えそれなりに恨み辛みを買ってっからな」


「風濱には二人の代わりが必要だった」と零すジャックは、微かに光の漏れる窓へと近付き、その古く黄ばんだカーテンを掴んだ。
シャッと音を上げてカーテンが退き、光を受け入れる。
ガットは、目映い光の中、目に飛び込んできた光景に息を飲んだ。


「ヴァルカンと、ディルスだ」


そう言うジャック。
まるでミイラ化したそれらは、骸骨の標本のように立てかけられていた。
だがしかし、はっきりと本能で判断できた。
それが、かつては畏れられたヴァルカンとディルスの成れの果てだと。


「ドクターや教員がここに隠していた事を知ったのもつい最近の事だ。まさか・・・」


「まさかこんな姿で自分のリアルと対面するとは思ってなかったけどな」と顔を歪めるジャック。
確かに、それは目を背けたくなるものだった。
しかしどこか美しく、血肉の失せたその体には魅入る何かがあった。


「俺はコイツを見た時に決めた」


くるりと振り返るジャックにガットが視線を向けると、歪んだ笑みがそこにあった。


「俺はドクター共を殺し、この風濱に俺の存在意義を刻みつける」


強い意志の灯ったエメラルドの瞳に魅入られる。


「この左胸にある心臓は、俺の為に動いてる。ヴァルカンの物でもなけりゃ、風濱の物でもねぇ。俺の心臓だ!!」


「てめぇはどうだ?」とガットの顔を伺うジャックに、ガットは何も言えずに視線をずらした。

なんて、覚悟の強さだろう。
コイツは俺と同じ仕打ちを受けて、同じように育った試験管ベイビーだと言うのに。
俺とコイツの違いは何だろう。

暫く視線を泳がせて、再びジャックに向けた。
その時、ふと、何の根拠もなく何かが舞い降りた。

なんだ、コイツ。

綺麗なエメラルドの瞳に、吸い込まれそうになる。
澄んでいて汚れのないその瞳は、他人を殺しても潰れない保証などどこにもなかった。
コイツはこれだけ強がっていても、きっと、人を殺すのが嫌なんだろう。

何の根拠もなく、そう思った。

きっと、コイツはいつか潰れてしまう。
人の命の重みに負けて。
コイツには王としての覚悟があるが、騎馬として、影としての強さはない。

だったら、俺がそれになってやろう。

もう一度、ディルスの姿を脳裏に焼き付けた。


「俺は・・・」


その、エメラルドの瞳に誓って。




+++




それから数日後、風濱から突然ジャックとガットが消えた。
しかし、彼らの消息はすぐに見付かる事となる。
闇社会最大の研究所を崩壊させたと言うニュースと共に。
研究所の異変に気付いて駆けつけた者達の報告によれば、そこには血の海に浸かった機械の屑とドクター達の死体、そしてその中心で高笑いをするジャックとガットの姿だけがあったそうだ。

再び風濱に戻ってきたジャックとガットには新しい上級生をつけることになった。
その上級生は『風濱』とは違い、頭脳戦専用生徒を育成する『華謳』から連れてこられたのだという噂がたちまち生徒達の間に広まった。


「頼むぞ、アントラ・ター・ビッキ」

「毎回毎回、酷い注文ばかりウチに押し付けるんだもんなぁ先生は」


アントラ、と呼ばれた青年は赤く色の濃いサングラスを押し上げて、にっこり友好的な笑みを零す。


「出来るだけの事はしてみましょ」


―糸を断った血塗れのマネキンは

―歪な笑みを零したまま

―欲望のままに踊り狂い

―止まる事の許されない


「なぁジャック」

「あぁ?」

「新しい監督生が俺たちに着くらしいぜ」

「へぇ」


どっか、と大きな木の下で昼寝をしていたジャックの隣にガットが座り込む。
その横顔には笑みが見え、つられてジャックも笑った。


「物好きな奴も居るもんだぜ」

「ファッキン、どーせすぐ逃げ出すさ」

「目障りなら殺せばいい」


顔を見合わせて、「理解者は1人でいい」と二人が同時に口にする。
互いに苦笑し、ついには大声で笑いまくる。
もう何も要らない。
自分たちの存在意義は、互いに認め合う事で作り上げた。
もう、何も要らない。

あとは欲望の思うままに生きるだけ。


―殺戮のダンス