必要だと、口で言ってやればいいのに。

そうしたら、きっと誰も傷つかない。




46 :血を浴びた銀髪




+謀+


「それ・・・ホントか?」

「えぇ、それがフィラメンカの事件のいきさつよ」


たった今杉村によって話されたフィラメンカの、ガットがblackkingdom送りにされた事件のあらましは吐き気がするほど最低なものだった。
凌は顔をしかめ、そんな事がありながら、よくガットは笑っていられるものだと思う。

黙り込んだ凌に、杉村が優しげな眼差しを送る。


「・・・首を突っ込もうなんて思っちゃ駄目よ凌。これは・・・」

「分かってる」


杉村の言葉を遮り、額に手を当てる。
自分の足下を見ると少しは頭痛が減るような気がした。


「これは、ガットたちの問題だって言いたいんだろ?」

「・・・分かってるなら、それでいいわ」

「それより、何でそんな話俺に教えにきたんだよ」


大体首をつっこんではいけないものだと知っているのだから、そんな話わざわざ教えにくる必要もないだろうに。
そんな視線を杉村に送ると、彼女は「念を押しに、よ」とほほ笑む。
何の念だよ、と眉をひそめ、凌は首筋をかいた。


「もしガットがwhiteに戻ることに協力してくれって言ってきても、あなたが協力しないように」

「何で俺がそんなもんに手ぇ貸さないといけないわけ」

「・・・そう思ってるならいいけど」


その青紫の瞳に、心配の色を灯しして凌を見据えた。


「凌のことだから、可哀想だとか思って協力するんじゃないかと思ったのよ」

「・・・」

「闇の住人がblackに対して反発するのと、whiteに対して反発するのとでは話が違うわ。幸いblackkingdomの件はイガラが最高裁判官に就いたから命があるにしろ、whiteはそうは行かないもの」

「知ってるよ」

「闇は秩序ある会社制度だけれど、光は血の散るマフィア制度なんだから」

「だから、んな面倒な事しねーって」


「心配性ですねー」と間延びした言葉を残し、凌がソファに寝転がる。
杉村は暫くそんな彼を見ていたが、やがて「おいとまするわ」と帰って行った。

凌はごろりとソファに横になったまま、ついさっきの杉村の話を思い出す。


「ぜってー戻ってこい」


・・・か。
だからガットの奴もあんなに必死だったわけだ。
にしても変だ。
初めて会った時俺を殺さなかったくせに、blackkingdomが崩壊しかけて抜け出しやすい時にそうしないなんて。
杉村の話じゃ、ガットとジャックの間にある絆に嘘はない。

それに、あのフィラメンカの一件。

並々ならぬ人生を送ってきたことはよく分かった。
ガットに至っては堕天使にまでなっているのだから。

なのに、何故あの時whiteに逃げなかった?

ふと、blackkingdomの一件が終わった後の、ガットとの会話を思い出した。
あの時アイツは「少しくらい休んでも」と許しを請うように・・・
あれは、ジャックに向けて・・・?

わかんねぇ。

頭を悩ませても無駄だと悟った凌は小さく溜息をついて瞼をつぶる。
そういえば、もうそろそろ春休みだ。




+++




最近妙な男が入ってきた。
それは、金の髪に銀の瞳を持っていて、細い糸目と鼻から上の火傷がまっさきに目についた。
ソイツは、俺の部下としてwhiteemperor第V部隊に配属された。


「よろしくお願いしますよォ、ガット・ビター隊長。キヒヒッ」


喉の奥をひっかいて出すような、その特徴的な笑い方が耳につく。
ソイツは女癖が悪く、隊の中でも異質だった。
けれど腕っぷしだけは確かであっと言うまに他を蹴り落とし、副隊長の席を手に入れた。

気に食わない奴だったが文句をいいつつも命令には忠実だったし、性格さえ気にしなければ使える奴だと思っていた。
そんなある日。
whiteemperorで、とある問題が発生した。

それは“麻薬”だ。

毎度毎度、『風濱』か『華謳』を卒業してきた天使の中から引き抜いて新入隊員を迎えると、必ず数人は麻薬へ手を伸ばす。
マフィアの一員になれたからと言って、お門違いもいいところだ。
そしてあの年は、その人数がひどく多かった。


「どうも魔女の“フィラメンカ”ってのが麻薬売買の黒幕らしいんですよねェ」

「フィラメンカ?」

「で、ボスからの命令で潰してこいって話ですよォ」


そうして俺は、フィラメンカに単体で乗り込んでいった。
魔女の集会を潰すなんて、1人で充分だった。

はずだった。


「麻薬売買の現場、押さえたぜェ?」


端末で撮った写真を、にやりといやらしい笑みを浮かべてどこかへ送るソイツの顔。
言わずとも知れている。
ボスのところだろう。
呆気にとられ、同時に怒りで拳が震えた。


「てめぇ・・・」

「これでアンタはblackkingdomの牢獄送り決定だなァ? ガット隊長?」

「・・・最初っから俺の席狙ってやがったな」


逃げまどうフィラメンカの面々を追う事もせず、俺はソイツに銃口を向けたんだ。


「だろ・・・? 腐仁」

「キヒヒッ」


「後は頼んだぜ」とくるりと俺に背を向けた腐仁。
「待ちやがれ!!」と発砲する俺と腐仁の間に、スルリと何かが割り込んだ。
ソレは、流れるような銀の髪の・・・


「ジャ・・・ック・・・?」


くす、と笑った“ジャック”が1mはあろう洋剣を手にする。
その落ち着き払った整った顔に、確信に似たものを感じる。

コイツ、ジャックじゃねぇ・・・

ざり、と後ずさりする俺に向かい“ジャック”は剣を・・・


「・・・ッ!!」


勢いよく起き上がったら、そこはベッドの中。
冷や汗が頬を流れていて、うなされていたのだろう、呼吸音が荒い。

ズキズキと顔の十字傷が痛み、掌で覆う。

また、この夢か・・・

ばくばくと煩い心臓を落ち着かせるために冷蔵庫へ行き、ミネラルウォーターを手にする。
ひんやり冷たいソレが気持ちいい。

まったく、何度見ても見慣れない夢だ。

何口かミネラルウォーターを口に含み、再びそれを冷蔵庫に戻した。
乱れて垂れてきている金髪が、漆黒の部屋を映す視界によく映える。
しかしそれよりも、夢の中のあの銀髪がひどく鮮明に脳裏に焼き付いていた。

あれは夢でもなんでもない。
あの時たしかにそこに“ジャック”がいたんだ。
銀の髪を靡かせて、あの細い腕で剣を持ち、見慣れてしまった笑みを浮かべていた。

けれど、アレはジャックじゃない。

あのエメラルドの瞳。
本物を思わせるが、あれは“ジャック”じゃない。
そう思いたいのではなく、確信だった。

そう、あの時の俺もそう思っていたはずなのに。

心のどこかで裏切られたような気がしたんだ。
アイツに、ジャックに、斬り捨てられたような気がしたんだ。
偽物だと分かっていても、この顔の傷は確かにある。
あの長い洋剣で付けられた、この顔の傷が。


「アイツ、今でもwhiteに俺が帰るの待ってんのかな・・・」


毎日のように見るあの悪夢に、日々、自信をなくしていく。

アイツは、まだ俺を必要としているんだろうか・・・?




+++




「よぉ。どうだ? 他人に頭を踏んづけられる気分はよ?」


鋭利なワイヤーで首を吊られた者。
首を落とされた者。
壁に貼り付けられ、サバイバルナイフの的になった者。
喉から胃まで、日本刀で串刺しにされた者。
足と手と首の骨を有り得ない方向へ折られた者。
全身焼け焦げた者。
もはやカタチなど残っていない者・・・

さまざまな死に方をしている仲間を見やり、最後の生き残りの女が恐怖に涙しながらジャックを見上げる。
その女の頭を、言葉通り足蹴にしているジャックは、頬に散った血を黒の革製グローブで拭い去る。

たった4、5分。
もしかしたらそんなにも経たなかったかもしれない。

数十分前に開かれたその集会“フィラメンカ”は、1人の魔女を残して全員が全員命を引き取っていた。


「で? てめぇら7つのファミリーの住処はどこだ?」


小刻みに震える女の顔を覗き込むようにジャックがしゃがみ込む。
女は「ヒッ」と悲鳴を上げてガチガチと歯を鳴らせた。


「一つはここクスコだろ?」

「・・・ぅ・・・」


微かにだが、頷いたのを見てジャックが話を進める。
ぐりぐりと爪先で女の顔を踏みにじった。


「あと6つはどこだ」

「ぁ・・・ぁぅ」

「ファッキン! わかんねーよしっかり喋れ!!」


ガンッと容赦なく女の横っ腹を蹴った。
すると女が軽いのか、あるいはジャックの脚力が尋常ではないのか、女は真横に吹っ飛び壁にひびを入れてずるりと倒れた。
「チッ 力入れすぎた」と舌打ちするジャックの反応からして、おそらく後者だろう。

ジャックは先程の女の心臓が止まっている事を確認すると、その銀髪をかき上げ溜息をついた。


「やべぇ・・・全員殺っちまった」


しまった、と困った顔をするジャックはたった今14人の魔女を殺したとは思えない。
端正な顔を歪ませて、半ば諦めたようにそこら中に散らばったナイフやワイヤーを掴んで鍵にかえていく。
それらは合わせて十数個の鍵になり、深紅色のベルトに掛かった銀の輪に通す。
使った鍵と使わなかった鍵をざっと見ても、それは40個を軽く越えていた。

本来なら1人につき鍵は1つだけ配布されるのに、だ。

ジャックはそれらをしまい、キョロキョロと辺りを見渡す。
ふと、壁に掛かっているクスコの市旗に気が付き歩み寄った。
7つの色を使ったあざやかな虹を模した旗。
そういや、フィラメンカに集まるファミリーも7つだ。

いや、正確に言えば、十数年前ガットが6つのファミリーを潰して残った7つ、と言うべきか。
本来なら13のファミリーによる集会だったらしい。

くるりと振り返り、傍に転がっている死体を持ち上げる。
ぶらりと垂れた体に血で張り付いたコート。
そこに水色のエンブレムが光っている。
それをもぎ取り、次々に死体を調べ始めた。

集まったエンブレムは丁度7コ。
おそらくファミリーのボスどもが身に付けていたのだろう。
色もそれぞれ虹の7色に分けられている。


「・・・って、これだけじゃわかんねぇじゃねーか」


ただ拠点がクスコだっただけで、その市旗を象徴にフィラメンカのメンバーを示すエンブレムの色分けをしただけかもしれない。
「くそッ」と7つのエンブレムを投げ捨てようとした時、視線の先の世界地図が目に入った。
大きなその地図には、7色のペンで大きな円がいくつか書かれており、その円の中心にそれぞれの色のガビョウが打ってある。

なるほど。
この円の中が麻薬を広めるテリトリー。
そして、このガビョウがファミリーの住処ってわけだ。

ジャックは手に持っていた7つのエンブレムの中から、クスコに打ってあるオレンジのガビョウと同じ色のそれを摘み上げる。


「ここはもう終わったからな」


指に力を入れ、パキンッと粉々に砕いた。
パラパラと散っていくカケラを見やり、黄色のエンブレムを摘み上げる。
しかもよくよく見ると、エンブレムの裏にはファミリー名までご丁寧に書いてあるではないか。

おもわず、ジャックの口端が持ち上がる。


「次はドイツだ」


地図のガビョウの位置を頭にたたき込み、くるりと踵を返す。
暗い部屋の開けっ放しにされていた扉を一旦閉めて、白い鍵を差し込んだ。

さぁ、全部ぶっ壊しにいくぜ。
ファッキン!! 待ってろ腰抜けども!!