信じる事と、疑う事の狭間で、俺は悪夢を見る。
この顔の傷を付けたのは、一体誰なのか・・・
「なぁ、ジャック」
俺はまだ、自惚れててもいいのか?
49 :悪夢の中
+君が見てるもの+
剣に付いた血を振り払い、ジャックは部屋を見渡した。
ついさきほどまで銃声や悲鳴が飛び交っていたそこは、既に彼を残して生存者はいなかった。
比較的豪華なその屋敷。
血の海の中をバシャバシャと歩き、テーブルの上に黄色のエンブレムを置き、すっと剣を振り落とした。
机ごとすっぱりと真っ二つに割れ、コロン・・・と床を転がった。
「案外手応えねぇなぁ・・・魔女ってのは」
ジャックは詰まらなそうにそう呟き、血が一滴も散らずにすんだ白いコートを靡かせる。
「やっぱガット相手じゃねーとつまんねぇ」
剣とは別の方の手で鍵の束から1つの鍵を外した。
掌の中で鍵から姿を変えた銃を目線の高さまで持ち上げる。
リボルバー式のそれは、ガットの持つ銃と同じモデルだった。
「ファッキンくそが。早く帰ってきやがれ」と悪態を付きながらジャックはその場を後にした。
+++
―回線が繋がりました :銀の王→wwwbody;―
銀の王:場所→ドイツ
銀の王:時間→AM 9:24
銀の王:状況→斬殺
―回線を遮断しました :銀の王→Shutout;―
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亜月は鋭い視線を浴びながら、肩を眇めてパイプ椅子に座っていた。
目の前にはカーテンの閉められたベッド。
中で寝ているのは言うまでもなく、凌だ。
何でこんな事になったんだっけ・・・と思考を巡らせる。
あぁ、そうだ。
あの後電話をかけおえた翔くんに引っ張られて病院まで来たんだ。
何にも説明しないで巫人や優先を置いてきてしまった事を心配するが、いや、それより今は自分の身だろう、と思い直す。
何故かと言えば、目の前に鋭い視線を送ってくるポイズンと牟白がいるからだ。
「ご、ごめんなさい・・・」
とりあえず謝ってみると、ポイズンは不可解なものを見るように目を細めた。
牟白が髪を結い上げ簪をさし終えると、小さく息を吐いて立ち上がった。
「何で謝ってんのかしんねーが、要するにその人間のガキが凌の親の事聞いたんだな?」
「あ、うん」
「・・・これだから人間は・・・」
忌々しげに呟くポイズンがそこら中に不機嫌な空気を漂わす。
それに亜月が首を引っ込めると、小さな呻き声がカーテンの中から聞こえてきた。
すかさずポイズンがカルテを手にカーテンの奧へ消える。
牟白は腕組みをしたまま静かにそれを見送る。
「山本は・・・」
「暫く起きねぇよ。いつもそうだ」
「よく倒れるの?」
「・・・もう数え切れねぇくらいな」
「何で?」と問えば、伏せていた鋭い瞳が亜月を睨んだ。
「トラウマのせいだ」
「トラウマ? あの・・・山本の昔の事、とか?」
「あぁ。てめぇにはわかんねぇだろうな。親に目の敵にされた、コイツの気持ちが」
「それは・・・」
言葉に詰まる。
言い返せない。
膝の上で握った拳に力が入った。
視線を凌のいるベッドに向けると、包帯の巻かれた手がカーテンを開く。
露わになったベッドには、整った顔で眠る凌の姿。
「大分落ち着いたみてぇだな」とそれを見やる牟白に、ポイズンが軽く首を振る。
「鎮夢剤のお陰だろう。今は強制的にノンレム睡眠状態にしているから悪夢を見ずにすんでいる」
「山本が悪夢を見るの・・・?」
「コイツはおかしな奴でな。獏のくせにうなされるんだよ」
「・・・」
「こうやって倒れた時はいつまでも見続けるらしい。頭の中でいつまでもリピートするんだとよ」
「悪夢を見続けるとそれは正夢になる。それは分かっているだろう?」
ポイズンの問いかけに、山本に助けられた時の事を思い出しながら頷いた。
「だから強制的に夢を見せないようにしている・・・体には、良くないがな」
「ハッ 軟弱なのがわりーんだよ」
困ったように肩をすくめる牟白が寄り掛かっていた壁から背を離して歩き出す。
どこに行くのか、とポイズンが視線で問いかけるとガチャガチャと揺れる刀を手で押さえて「飲み物買ってくる」と部屋を後にした。
残された亜月は肩身の狭い思いをしつつ、カルテに何かを書き込んでいるポイズンに視線を向ける。
伏せられた金色の瞳が、ちらりと亜月を射抜いた。
「・・・何だね」
「い、いえ・・・あの。山本、いつ起きるんですか・・・?」
「不明だ。その時その時によって違う。だが、今回は気分が悪くなってから少し歩いたのだろう? だったらそこまで重傷じゃないはずだ」
「以前はその場で倒れて1ヶ月以上寝たままの時もあった」と声のトーンを落として言う彼。
亜月はトラウマでそんなになるのか、と眉を顰める。
カルテを書き終えたポイズンが凌のベッドを離れ、部屋のカーテンを閉めた。
「泊まって行くのかね?」
「え?」
「凌はこんな状態だ。おそらく翔もそうするだろう。君はどうする」
「え、ーっと・・・いいんですか? 人間は嫌いだって・・・」
「言ってたじゃないですか」と続けるよりはやく、ポイズンの機嫌が急降下した事が分かった。
回りの空気が肌を刺すように冷たい。
「・・・仕方あるまい。凌の了解もなしに君たちを蔑ろにはできないからな」
「は、はぁ・・・」
「それと、凌は暫く休学させる。例え短期間で目を覚ましても、だ」
カツカツと部屋を歩くポイズンの革靴の音が響く。
それが廊下に到達すると、微かに音が高くなった。
「いっそのこと学校などやめればいい。凌がそこまでする価値が、君にはないのだから」
パタン、と閉まった扉に視線を向ける事ができなかった。
きゅ、と握ったスカートの端を見つめ、唇を噛んだ。
そうだよ、山本があたしにそこまでする義理なんてないじゃない。
パイプ椅子から立ち上がってベッドに歩み寄る。
死んじゃったんじゃないか、と思うくらい、凌の顔色は悪く、静かだ。
「何で、あたしのためにそこまでするかな・・・」
あたしには記憶がない。
お父さんと、山本と、一緒に暮らしていた頃の記憶が。
それなのになんでいつまでも傍に置いておこうとするの。
お父さんに受けた恩を、何であたしに返そうとするの。
山本。
あんたが大事に思ってるのは、あたしじゃないよ。
シーツの上に乗っている手を、掴む事も出来ない。
何回も助けてもらって、我が儘言って、無理させてるのに。
ごめんねの一言も出てこない。
「山本が見てるのは、あたしじゃないよ」
いい加減気付いたらいいのに。
「山本が見てるのは、あたしのお父さん・・・」
そう、あたしのお父さん。
・・・ハル。
ハルヴェラ、なんでしょ。