邪魔ならば喰え。

俺の胃袋から、そう叫ぶ声がする。




52 :膝を抱えて叫んだ




+カニバリズム+


薄暗い部屋に浮かんだモニターの灯り。
アントラは淀みなく動く指先でタイピングを続けた。


「あれ?」


不意に指の動きが止まる。
よくよく見れば、幾つか開かれたウィンドウの中の1つ。
“ピオッジャ”のチャットだ。


「おかしいな・・・」


チャットにはたった今入ってきたばかりの名前が浮かんでいた。


―回線が繋がりました :銀の王→,,,room;―


銀の王:場所→イタリア

銀の王:時間→AM 23:56

銀の王:状況→刺殺


―回線を遮断しました :銀の王→Shutout;―


「これ・・・」

「ジャックかァ?」

「ぅぉわ?!」


ひょい、と突然現れた腐仁に驚くアントラの腕が近くの紅茶のカップを引っ繰り返した。
「び、びっくりしたー」と左胸に手を添える彼に、腐仁がにやりと笑う。


「驚かさないでよ、腐仁」

「キヒヒッ 俺はさっきからいたぜェ、なぁティッセル」

「そ〜よ? ビッキちゃんったら気付かないんだもの〜」


キーの高い少女の声の方へ顔を向けると、綺麗な明るい金の髪に空色の瞳を持った少女がアントラのケーキを食べていた。
それに「ちょ、それウチの!」と慌てる彼だが、クスクス笑う可愛らしい顔に溜息を付いて許してしまう。
そんな様子を見ていた腐仁が再びパソコン画面に視線を戻した。

そこには相変わらず“銀の王”の3行だけが浮かんでいる。


「にしても妙な野郎だな。こんなとこに書いてどうなんだァ?」

「さぁ・・・って言うか、やっぱりジャックなのかな」

「じゃないの〜? だって銀色の王様なんてジパちゃんだけだもの〜」

「ティッセル・・・いい加減ジャックの事ジパちゃんって呼ぶの止めた方が良いよ・・・」


幼い子って怖いって感情ないってホントかな、と思ってしまう。
あのジャックを“ジパちゃん”だなんて呼んだなら先輩のウチでも首飛ばされちゃうって言うのに・・・
無邪気にケーキを頬張るティッセルを生暖かい目で見る。
おそろしい・・・


「にしても・・・これをジャックが書いてるとしたら、おもしれぇだろーなァ・・・キヒヒッ」


細めた目で画面を見下ろす腐仁に、寒気が走った。




+++




黙って空を見上げる凌に、牟白がぽつりぽつりと話始める。
ゆっくり流れていく雲を見上げて、その話に耳を傾ける。


「凌。お前本気で学校やめんのか?」

「あー、まぁ・・・」

「そしたらあの女はどうすんだ?」


黙り込む凌に、溜息をついた。
面倒な奴だ。


「亜月も学校を止めさせるさ」

「・・・」

「アイツもハーフっつっても悪魔なんだからよ」


いつまでもこんなとこでぬるま湯に浸かってる事は、できねぇよ。




+++




「そっか・・・なるほどね」


ゆっくり屋上への階段を登りながら、巫人が深刻な顔で頷いた。
保健室に行ってみたものの、凌の姿が見あたらなかったので、亜月と優生と巫人は屋上へと向かっていたのだ。
不良の溜まり場とは言われているが、本当にいるのだろうか、と優生が階段の先の扉を見る。


「今回は凌が悪いよ。何もそこまでしなくたっていいじゃん、ね? 優生」

「・・・うん」

「でも、でもね巫人くん・・・山本は・・・」


屋上の扉のドアノブに手をかけたまま、亜月が言葉を切った。
「亜月ちゃん?」と巫人が首を傾げると、しッと口を押さえられる。
何だよ?と優生と巫人が亜月を見れば、真剣な顔で扉に耳を当てている。

不思議に思いながらも、優生と巫人も同じように耳をつける。

すると微かにではあるが、凌と、そして牟白の声が聴いて取れた。


「で? いつ学校から引き上げんだ?」

「明日か明後日か・・・翔の記憶置換が済み次第だな」

「マジでいいのか? あの女も?」

「あぁ、半分悪魔だしな。闇の世界でも生きていけるだろ」


「悪魔?」と優生が亜月を見た。
亜月は居ても立ってもいられなくなって屋上の扉を勢いよく開いた。


「何、それ・・・どういうこと・・・?」


突然出て来た亜月に視線を向ける凌と牟白。
少し困ったような顔をする牟白に対し、凌はいつもの無表情で淡々と言葉を繋いだ。


「人間の世界から、出ていくんだよ」


「俺も、お前も」と。


「え・・・?」

「闇の世界に戻るっつってんの。記憶消して」


ポカン、と口を開いて凌を見下ろす亜月の後ろで、優生が「は?」と素っ頓狂な声を上げた。
しかし凌の視線は相変わらず亜月に向いている。
まるでその反応を瞳に焼き付けるように。

亜月はただ呆然と凌を見下ろしている。
ガクガクと震えた膝が力をなくして折れる。


「何、それ、ほんき・・・?」

「そーだけど」

「だってッ そんなのッ」

「もう人間には飽き飽きだ」


ちらり、と視線が初めて優生と巫人に向けられた。
紅色の瞳がひどく冷たい。

思わずその色を含まない瞳に、背筋が凍った。
ゆっくり立ち上がる凌が、フェンスに寄りかかる。
風に揺られていく髪の色は、初めて会った時の色。

綺麗な、銀色。


「疲れた」


囁く言葉が重々しい。


「疲れたんだよ、俺はさ」


「人間を相手にするのがよ」と、両目を瞑った凌が、暫くして目を開けた。
左目と、右目。

その両方を。


「人間なんて、食料でしかねぇのに・・・な」