「誓いなんてただの口約束だ」
そんな言葉を、お前の口から聞きたくない。
だから、俺は・・・
55 :二択
+堕ちる堕ちる堕ちる+
バルコニーに用意された椅子。
そこに座ってテーブルに足を上げ、ガットは静かに目を伏せていた。
思い浮かぶのは、ジャックのあの余裕の笑み。
黙って真っ青な空を見上げると、ゆったりと白い雲が流れていく。
呑気なもんだ、空ってのは。
小さく息を吸って吐く。
まるで溜息のようにそれは風にのって溶けていった。
「ここに居たのですか、ガット」
「あ?」
ぐるりと声の方へ顔を向ける。
そこには大きなファイルを持ったソルヴァンが立っていた。
「んだよ。ソルヴァンかよ」
「・・・貴方に、伝える事があります」
真剣な顔のソルヴァンを見て、テーブルの上に上げていた足を下ろした。
「何だよ?」と眉間にしわを寄せて睨む。
しかしソルヴァンは無言のままファイルを広げた。
「伝えるべきがどうか悩んだのですが・・・」
「あん? 何をだよ」
「これですよ」
ピラリ、と目の前に出された書類。
用紙の上の方に大きな字で“逮捕状”と書かれている。
誰のだ、と名前を見たガットのコバルトブルーの瞳が大きく揺れた。
「は・・・? ジャック・J・ジッパー・・・?」
ジャックの逮捕礼状だと・・・?
礼状を持つ手に力が入り、くしゃりとしわが寄った。
眉がつり上がり、見開かれた瞳が礼状からソルヴァンへと移った。
何でだ、と問い詰めるようなその視線に、機械的な返事が返される。
「whiteemperorのU席と言えど彼は必要以上の殺戮を繰り返しています。礼状が出るのは必然です」
「なッ そんな事言ったら俺だってそうだろ!! アイツだけじゃねぇ!!」
「えぇ、そうです」
ぴらりともう一枚取り出す彼。
そこに書かれた“ガット・ビター”の名前に、目を細める。
チッ。どういう事だ。
このままじゃジャックまでblackに・・・
アイツまで堕天使になるっつーのかよッ
ギリ、と奥歯を噛み締めソルヴァンを睨むと、予想だにしなかった言葉が聞き取れた。
「それは貴方に差し上げます」
思わず「は?」と間の抜けた言葉が飛び出したガットに、ソルヴァンは顔色1つ変えずに言葉を紡ぐ。
「貴方が捕まえるなり、見なかった事にするなり、好きにすればいい」
「・・・何を企んでやがる、ソルヴァン」
「別に何も企んでなどいませんよ」
ファイルをパタン、と閉じたソルヴァン。
「ただ、1つ言っておきますが・・・」
「・・・」
「どうやら、貴方の王はフィラメンカを潰しにかかっているようですよ」
「・・・な、に・・・?」
「矢張り知りませんでしたか」とメガネを押し上げる。
感情のないその緋色の瞳が細められた。
「フィラメンカを潰せば、貴方の過去の罪は消え、貴方がwhiteに戻ると思っているのでしょう」
「・・・アイツ・・・」
「ですが、もしそれでイガラ様がwhiteに戻る許可を下さったとしたら、その礼状は私に返す事となります」
「は?! どういう事だよ!!」
「当然でしょう。貴方がwhiteに戻ると言う事は貴方がblackの幹部でなくなると言う事です。幹部でもない者に礼状を渡す訳にはいきません」
「・・・てめぇッ」
椅子を倒して立ち上がるガットが、礼状と共にテーブルに勢いよく手をついた。
彼の大きな手の中でぐしゃりと礼状が折れ曲がる。
「簡単な二択でしょう?」
「・・・ッ」
「貴方は幹部になるためにジャック・J・ジッパーの後ろ立てを借りた。その上ここから出ていくのにも彼の力を借りるのですか?」
「・・・」
「随分と、情けない騎馬ですね」
「ッ!!」
反射的に、手が出ていた。
ソルヴァンの胸ぐらを掴み上げて、余ってる左腕で銃を構える。
侮辱された事を怒ったんじゃない。
情けないなんて事は分かってる。
そうじゃないんだ。
「貴方のような騎馬を持つ王など、たかが知れている」
「ジャックをバカにすんな!!!」
情けない俺のせいで、アイツの・・・ジャックの格を下げるのだけは・・・
「だったら、決めなさい」
辛辣なその一言が沸騰する怒りを鎮めていく。
「貴方がblackkingdomの幹部として彼を地に這い蹲らせるか、貴方がwhiteに戻ったところで彼1人がここの牢屋に入れられるかを」
「なんッ だと・・・ッ」
「貴方はここ数十年blackに・・・陛下に仕えていた。だから貴方の礼状は“期限”が切れているんです」
「・・・だから、だからジャックだけを捕まえるっつーのか」
「えぇ。貴方が彼を逮捕しないと言うのなら」
「・・・ッ」
ゆっくりとガットの手を解くソルヴァンが、襟を整えファイルを手に取った。
微かに乱れた七三を整え直し、緋色の瞳を困惑するガットに向ける。
「では・・・」
さっさと居なくなってしまうソルヴァン。
やりどころのない怒りを腹の底に抱え、ガットはテーブルを殴った。
ベコン、と歪んだそれを睨み付け、握りつぶした礼状を見る。
「ジャック・・・」
どっちみち、俺はお前といられねぇのか。
また二人で戦場を駆けて、酒を飲んで、のんびりしたり、遊びにいったりして。
もう、そんな事を二人で、できねぇのか・・・?
俺はblackkingdomから出て、whiteemperorに戻ったら、ジャックはソルヴァンか他の幹部に牢屋にぶち込まれちまう。
だが、俺がblackkingdonに残ってジャックを逮捕したにしても、アイツと俺はもう気軽に会う事はできやしねぇ。
もう、どのみち・・・
俯いたガットは垂れる前髪をかき上げて椅子に座り込んだ。
頭を抱え、頭痛に耐える。
なぁ、ジャック。
俺はお前に誓ったよな。
ぜってー戻るって。
また、お前のいるwhiteに戻るって。
ジャック・・・
「ジャック、ジャック・・・わりぃ」
また、誓いを破っちまいそうだ・・・
「ジャック・・・」
+++
「・・・言ったのか、先輩に」
バルコニーを出てすぐの廊下の角。
そこで待ち構えたいたように倖矢がソルヴァンに声をかけた。
ソルヴァンはカツン、と音を立てて足を止める。
「えぇ、いつかは言わなければならないことでしたから」
「・・・それを、今言うとはな・・・先輩が悩んでいた事は分かっていただろ」
「だから、何だと言うんですか」
ゆっくりと倖矢を見るソルヴァンに、肩を竦めた。
「用が済んだなら、私は行きますよ」と再び黒い廊下の向こうへ消えたソルヴァンを見送り、「どう思う?」と倖矢が唇を開いた。
「ソルヴァンの奴、ダーツが牢屋に入ってからやっぱり変わったと思わないか、リーテ」
『そうね』
聞こえてきたのは、天上から。
ふと視線を上げればそこにコウモリが逆さにつり下がっている。
『前の陛下が牢屋に入れられて、ガットとジャックが羨ましく思ったんじゃないかしら』
「羨ましい? 先輩たちが?」
『えぇ。同じ騎馬である立場のガットが、羨ましかったのよ』
黙りこくる倖矢がバルコニーに視線を送る。
それを見やるコウモリが「気になるの?」と柔らかい声を零した。
『貴方もやっぱり彼らの後輩なのね。先輩が心配?』
「まさか」
くるりと踵を返す倖矢の茶色い髪がふわりと揺れた。
「所詮、堕落した天使どもの戯言だ」
「俺には関係ない」と吐き捨てる彼の手は、強く拳が握られていた。
+++
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