「オイ凌ー。急がねーと場所なくなっちまうぞ」


優生の声に、凌は眠そうに目をこすって少しだけ歩く速度を上げた。
妙にテンションの高い巫人と優生を後ろから見て、小さく溜息を付く。
くすっと後ろから笑う声が聞こえて、眉を顰めながら凌は後ろを振り返った。


「何だよ・・・」

「別に? なんでもないわ」


くすくすと笑い続ける杉村店長をじとっと見て、凌は更に溜息をついた。
勘ぐるのも面倒だと思った凌はさっさと前を向いて歩き出す。


「随分、心を開いてるみたいだと思って」


小さく呟いた杉村店長の言葉は、凌の耳には届かなかった。




56 :お花見




+春だから+


「あら。お花見なんて行って大丈夫なの? 凌」

「・・・・・・」


目を覚まして、体調が幾分か回復してきた凌が杉村店長に持ちかけたのは、例のお花見の件だった。
ポイズンに凌の体調について知らされていた杉村は顔を顰める。
凌の遠出に付き添うということは、凌に外出を許可したも同然。
それをポイズンが知ったらと思うと、杉村は少しだけ嫌な汗をかいた。


「第一、あの人間の子たちと行くんでしょう?」


大丈夫なの、と杉村は凌に問いかける。
今回凌が倒れた原因は二度とも凌の学校での友人が関わっているのだから。


「大丈夫だから話持ちかけてんだろーが」

「本当に?」

「何でそんなに念入りに聞くんだよ」

「貴方に外出先で倒れられると、私が兄さんに責められるからよ」


その言葉に、今度は凌が顔を歪めた。
少しの間の後、凌がゆっくりと口を開く。


「あー・・・一応、外出の許可は出てっからいいんだよ」

「・・・本当に?」

「しつこい」

「・・・・・・わかったわ。付いて行ってあげる」


ふう、と小さく溜息を付いて、杉村は額に手を当てた。
おそらく外出の許可を貰ったというのは嘘ではないだろう。
しかし、凌が一人で出歩くことを仮定しているはずだ。
凌が友人と、しかもあの人間の子たちと出かけると知ったらポイズンが許可するはずが無い。


「日にちとかそういうのは後で連絡するから」

「はいはい。じゃあ私は凌の親戚の姉で通して頂戴。そのほうがややこしい説明しなくて済むでしょう?」

「・・・・・・あー・・・まぁ、いいんじゃないの」


凌は数日前の屋上で、亜月が全部を優生と巫人にバラしてしまったことを思い出したが、それは言わないことにした。
凌の態度に少しの懸念を抱いたが、杉村は諦めたようにふっと微笑む。
「んじゃ」と、凌がさっさと戻って行ったあと、小さく一人で呟いた。


「友達とお花見なんて、凌が言い出すとは思わなかったわ」


凌に訪れた変化に、兄さんは渋い顔をするでしょうけど。




+++




「結構いいとこ開いててよかったね」

「だなー。さっさとシート引いとこうぜ」


巫人と優生がばさばさとシートを広げているのを見ながら、凌は小さくあくびをした。
それにしても、と凌はぼんやりと思う。
自分とあれほど確執の残るような言い争いをしているというのに、この二人は前と変わらず自分と接している。
寧ろ、亜月が心配のしすぎで優生と巫人にからかわれているほど、あの二人はなんとも思っていないらしい。
ちらっと亜月に視線を送ると、お弁当やら飲み物やらの確認をしていた亜月の顔が、徐々に青ざめてきた。


「あら、どうしたの? 亜月ちゃん」

「あ、あの・・・コップ忘れちゃったみたいで・・・近くのコンビニで買ってきます」

「女の子一人で行かせるのもちょっとねぇ・・・凌、私付いていくから、よろしくね」

「あ、そ」


凌ににっこりと笑いかけると、杉村は亜月の肩を押してさっさと買い物に行ってしまった。
妙に意味がありそうな杉村の笑顔に寒気を覚えつつ、二人を見送ってからシートの方へと視線を移す。
すると、優生がじーっと凌のことを見ていた。


「・・・んだよ気持ち悪いんですけどー。じろじろ見ないでください」

「・・・・・・」


返事もなく、じーっとただ凌の事を見続ける優生に、巫人が苦笑した。
そこで、もしかして杉村は自分とこの二人を残すためにわざと亜月をつれて買い物に行ったのかもしれない、と思い、顔を不機嫌に歪める。
こういう面倒なことは避けたいのに、と、凌はまた溜息を付いた。


「あのさぁ、凌」

「・・・なんだよ」


友達は止めない、と、優生も巫人も口にした。
それ以来こっちからそのことに触れる事もなく、そしてあっちから触れる事も無く数日を普通に過ごしてきた。
もしかしたらこういうタイミングを見計らって、何かを言うつもりだったのかもしれない。

改まった優生がゆっくりと口を開いて、凌を見据えた。


「凌の姉ちゃんって綺麗だよな」

「・・・は?」

「あ、それ俺も思った。かなり美人だよねー」

「ありえないぐらい美人だよな。すげーうらやましいんだけど!」


きらきら きらきら

効果音をつけるならそんな感じだろう、と思いながら、凌は優生を見下ろし顔をしかめた。
余りにも露骨に顔を歪ませたので、優生がびくっと身体を揺らす。


「なっ、なんだよ」

「馬鹿じゃねぇの」

「馬鹿って言うことねーだろ! いいよなー凌や巫人は。モテるし、美人見慣れてんだろ? どーせ!」

「そんなことないよー。優生だってモテてるじゃん」

「誰に?」

「・・・お母さん世代の人、とか」

「そんなんモテたってしょうがねーじゃんか!!」


ぎゃあぎゃあと怒り出した優生を苦笑しながら巫人が宥める。
何時もの学校の風景に戻った二人を見て、凌は呆然とそれを見た。


「・・・馬鹿じゃねぇの」


俺が。と、小さく呟いて、凌はぐしゃぐしゃと頭をかいた。
そしてシートの上で言い争っている二人のもとへのそのそと歩き、優生の頭をぺしんと叩く。


「いてぇ!」

「うるせぇよ。周りにじろじろ見られてんだろうが」

「わるかったな!」


優生がぎっ、と凌を睨みつけるが、その目に嫌悪や怒りは含まれていない。
むしろ、口元には笑みすら浮かんでいる。
凌が巫人をちらりと見ると、やっぱりにっこりと微笑んだ。


「あ、凌ー。俺さー、凌のお姉さん口説いてもいいかな」

「いや、止めとけ。マジで」

「えー? 駄目ー?」


脳内で惨殺される巫人が鮮明に描けた凌は何時もの口調で忠告した。
ちぇ、と拗ねる巫人を見て、優生がおもむろにポンッと手を打った。


「あー、わかった。凌、姉ちゃん取られんの嫌なんだろ。さびしがりー・・・ガフッ」


ゴッ、といい音がして凌の拳が優生の頭にヒットする。
頭を抑えて涙眼になった優生を横目に、凌はどかっとシートの上に腰を下ろした。


「なんかこの状況さ、ちょっと悲しいよね」

「何が?」

「和親さんもいないし凌のお姉さんも居ないし・・・男だけってさぁ」


はあ、と溜息をついた巫人に、凌がぼそっと呟いた。


「コレでも見てりゃいーじゃん」


そういって凌が指差した先には、涙目で額を押さえている優生がいた。
少しの間の後、巫人がぶっと大きく噴出した。


「え? 何? なんだよ」

「あははははっ、な、なんでもなっ・・・」

「な、なんだよ! 気になんじゃん! 凌何言ったんだよ!!」

「え、別に?」

「別にじゃねーよ! なんか言ったんだろ?! 俺に関係することかよ!!」

「な、なんでもないから優生・・・ぷっ」

「噴出してんじゃねーか!! なんだよお前等!! 仲間はずれにすんなよ!!」

「いやー、ある意味当事者だし、お前」

「真顔で言うんじゃねーよ! 凌が言うと冗談に聞こえねーんだよ何事も!!」


ぎゃあぎゃあと優生が一方的に喚いている惨状を、杉村と亜月は遠目から見ていた。
亜月はその様子を見てほっと胸を撫で下ろし、口元に笑みを浮かべる。


「杉村店長、今日は本当にありがとうございます」

「いいのよ。私も面白いから」


クスクスと笑っている杉村の視線の先にも凌が居た。


「あんな風に人間の子と遊んでる凌を見るなんて思わなかったわ」


「兄さんが見たら怒りそうだけどね」と小さく付け足して、杉村は亜月の背中を押した。
シートに戻ってくる二人が見えたらしい巫人が一番に気付き、ひらひらと手を振ってくる。
それから凌と優生が振り向いて、優生が大きく手を振った。

それに手を振り返そうと、亜月が手を上げようとしたときだった。
急に肩をつかまれ、亜月が驚いて振り向くと、3人の男の人が立っていた。


「二人だけで何してんスか?」

「よければ俺達と花見しない? なーんて」


けらけらと笑う男達に、亜月が気圧されて一歩後ろに下がろうとした。
すると、杉村に背中がぶつかって、そういえばこの人も居たのだと少しだけ安心する。


「あらあら・・・悪いけれど、私達連れがいるのよ」


ねぇ?と亜月を見てニッコリと微笑む杉村に、亜月は何度も頷いた。
しかしこの程度で引くほど賢い奴等じゃなかったらしく、三人の男は更に誘いをかけてくる。


「いいじゃないっスか、ねぇ?」


三人のうち一人が、杉村に手を伸ばした時だった。


「触らないで頂戴」

「え?」


声を上げたのは男達ではなくて亜月だった。
ニッコリと笑っていたはずのその顔が、僅かに怒りに歪んで見える。
そういえば、この人はあのポイズンさんの妹なんだ と亜月は血の気が引いていった。


「気安く触ると怪我をするわよ?」


じわりと滲み出た殺気に、男達が僅かに後ろへ下がる。
もしも杉村店長がここで切れたなら、自分には止める術が無い、と、亜月が凌のことを考えた。
その時、不意に後ろからぽんっと肩を叩かれてびくっと身体を震わせた。

慌てて振り向くと、そこには


「大丈夫? 和親さん」

「み・・・巫人くん」

「お前等悪いけど、この二人俺たちの友達とその姉ちゃんだから。ちょっかいかけんじゃねーよ」


いつの間にか傍に来ていた優生と巫人が、亜月たちと男達の間に割って入った。
優生はともかく、巫人の外見に気圧された男たちが顔を歪ませた。
更に、ゆっくりと歩いて優生と巫人に合流した凌を見て、男達はさっさといなくなってしまった。


「オイ、あんま面倒かけんじゃねーよ」

「私達のせいじゃないわよ。あっちが勝手に絡んできたんだもの。ねぇ、亜月ちゃん?」

「そ、そうだよ、あたし怖かったんだから!!」

「えぇ? 和親さんを怖がらせるなんて・・・あいつ等一発ぐらい殴っとけばよかった」


「いや、怖かったのは杉村店長なんだけど」と言う言葉が喉まで出かかったがなんとか飲み込んだ。
亜月は巫人の意見に同意している優生を見て、それから凌を見る。
凌は二人から一歩遅れたところを歩いていて、二人のやり取りを見て居るようだった。


「でも、やっぱり俺自信でてきたかも。さっきのやつら、俺らに負けたと思っていなくなったんだぜ? きっと」

「あー・・・そのわりに、優生には視線行ってなかった気もするけどね」

「え」

「凌でしょ、決め手になったの」

「えぇ?! じゃあやっぱ俺って並みってことかよ!!」

「あははは・・・まあ、凌の前じゃ誰だってかすんじゃうって」

「くそー・・・見てろよ、俺だっていつか・・・!!」


てくてくとシートに戻りながら続くその会話を聞いて、亜月がくすっと笑いそうになった時だった。

・・・あれ?
山本が笑って・・・


「馬鹿じゃねーの。いつかもクソもねーだろ今だって全然成長してねーのに」

「はぁ?! 何言ってんだよ!! 男の成長期はこれからだろ?!」

「いや、成長期って中学2、3年から高1ぐらいだと思ってたよ、俺」

「え」

「一生チビなまんまかもな」

「チビって言んじゃねぇ!!」


優生を凌がからかって、巫人がそれを見て笑う。
その一連の流れに、亜月は小さく微笑んだ。