鮮やかな桃色の花弁は、誇らしげに咲く。




57 :花見A




+未成年飲酒+


「じゃーん。俺と亜月の特製弁当だぜ。美味そうだろ」


優生と亜月が広げた弁当を見て、巫人と杉村が感嘆の声を上げた。
確かにどれも美味しそうな彩で、それを作った優生は誇らしげに胸を張っていた。


「ほとんど優生くんに教えてもらったんだけどね」

「でもすごく美味しそうだよ。和親さん料理の才能あるんじゃないかな」


巫人の言葉に照れる亜月を横目に、凌はどうしたものかと溜息を付く。
夢が主食ではあるものの、人間のものも食べられないわけではない。

が、どうにも味が好ましくないのだ。


「凌が昔うちでバイトしてた時よりも美味しそうじゃない?」

「え、凌ってお姉さんのところでバイトしてたんですか?」

「ええ、そうよ。少しの間だけね。料理とか任せてたんだけど」

「えぇ?! 凌って料理できんのかよ!!」


うっかり口を滑らせた様子の杉村に、凌が恨みを込めた視線を送った。
案の定優生がその話題に食いついて、ぐいっと身を乗り出して来たからだ。


「次、弁当作ることになったら今度は凌の担当な」

「ざけんなコラ」

「えー、でも俺も食べて見たいなー凌の料理」

「お茶漬けでいいなら作ってやるよ」

「なんでそんな手ェ抜くんだよ!! 作れるんだったら作れっての!!」

「お前と違って料理楽しむような性格じゃねーんだよ。つか近いんですけど。離れてくださーい」

「ま、まぁまぁ落ち着いて・・・ほら、お弁当たべようよ」


慌てて亜月がお皿に卵焼きなどを取って、皆に回し始めた。
まだブツブツと呟いている優生もそれを手伝い始め、杉村店長は凌を見て小さく苦笑した。
そして凌の前に優生が皿を突き出したが、その皿を凌は手で押し返した。


「なんだよ、なんか嫌いなもんでも入ってんのか?」

「あー・・・つーか・・・」


人間の食べ物は好きじゃない、と端的に言ってしまえばいいが、少しばかり躊躇われる。
ふと亜月に目が行くと、何故か強く視線を送られた。

おそらく「食べろ」と言っているのだろう。


「・・・食えばいいんだろ、食えば。でももっと量減らせ。そんなに食えねーよ」


そこで巫人は察したらしく、気まずそうな表情が眼に入った。
凌が口をつぐみ、僅かに重い沈黙が流れた が


「おまえそんな何も食わねーからそんな顔色悪ィんだよ。いいから食えってほら」


優生は全く気付いていない様子で、どかっと皿に盛ったおかずを突き出した。


「・・・量減らせっつったろ」

「我儘ばっか言ってんじゃねーよ! いいから食えって! 亜月の手料理だぞ?」

「亜月の手料理だからなんだってんだよ。そんなに食えねーつったら食えねーんだよ」

「いいから食えって! 食わねーと身長のびねーんだぞ!」

「じゃあなんでガツガツ食ってるお前は身長伸びねーんだよ。食っても食わなくても関係ねーだろ」

「うるせー!! 俺の身長の事は言うんじゃねーよ! そのうちバーンと伸びるんだからな!! でっかくなるんだからな!!」


さっきまでの気まずい雰囲気が全て消し飛ばされてしまい、結局凌はこんもりと盛られた皿を受け取る羽目になった。
それに杉村がクスクスと小さく笑うが、それに気付いたのは凌だけだった。


「んじゃ、乾杯しようぜ。せーの・・・かんぱーいっ」


優生の言葉と共に、全員が飲み物を持ち上げた。
そして周りの他の花見客と同じ様に、わいわいと料理をつつきながら楽しい花見が始まった。


「あれだよな、凌に桜って似合うよなー」

「そうだねー。今日の凌の髪の色がピンクだったら完璧だね」

「・・・凌、ちょっと今から髪染めてこいよ。ピンクに」

「殺すぞ」

「ちょ、なんでそんなに怒んだよ。冗談だろ冗談」

「友達同士なんだから、こういうのには悪ノリしなきゃだめだよ凌ー」

「出来るときと出来ないときとあんだろーが」

「でも悪乗りする山本って見てみたいかも・・・」

「ほらー、和親さんも言ってるよ?」

「凌の姉ちゃんもそう思うよなっ」

「えぇ、見てみたいわ。面白そうだから」

「・・・・・・テメーらまとめて喰い殺すぞ」

「え、頭からガブって行くかんじ?」

「違うよー。優生は子供だなー」

「え? どういう意味? 巫人くん」

「あー、和親さんは知らないほうがいいよ。うん」

「その意味も違ェよ巫人。言葉通りだっつーの」

「だから、今のも悪乗りだって。ったく凌ってばいつも真顔だから冗談とかわかんねーんだよ。たまには笑えって、ホラ」

「やっぱ喰い殺す」

「ガブっと頭から?!」

「優生・・・それ悪乗りじゃなくて本気で言ってるでしょ」


そんな会話を暫く続けていると、不意に優生が凌の飲み物に目を移した。


「凌、ソレなんか美味そうだな」


じっと飲み物を見てくる優生が鬱陶しくなった凌は、紙コップを一つとってその中に自分の飲み物を半分入れた。


「飲んでいいのか?」

「飲んでいいからじろじろ見んの止めろ」


わーい、と嬉しそうに優生がさっそくそれをがぶ飲みする。
そしてそれを見た巫人が、さあっと顔を真っ青にした。


「ゆ、優生ちょっとまって!! ソレ・・・!!」

「え? もう飲んじまったけど・・・」

「し、凌もそれ飲んでたの?」

「・・・飲んでたけど、なんだよ」

「それ、お酒だって!! 凌のお姉さんが飲むかなーって思って買ってきてたんだけど・・・!!」


へー、と凌がのんきに呟いた次の瞬間、優生がぱったりと倒れこんだ。
ソレを見て慌てて巫人が優生を揺り起こそうとするが、凌は首を小さくかしげた。


「そういや、人間って酒飲むのに年齢制限あんだっけ?」

「あら、凌知らなかったの?」


驚いたような表情の杉村を見て、凌は目を細めた。
優生をちらっと横目で見てから、また杉村に視線を移す。


「私は知ってたけど、面白そうだったから止めなかっただけよ」


凌の何か言いたげな視線に笑顔を返した杉村の言葉に、凌はさらに大きく溜息を付いた。
そして自分の飲み物を一気に飲み干してコップを置いたとき、突然腰にタックルを食らって凌は前につんのめった。


「って・・・なんだ今の・・・」

「凌、ちょっとでいいから身長わけてくれよーなぁなぁ」

「・・・・・・」


自分の腰にしがみついている優生を見て、イラッと一気に頭に血が上る。
どうにか引き剥がそうと、自分に巻きついた優生の腕に手をかけるが、どれだけ力をこめようとも外れない。
あまり力を入れては腕を折ってしまうかもしれないと思うと、全力を出すわけにも行かない。


「つーかお前細いっつーの。もっとちゃんとモノくわねーと病気になんらぞー?」

「黙れ酔っ払い。巫人、コイツ引き剥がすの手伝えっつの」

「う、うん。ホラ優生、離れてッ」

「やーらーっ! 凌ともっと仲良くなるんらっ!」

「もう十分仲良いって! っていうかコレ以上仲良くなるってどのくらい? 俺も混ぜてよ!」

「突っ込みどころそこじゃねぇだろ」


どうにか引き剥がそうと二人がかりで四苦八苦していたが、杉村はにこにこしながらそれを見て居るだけだった。
亜月とにかく優生に飲ませようと水を汲んでいたが、凌からはがれないことには飲ませることも出来ない。


「つーか凌マジで顔いいよなー。うらやましいんらけど、俺」

「あーそーですか、ありがとーございます。分かったから気持ち悪ィんだよ、さっさと放せ・・・ッ」

「ちょ、優生こんなに力強かったっけ? こんな細い腕の何処に力が・・・ッ!!」

「うー、眠ぃー・・・凌あったけー・・・巫人もあったけー・・・」

「優生ー!! 夢の世界に行く前に手ェ放してあげよう!! ね? っていうか俺もいつの間にか掴まれてるんだけど・・・凌助けて!!」

「今無理だっつの・・・つかコレ、俺ら絞められてね? ちょ、痛てててててマジで放しやがれこのバカ」


すかーっと完全に寝込んでしまった優生が離れたのは、約30分後のことだった。
亜月も手伝ってやっと引き剥がすことに成功した優生をシートの端に寝かせておいて、凌はがりがりと頭をかく。


「二度とこのバカに酒飲ませんじゃねぇぞ」

「最初に飲ませたの凌じゃない」

「そこはお前が気付いて止めろ」

「いいじゃない、私には被害無かったし。慌てる凌が見れて楽しかったわ」


そう言ってごくごくと飲み物をあおる杉村を見て、凌は盛大に溜息を付いた。
それを聞いた巫人が小さく頷いたのを見て、凌がぎろりと視線を移す。


「なんだよ」

「え、いや、別に?」


にこにこと笑う巫人の表情は、何かを楽しんでいる杉村のそれととても似ている。
イライラを募らせながら、凌は優生が目を覚ました時にどうしてやるか色々と考えをめぐらすのだった。


「・・・っくしゅ・・・」

「あれ? 山本、風邪でも引いたの?」

「噂でもされてたんじゃない? 凌かっこいいし」


亜月が心配して首を傾げたが、巫人がそれをクスクス笑ってからかった。
鼻をこすりながら、凌は眠そうな目を自分の手に移して、ふわっと小さくあくびをする。


「でも風邪引くって言ったら・・・優生くんの方が風邪引きそうだよね。こんなところで寝ちゃったし」

「馬鹿は風邪引かねーから大丈夫だろ」


凌がさらっと言った言葉に巫人がまた小さく噴出した。
亜月が苦笑しているのを横目に、凌はまた小さくくしゃみをした。
それを見ながら、杉村は「もしこれで凌が風邪を引いたら、兄さんに私が怒られるのかしら・・・」と、少しだけ冷や汗をかいて、顔を引きつらせる。
どうか風邪を引きませんように、という杉村の祈りも虚しく、この後日凌は熱を出してしまったのだった。