キィィィィィィッ・・・ドンッ!!
耳を劈くような音と、全身に受ける衝撃。
それを最後に、私の世界は途切れ、次に目を覚ました時この瞬間以外の全てを忘れていた。
目の前にいる包帯だらけの男が言う。
「君の名前は“死魔”だ。いいかね」
あぁ、ツギハギだらけの体で、私は生き返ったのだ。
58 :風邪
+ツギハギ少女+
「君は馬鹿かね」
「・・・」
ポイズンは手にした体温計をちらっと見てから、けほけほと小さく咳をしている凌に目を移した。
いつもよりも更に顔色が悪く、僅かに頬が赤くなっている。
苦しそうな呼吸音やその他の事も加えて、ポイズンは小さく呟いた。
「風邪だな」
「・・・やっぱり?」
「あれほど気をつけろと言ったのに」と呟きながら、ぎろりと凌を睨みつける。
その視線をスルーしながら、凌はぼーっとして宙を見詰めた。
凌の様子を見て溜息を付いて、ポイズンはカリカリとカルテに何かを書き込んだ。
「・・・花見で風邪を引いたと聞いたが、誰と行ったのかね?」
「いやー・・・うん」
「・・・」
「・・・んでさ」
「話を逸らすな」
ぎらっと殺気の篭った視線を向けられて、凌は視線を斜め上に向けて逸らした。
少しの間の後、ポイズンは小さく溜息を付いて顔を顰める。
「・・・薬を出しておく。必ず飲むように」
「ん」
「安静にしていれば二日程度で治る。くれぐれも暴れないようにしたまえ」
カルテを横で待機していた疲夜に渡して、ポイズンは溜息を付きながら呟いた。
それに小さく生返事を返し、凌は熱に浮かされながら、ゆっくりと立ち上がって病室を後にした。
+++
薬を片手に、夢喰い屋へ戻ってきた凌はのんびりと自宅の扉をがらりと開けた。
「よっ、凌! お帰り!」
「・・・・・・」
その瞬間、眼に入ったのはつい先日のお花見で、凌に風邪を引かせた張本人。
何故か一番風邪を引いて可笑しくない人間なのに、ピンピンしている優生だった。
凌は一瞬の硬直の後、ゆっくりと部屋を見渡して、亜月と翔が居ないことに気がついた。
「あ、亜月とちっこいヤツなら買い物に行ったぜ? 丁度ソコに俺が来たから、代わりに留守番してんだよ」
「・・・あ、そう」
熱で頭が上手く働かず、もうどうでも良くなった凌はさっさと自室に敷いてある布団へともぐった。
こふこふと咳をして、軽く喉をさする。
「凌−、台所借りるなっ」
「・・・? 何する気ですか」
「おかゆ作ってやんだよ。病人にはおかゆだろ」
この間の花見で、優生が異常に料理が上手いことが判明したので、作る分には問題は無い。
が、それを自分が食べるかどうかとなると話は別になる。
そもそも人間の食べ物が口に合わない凌としては、それは余計な世話にも思えた。
「早く良くなるといいな、凌っ」
「・・・」
無駄に張り切っている優生を見て居ると、ただでさえ疲れているのに余計やる気がそがれてしまう。
もう好きにさせておこう、と割り切った凌は、起きかけていた身体をまた布団にもそもそともぐらせた。
その様子をちらっと見た優生は、にやりと口を吊り上げた。
「待ってろよ、ダーリン! なーんて・・・」
「おーおー、わかったよハニー」
殴る為に起きてくるだろう、と思った優生の期待を全て裏切った反応を返した凌に、優生が思わず動きを止める。
一瞬の静けさが下りてきたその時、ばさっと何かが落ちる音がした。
凌がゆっくりと玄関の方へ身を乗り出す。
「し・・・し・・・凌ちゃ・・・いやぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「ジェスカッ、ジェスカ落ち着いて・・・!」
「凌がーッ!!!! 凌が可笑しくなったーッ!!!」
そこに居たのは顔面蒼白になったベーカーと、顔を赤くなったり青くなったりさせながら、半狂乱になって叫ぶジェスカだった。
そのジェスカをどうにかして宥めようと、チェスカが必死に肩を抑えて言い聞かせている。
優生はまだ目を見開いたまま固まっていて、凌はジェスカとベーカーの五月蝿さに顔を顰めて耳を指で塞いだ。
「ごめん、俺っ・・・!! 凌が人間と仲良くなったのはそういう理由があったからなんて考えもしなくてッ!!」
「そんな、なんで!? 凌ちゃんが男に走るなんてッ!! そうだわ、きっと凌ちゃんは呪いをかけられちゃったのよ!! だから変なこと言ってるんだわ!! 待ってて凌チャン!! 今私の愛で呪いを解いてあげるからッ!!!」
「うるせーよ黙れよ頭に響くんだよテメーらの声」
「凌ーッ!!? どーすんだよこの状況!! はやくさっきの台詞撤回しろッ!!」
「なんだよ友達ってのは悪ノリするもんだって言ってたじゃねーかよ。 悪ノリしてやっただけだろーが」
「そっ・・・それは嬉しいけど、お前悪ノリも冗談も真顔で、しかも棒読みだから本気に取られちまうんだよ!!! もうちょっと分かりやすくしろって!!」
それから30分ほど、優生の必死の説得によってどうにか三人の誤解を解くことが出来たが、凌は頭痛が増していた。
優生が台所に立ち、おかゆを作っている間に仮眠を取ろうと、凌はもそもそとまた布団に入る。
「凌ちゃん、はい。ひえピタよっ」
「んー・・・」
「あ、凌ちゃん、お水飲む?」
「いらね」
「凌ちゃんっ、寒くない? あたしが添い寝してあげるわッ」
「ウゼェよ。いいから寝かせろ」
世話を焼こうとするジェスカをやっと黙らせて、凌は今度こそと目を閉じる。
ちょうどいい具合にうとうとし始め、夢の世界へ旅立とうとした。
「すみませーんッ!!! 凌さーん、山本凌さーんッ!! 居ませんかーッ!!!」
バンバンバンバンバンバンバンバン
「・・・・・・」
玄関の戸を叩く音と、それよりもはるかに大きい声にたたき起こされ、凌はのそりと起き上がった。
優生までもが料理を中断して覗き込んでいる玄関まですたすたと歩き、その扉を睨みつけて一言呟いた。
「新聞の勧誘はお断りです」
ガチャン、と鍵を閉め、何事も無かったかのように布団へ戻ろうと、凌が小さくあくびをした。
その、次の瞬間だった。
「しーのーぐーさんってばぁあああ!!!!!!」
大きな声と共に、何かが破壊される音が響く。
凌が振り向いた時に見たものは、宙を舞う扉だった。
「凌ーッ!!!!?」
優生の叫び声と同時に、凌は扉の下敷きとなり姿が見えなくなってしまった。
ベーカーとジェスカ、チェスカが唖然とする中、その扉を破壊したと思われる少女は、さらにその吹き飛んだ扉を踏みつけた。
「あれー? 凌さーん? 今更居留守は無理ですよー。さっきちゃんと見たんですからねー?」
どうやら凌が扉の下敷きになったと気付いていないらしいその少女は、扉の上を歩いて部屋の中を見回した。
そしてその扉から降りると、ぎしっと扉が軋む音がして、ゆっくりと凌が隙間から這い出てきた。
周りに漂う禍々しさに、思わずジェスカとチェスカが身を硬くする。
「喰い殺すぞてめぇ・・・」
「あっ、凌さん居るじゃないですかー。居留守なんてしちゃ駄目ですよっ」
ドスの聞いた低い声で呟いた凌の前にしゃがみこみ、その少女はにっこりと天真爛漫な笑顔で凌の言葉をスルーした。
そして肩に下げていた鞄から白い紙袋を取り出すと、凌の前にちょこんと置く。
「薬、一つ忘れて行きましたよー?」
その薬袋はポイズンの病院のもので、少女はその病院の関係者だということはよくわかった。
しかし、凌はその少女の事を今まで見たことが無い。
つぎはぎの肌をしているのを見て、疲夜たちと同じような存在だとは予想できたが、凌は熱が上がってきたらしい頭がくらくらして思うように思考が出来ないでいた。
「・・・誰、お前」
「博士に生き返らせてもらいました死魔です! 生前は人間!! 人間狩りに殺されたの!!」
さらりと重いことを言う死魔と名乗った少女に、凌はどうしたらいいのかわからず思考が完全に停止した。
固まっている凌をスルーして、死魔はさっさと立ち上がると、「おだいじにー」と言い残してまた扉を踏み越えて帰っていった。
下半身が扉の下敷きになったままの凌を見て、ベーカーが恐る恐る声を掛ける。
「し・・・凌・・・?」
「・・・・・・」
少しの間のあと、凌はぱったりと完全に倒れこんでしまった。
「あ」
「し、凌ちゃんッ!!!」
「凌っ、大丈夫か!?」
わらわらと皆が集まってくる声を聞きながら、凌は「とにかく寝かせてほしい」と心の底から切実に思っていた。