確かに見たんだ。
お父さんとお母さんとそして私が車に乗っていたら、道路の真ん中。
1人の男が立っていた。
すらりとした長身に、長い銀髪。
男は笑って剣を振り上げ。
キィィィィィィッ・・・ドンッ!!
59 :風邪A
+看病+
「ただいま博士ー!!」
扉を壊して入ってきた死魔を不機嫌な目で睨むポイズン。
しかし、死魔はそんな事すら気にせずににこにこ笑ってポイズンに近寄っていく。
「凌さんって人のとこに薬届けてきましたー」
「・・・そうか。それはそうと壊した扉は直しておきたまえ」
「はーい。でも博士ー」
「・・・今度はなんだ」
ゆっくりと見下ろすポイズンに、死魔が笑いかける。
「私扉の修理方法分かんないでーす」
「・・・・・・疲夜を呼んでこい」
「はーい」と元気よく駆けていく死魔を見やり、深い溜息をついた。
おかしい・・・何でこんな奴を生き返らせてしまったのか。
眉間を押さえ、カルテを握り直した。
病院を支えているのは実質、オペから回診、診察全てを担うポイズンと、カウンターやポイズンの助手を担う疲夜、そして薬調合の殺舞。
他数人の死人のナース。
もともと人手が足りない事は分かっていた。
そして何より力仕事をする人材がいないと言う事を。
だから新たな助手を造ろうと思ってはいたものの、このご時世死体などそうゴロゴロ転がっているわけがない。
故に、この前の人間狩りの標的にされたソレが、丁度よく思えてしまったのだ。
「・・・にしても、腕力と握力を強化しすぎてしまったか・・・」
あまりに力仕事用に改造しすぎたためにコントロールできずに突っ走ってしまう死魔。
そして何より・・・やかましい。
+++
凌が目を覚ますと、真っ先に見慣れた天井が眼に入った。
だるい頭を持ち上げて辺りを見渡すと、布団の中に居ることに気が付いた。
おそらくベーカーか優生が、あのあと寝かせてくれたのだろう。
むくりと起き上がると、自分のお腹のところに何かが乗っていることに気が付いた。
「凌ちゃ・・・だめよそんな・・・」
「・・・・・・」
ジェスカがぐっすりと眠っていて、寝言を呟きながらにやにやと笑っている。
手にタオルが握られていることから、凌の看病をしたまま眠ってしまったのは見て取れた。
がりがりと頭をかいてから、飲み物を取ろうと立ち上がって居間への扉をがらりと開けた。
「あ、凌、おはよう」
「・・・・・・あれ、なんか増えてね?」
その部屋には、ベーカーとチェスカと優生の他に、牟白、亜月、翔、巫人までもが加わっていた。
「凌っ、おかゆ食べるか?」
「いや要らねぇし。つかなんか他のヤツがおかゆ食ってんじゃねーか」
「巫人と亜月と翔が食いたいっつーからさ」
「おいしいよー凌ー。食べないと損だよー? これ」
「うるせーよ。つーか巫人はなんで此処にいんだよ」
「お見舞いだよ。あ、これ父さんと母さんに持ってけって言われたから、お土産ね」
巫人がどさっとテーブルに果物の盛り合わせを乗せ、にっこりと微笑んだ。
かなり豪華な見舞いの品を見て、凌は眉根を寄せて不機嫌そうに座り込んだ。
「凌、お前風邪引いたんだって?」
「・・・何で居候してるお前が気付いてねーんだよ」
にやにやと笑っている牟白に、より不機嫌な声を返しながら、凌は小さく溜息を付いた。
「つーか、アイツらうるせーよ。何で追い出さねーんだよ」
「この間の人間だろ、アイツら」
牟白が視線で優生と巫人を指し、それから凌に視線を戻す。
「だからなんだ」という視線を送る凌を見て、小さく笑った。
「何で笑ってんの」
「良いから粥食ってこいよ」
「俺が人の食い物食わねーの知ってんだろ」
「え、凌おかゆ食えねーの?」
「!」
いつの間にかお粥を持って来た優生が近くに居て、凌は思わずびくっと身体を揺らす。
牟白はそれに気付いていたようで、さっさとベーカーの方へと場所を移動してしまっていた。
「食えねーっつーか・・・人の食い物は口にあわねーんだよ」
「そ、そっか。悪ィ、俺わかんなくて」
どうしようかと焦っているのが手に取って分かるほど動揺している優生を見て、凌は大きく溜息を付いた。
慌てておかゆを下げようとする優生を亜月が制して、その手からお粥の器とスプーンを奪い取る。
呆気にとられている凌の前におかゆを突き出し、スプーンを突き出す。
「一口でいいから食べなよ山本!!」
「はぁ?」
「せっかく作ってくれたんだよ?! 大体山本は何にも食べないからそんなに貧弱なんだよ!!」
「いや、誰が作ったって人間の食い物は食う気ねぇし」
突き出されたスプーンから顔を背ける凌を睨み、亜月が「牟白さん! ベーカーさん!」と声を荒げる。
ふっと凌が二人を見ると、牟白が凌の顔を、ベーカーが両手を掴む。
「わりぃな凌」
「たまには食べてごらんって。案外おいしいかもよ?」
「死ねばーか死ねッ てめぇら何で亜月の見方なんだよ・・・!!」
「凌ちゃんあーんッ」
「あーん・・・」
亜月の持っていたスプーンを奪い、いつの間にか起きてきていたジェスカがチェスカと共に凌の口にスプーンを突っ込んだ。
それを確認してから、亜月が満足そうに笑みを零し優生におかゆを返す。
呆然と一連の行為を見ていた優生はそれで漸く我に返って器を受け取った。
「あはは、凌食わず嫌いの子供みたいだねー」
「・・・てめぇら全員喰い殺すぞ・・・」
巫人が笑いながら言った一言で、凌が一気に負のオーラをかもし出し、ドスの聞いた声で呟いた。
翔が慌てて凌の肩を叩き、顔を覗き込む。
「お、落ち着いて凌っ! ほら、怒ると熱があがっちゃうよ!!」
「つーかテメーら何時まで居んだよ。もう夕方だろーがさっさとお帰り下さい」
イライラとフラストレーションが沸点を越えたらしい凌の一言を皮切りに、少しずつその場から人がいなくなりはじめた。
最初に優生が帰宅し、巫人も続いて帰宅。
「早くよくなれよー、凌ー」
「じゃーねー。ちゃんと学校来るんだよー?」
「うるせーよ」
しっしっと手で追い払う仕草をしつつ、二人が帰るのを見送った後、凌はゆっくりと振り返ってベーカーをにらみつけた。
その視線に慌ててベーカーが身支度を整え、続いて帰宅しようとする。
「ほら、ジェスカ、チェスカ、帰るよっ。凌、怒ってるし!」
「いーやー!!! 凌ちゃんが元気になるまで、此処にいるのーッ!」
「ジェスカが居るならボクも・・・」
「オスカーに俺が怒られるから駄目!! ほら、早くッ!」
オスカーの名前が出たとたんに、ジェスカとチェスカは渋々身支度を始めた。
この兄弟にとって、長男の権力は絶大らしい。
「じゃーねー凌ちゃんっ! 寂しかったら電話してねッ!!」
「さよなら・・・」
「凌、じゃーねー。お大事にー」
「うるせぇっつーんだよ。電話なんか絶対しねー」
そして、残るは居候である牟白と、ここに住んでいる亜月と翔だけになった。
牟白が小さくあくびをして、「寝る」と呟いてさっさと2階に上って行ってしまった後。
「し、凌、ごめんね? 煩くしちゃって」
「山本、ほら、布団整えといたから!!」
まだ不機嫌オーラをかもし出している凌をどうにかして宥めようと、二人は必死に凌に話しかけた。
しかし反応がなく、それほど怒ってるのかもしれない、と二人が冷や汗をたらした次の瞬間。
「・・・気持ち、悪」
「え」
「凌ーッ!?」
顔色が真っ青になった凌は、そのままぱったりと倒れこんでしまった。
その後、翔が2階から呼んできた牟白が凌を布団まで運び、亜月が無理やり薬を飲ませ。
あまりの高熱にポイズンが病院から呼び出され、結局凌は1週間ほど寝込む羽目になってしまい、春休みが明けるまで、学校の講習へは行けなくなってしまったのだった。