「僕、僕、見たんです。綺麗な長い銀髪のオニイサンが血のこびり付いた剣を引き摺って歩いてるのを。その剣、柄が1フィートと刃が5フィートもあったんです! でも、オニイサンは軽々と片手で持って歩いてた。僕、確かに見たんですよ? あの人、携帯電話を使ってどこかに電話してた。そう、電話。王冠のストラップがついた、銀の携帯電話! それで、電話してたんです! 『372人目だ』って呟いてるのを、僕聞いたんです! 嘘じゃありません! 本当です!! それに・・・それに、僕、その人の名前を見たんです! その人に殺された人の1人が、壁に血で書いてたんです!! 大文字の“JJJ”って!! あの人、あの人、『次は日本にでも行くか』って言ってました!! きっと、きっと・・・」

「そこまで聞けりゃ充分だ」


すすけた顔の少年に金を握らせてガットは小さく舌打ちした。
ロンドンの狭い道を歩きながら、レンガ張りの建物たちで狭められた空を見上げる。


「日本か・・・」




60 :疑惑




+13−6=7+


魔女の集会とは普通、13人の魔女によって開かれる。
“フィラメンカ”も例外ではなく、13人のマフィアボスによって開かれていた。
ガットは今から数十年前、フィラメンカの13人いるうちの6人を射殺。
その現場を腐仁に押さえられ、blackに身を堕とした。
現在は人数合わせのために、フィラメンカに在籍する7つのファミリーの7人のボスと6人のボス補佐で集会は開かれている。

ジャックが今現在行っている殺戮は、フィラメンカの残党を処理するまさに“魔女狩り”。

ペルーのクスコを中心としたフィラメンカのメンバーは、それぞれドイツのベルリン、イタリアのフィレンツェなど、世界各国に散らばっている。
そして現在、ジャックの手によって潰されたファミリーは6つ。

残った1つのファミリーは、日本にあると言う・・・


「・・・で、何で俺んとこにくるわけ」


ソファに向き合って座るガットを面倒臭げに見やり、低い声で問いかける。
ガットは出されたお茶にも手をつけず、凌から視線を落とした。


「どうしても、ジャックに会わなきゃなんねぇんだ」

「いや、意味わかんねぇし・・・つかそれアンタんとこの参謀さんに聞いたほうが早いんじゃね? 情報集め上手いんだろ?」

「駄目だ」


はっきりと言い放つその応えに、麦茶の入ったグラスを持ち上げる凌の手が止まる。


「blackkingdomの連中には黙ってんだ」

「・・・一応理由聞きますけどー・・・何で?」

「後々面倒な事になるに決まってっからだろーが」

「いや、どうなるかなんて俺が知るはずねーだろ」


はぁ・・・と盛大な溜息をつく凌の隣で、呑気に翔が絵本を読んでいる。
ガットはちらりとそれに視線を向け、再び凌にコバルトブルーの瞳を向けた。
頬杖を付き、その上に顎を乗せるガットの眉間には、深いしわが寄っていた。


「そうは言っても俺、店長に関わんなって言われてんだよねーwhiteがらみだと面倒事増えそうだしー」

「つべこべ言ってる暇あったら協力しろ」

「わーぉ、すっげぇ理不尽。何アンタ、そんなキャラだったわけ」

「うるせぇ。それより頼んだぜ」

「いや、まじ止めて。俺天使とは関わりたくないから。人間と同じくらい嫌だから、あんな乱暴種族」

「てめぇ、今目の前にしてんのが“元”天使だって事忘れてねぇか」

「天使だって堕ちりゃ悪魔だろ」

「カッ。笑えねぇ。堕ちたって天使はいつまでも天使だ。俺もその乱暴種族の1人なんだよ」


「あーそう」と興味なさげに返事をする。
面倒な話をわざわざ俺んとこに持ってくんなっつーの。
あーめんどくせーめんどくせー。

「で、どうしたいの」と眉を寄せてあからさまに嫌な顔を向けた。


「“人間狩り”が今続いてるそうじゃねーか」

「あぁ・・・そういやこの前ソレに遭って殺されて生き返った奴いたな」

「んだそりゃ。話が見えねぇ」


呆れた顔をするガットが麦茶を飲み込んでいく。


「てめぇだってそのガキとハーフを抱え込んでるじゃねーか。あぁ? あとあの赤髪。そうだろ」

「それが? 人間狩りの標的はみんな純血だぜ」

「blackkingdomの最新情報じゃ、上海の天使と人間のハーフが殺されたって話があるぜ?」


ピクッと震えた指がグラスを取りこぼし、床にゴトンッと落ちた。
幸い割れる事はなかったものの、その音を聞き付けた亜月がキッチンから顔を出す。
それに「何でもねぇ」と手を振り、座っていた翔に部屋を出るように指示する。
零れた麦茶をそのままガットを睨み付けた。

ガットはそれに肩を竦め、足を組み直す。


「そう睨むな。あの女、お前の知人の形見なんだって? ソルヴァンに聞いたぜ」

「・・・だから何だよ」

「愛してるって訳じゃぁ無さそうだが、それなりに大事なんだろ?」

「・・・用件を早く言ってもらえませんかー俺本当は今頃まどろみの中にいるはずなんだけど」

「てめぇの大事な奴らを殺されたくないだろ?」


目を細めて、そのコバルトブルーに凌を映す。
暫く凌の紅色の瞳が何かを探るようにガットを睨んでいたが、とうとう観念したのか、急に肩の力を抜いてソファに倒れ込んだ。
「わかったわかったから」と投げやりな言葉にガットが薄く笑う。


「つか、そのジャックを探すのと人間狩りとどういう関係があんだよ」


ソファの上にあったクッションを抱き込みながら、面倒くさそうな瞳をガットに向ける。
そんな凌を見下ろすガットはテーブルに肘を突いてそこに頭を預けた。
疲れたようなそんな顔だ。


「目撃情報があってな・・・」

「人間狩りの?」

「あぁ、その犯人の容姿がな」


目測177cmの長身。

華奢な体つき。

容姿端麗で膝裏までの銀の長髪。

6フィートほどの洋剣。


「・・・ジャックなんだよ、それが」


頭を抱えるガットと反対に、凌が体を起こす。
ガシガシと頭をかくと彼の癖のある金髪が乱れた。


「ソルヴァンの話じゃアイツは今、俺が潰しそこねたフィラメンカを潰してるはずなんだ」

「両方やってんじゃねーの?」

「・・・その可能性もなくはねぇ」


顔をあげたガットが髪をかき上げる。


「フィラメンカの残ってるファミリーが潰された時間と、人間狩りの起こった地域がかぶってやがんだ。それに、ジャックの野郎の力だったら不可能じゃねぇ」

「だったらそれで決まりじゃねーのかよ」

「違ぇよ!」


ガットの拳がテーブルを勢いよく叩いたせいで、ガットのグラスが凌のそれと同じように床に転がった。
しかも心なしかテーブルはへこみ、わなわなとガットの肩が震えている。


「アイツはプライドたけぇ王だ。たかが人間如きにアイツが構うわけがねぇ」

「じゃぁ誰だって言うんだよ」

「それを確かめたくてここに来たんだっつーの」


「てめぇだって知りてぇだろ」としたり顔で笑うガットに、凌が深い溜息を零した。


「アレ、この店悪夢を喰うために開いたんじゃなかったっけ。何でも屋じゃねーっつーの。ありえねーマジありえねー。てめーら俺を何だと思ってやがんだ・・・」


ブツブツブツ・・・と凌の文句がこぼれ落ちる今日この頃。




+++




「見た? ピオッジャのチャット」

「見た見たーなんかさー最近あのチャット意味分かんない荒らしないー?」

「あぁ、“銀の王”って人でしょ。あれ何? 場所と時間と殺しの方法書いてさー」

「でもアレ、最近の連続殺人の時間と場所が被ってんだよ」

「まぢ? こっわー」

「だよねー」


黄色い声でケラケラと笑う女達が夜の街を歩いている。
ふとざわめく人の塊を見つけ、1人の女が「何あれー」と指さした。
暫くそこを見つめてみると、人ごみが一気に2つに割れて、その間から流れる銀髪を持った長身の男が大股で歩いてくるのが見えた。

長い足が進むにつれて銀の髪が風に靡き、その姿は街灯の光を浴びてひどく神秘的だった。

女達も含め、全ての人が振り返り、彼を見る。


「・・・何、あの人・・・」

「すっごい格好いい・・・」

「つか、綺麗・・・?」


痛いほどの視線が突き刺さるその男・・・ジャックは、周りの様子など全く気にすることもなくそのまま歩き続ける。
多少の苛立ちを感じながら。


「・・・チッ うざってぇ」


ガシガシと頭をかいて、ポケットの中の携帯を取り出す。
明るい画面がジャックの端正な顔を照らし、銀の髪がそれを反射した。

メモ帳に書き込まれている、残った1つのフィラメンカメンバーのファミリー。


「あと1つ・・・あと1つだ、ガット」


あと1つで、てめぇの怨みを晴らせるぜ。