お母さんを、お父さんを、返してと。

アンタに叫んでも、きっと意味はない。




61 :復讐




+人間狩り+


「死魔がどうした」


くるりと椅子を回転させて振り返るポイズンが、簡易ベッドに座っている凌を見た。
その隣にはお茶を持って立っている疲夜の姿。


「いや、そこの人がねー人間狩りについて聞きてーんだと」


ふい、と顎で凌が指し示す方へ視線を向ける。
見れば、部屋の隅に置かれた灰色のソファにふんぞり返って座っているガットの姿。
この部屋に入ってきた時から何故ここに来たのかと疑問に思っていたが・・・そんな理由か。と目を眇める。

ガットは静かに瞳を開いてポイズンに視線を送ると、ふい、と窓の外へ顔を背けた。


「・・・君が人間狩りについて知りたい理由はおおよそ予想できるが・・・死魔に何を聞いても意味はないと思うぞ」

「あぁ? 何でだよ」

「死人は普通、死ぬ瞬間の事しか生前の事は覚えていないものだ」

「カッ。死ぬ瞬間を覚えてりゃ上等だ」


鼻を鳴らすガットに溜息をつくポイズンが「まぁ、聞くだけ聞くがいい」と扉を開き小さく名前を呼ぶ。
すると廊下の向こうからドタバタと慌ただしい足音が聞こえてきて、ポイズンがさっと扉から身を引く。
と、思った次の瞬間。

どっかーん!!と部屋の扉が吹っ飛んだ。

そして吹っ飛んだ扉は勢いの付いたままガットの方へ吹っ飛び、穴だらけとなって床に伏した。
見ればソファに座ったまま、硝煙たなびく銃口を死魔に向ける彼の姿。


「オイ女。てめぇが死魔とか言うやつか」

「うん、そうですけどー」

「だったら言え」


死魔を睨むガットを凌が「おいおい・・・」と宥めるが、全く意味を為さない。


「てめぇを殺したのは、どんな奴だった」

「・・・」


キョトン、とした顔をする死魔が「うーん・・・」と悩みだし、おもむろに話し始めた。
その表情は復讐に燃えてるようにも見えはなしないし、怨みがましく思っているようにも見えない。


「えっとね・・・銀髪の男の人だったよ」

「どこで会った」

「どこって・・・高速道路だったけど・・・旅行から戻ってくる途中だったから・・・」

「・・・それだけ聞けりゃ充分だ」


ゆっくりと立ち上がるガットが銃をホルダーに戻して壊れた扉から出て行こうとする。
それを見やり、凌も立ち上がった。

ポイズンが凌に向かって「アレについて行くのか?」と問いかける。


「んーまぁ、ちょっと興味あるから」

「・・・無理はするなよ。最近は倒れてばかりだからな」

「ういうい」


面倒くさそうに頭をかいて歩き出す凌が、ふと思い出したように死魔を振り返った。


「アンタも付いて来る?」

「え、いいんですかー?」

「別に俺に面倒事押し付けない限りいいんじゃね?」

「じゃぁ行ってきまーす博士!」

「・・・疲夜も連れていけ。君だけじゃどうも胃が痛い」

「はーい!!」


スキップしながら出て行く死魔の後を、凌がのろのろと付いていった。




+++




「翔くん、買い出しメモにまだ何か書いてある?」

「ううん。もうないよ」


小さな紙を見て首を振る翔の頭を撫で、亜月が後ろを歩く牟白に視線を向ける。
両手に荷物を持った彼は、ひどく不機嫌だ。


「牟白さん大丈夫?」

「うるせぇ。つーか何で俺が買い出しに連れ出されなきゃなんねぇんだよ!」

「だって最近人間狩りが続いてるし。凌がそう言ったんじゃん」

「てめぇガキ。凌の名前出したら何でも許されると思ってんじゃねーぞ」


イライライラと眉間にしわを寄せる牟白に冷や汗を垂らし、夢喰い屋までの道程を進む。
暫く他愛のない話をしていると、不意に牟白が足を止めた。
ガサッと乱暴に買い物袋を地面に放り出し、腰の刀に手をかける。


「牟白さん?」

「下がれ」


ドスの効いた声でそう言うやいなや、ギィンッ!!!と刃のぶつかる音が響いた。
道行く人々が驚きの声を上げ、亜月は反射的に翔の手を掴んだ。
牟白の方を振り向けば、銀の長い髪の男が身の丈ほどの剣で牟白を押しているその瞬間が見えた。


「牟白さん?!」

「離れてろ!!」


キンッと剣を弾いた牟白が銀髪の男と距離を取る。


「よぉ、てめぇ・・・人間狩りの犯人か?」


「白昼堂々剣ふってんじゃねーよ」と冷や汗を垂らしながら苦笑を零す牟白に、男は肩を揺らして笑った。


「ヒャハハハハハハッ!! んな事俺には関係ねぇよ!!」


何度も何度も刃を弾き、斬り込みを入れる男が牟白の刀を素手で掴んだ。
目を見張る牟白をそのまま自分の方へ引っ張り、体勢が崩れたその横っ腹を蹴りが襲う。

勢いよくみぞおちに入った蹴りは牟白を道の脇の塀へ吹っ飛ばし、背中を打ち付ける。
しかしそれで終わるわけではなく、亜月や翔の叫び声を背中に受け、男が塀に背を預けてぐったりしている牟白に殴り掛かった。


「ヒャハハハハッ!! 弱ぇなオイ!! その刀で一太刀くらい俺に傷を付けてみやがれ!! あ゙ぁ?!」

「ガッ」


頭と顔を容赦なく殴りつける男に、亜月が震え上がった。
止めなきゃ。でも、でも・・・ッ

震える彼女の足下に、ガランガランと牟白の刀が飛んできた。


「や、やめ・・・ッ」


裏返る声で叫ぼうとしたその時。


「てめぇ、何してやがんだ・・・!!」


耳を劈く大声と共に、銃声が辺りに響いた。
音と共に後ろに吹っ飛ぶ銀髪の男。
もんどり打って地面を転がっていく男と、牟白の間に滑る込むように現れたのは、他でもないガットだった。

「ガット・ビター?」と翔が口ずさむと同時に、「大丈夫か?」と頭上から声が振ってくる。
ゆっくり見上げれば、そこに凌と死魔と疲夜が立っていた。


「ジャーック!!!」


ツカツカツカと転がった男に近付くガットは、その胸ぐらを掴み上げて銃口を男の眉間に向けた。
血は出ていない。
カツン・・・と地面に落ちた銃弾は、微かな歯形が見られ、歯で受け止められた事が分かった。

ガットは怒り狂った顔をして、男、ジャックを銃で殴った。

凌が顔をしかめる。


「てめぇどういう事だ!! やっぱりてめぇが人間狩りやってやがったのか?!」

「・・・んだ? ガットかよ、久しぶりだな」

「答えろジャック!!」


もう一度ジャックを殴るガットの肩を凌が掴んだ。
「離せ!!」と怒鳴り上げるガットの耳に凌の静かな一言が響いた。


「ガット、そいつ、悪夢だ」


一瞬何を言われたか分からずに眉間にしわを寄せるガット。
しかし凌は冷静なまま、右目を開いてジャックを見つめた。

にやりと笑ったままのジャックが、さらさらと爪先から徐々に砂化していく。


「そうか、てめぇが獏か。だったら丁度良い」

「・・・悪夢の分際で、何の用だよ?」

「なぁ、コイツの夢ん中はサイコーだったぜ・・・!!」


凶悪な笑みを浮かべるジャックを離すガットが、驚愕の表情を浮かべた。
“悪夢”は高笑いをしながら見開いた目でガットと凌を交互に見る。


「いつもいつもいつも!! 毎晩毎晩!! コイツはうなされてこの男を恐れてる!! なぁ、獏!! こんなに居心地のいいトコはなかったぜ?!」

「・・・」

「ガット!! てめぇずっと疑ってんだろ?! この男を!! ジャックを!!」

「ッ」

「だから俺が正夢になったんだ!! そうだろ!! ヒャハハハハハッ!!!」


後ずさりするガットの襟を“悪夢”が掴み、高笑いしながらガットに顔を近付けた。


「教えてやるぜ!! てめぇの読みは外れてねぇ!! てめぇの顔に傷を付けたのはジャックだ!!」

「な、に・・・ッ?!」

「怨め!! ジャックを!! 存分によぉ!!」


右腕と肩だけが残された状態で、“悪夢”は叫び続ける。


「アイツはてめぇをどうとも思ってねぇんだよ!!!」


黒く渦巻き、夢は凌の腹へと収まった。
ガットは宙を見つめたまま、コバルトブルーの瞳をどこかに向け続ける。


「アイツはてめぇをどうとも思ってねぇんだよ!!!」


ジャックが・・・

やっぱり、と思うと同時に、まさか、と信じられない気分に陥る。
本物のジャックじゃないと分かっているのに。
その顔で、その口で、その声で。

「要らない」と言われたように思うのだ。

肩が重く、視界が真っ暗になった気がした。