走り疲れて斬り殺された、その夜に拾った子。

腐り果てた仁義を抱えて、道端に転がった子。

殺し合いの戦場で、地雷に空を舞った子。

死を直面して、魔の世界に足を突っ込んだ子。


どれも、私が生き返らせた、哀れな子。




63 :2人のジャック




+偽物+


「いって・・・」と顔を押さえて牟白がよろよろと立ち上がった。
頬に湿布を貼り付けて、怨みがましくガットを睨む。

それを受けて、ガットが牟白を振り返った。


「良かったじゃねぇか。もしさっきのが本物のジャックだったら・・・今頃頭蓋が砕けてるぜ」

「ケッ 数発殴ったくらいで頭蓋が砕けるわけねぇだろ」


ありえる訳がない、と言い張る牟白に、ガットが笑みを零した。
「普通ならな」と笑みを含んだ声は、まるで自慢するかのように弾んでいる。


「ジャックは俺と同じクローンだ。造られた筋肉は普通と違う。俺は暗殺用に暗闇に一瞬で慣れる目と、どんな微かな音でも聞き取る耳、そしてあらゆる銃へ順応する腕と肩の強化を強いられた」


拳銃をくるりと回してホルダーに納める彼は、「普通リボルバーなんか両手でガンガン撃てねぇよ」と苦笑する。


「暗殺用の俺と違ってジャックは突撃タイプ。その場にある物を武器にして戦う事ができねぇといけなかった。だからアイツは世界中のありとあらゆる武器に順応したしなやかな筋肉と、強靭な体力、そして握力腕力脚力を手に入れ、“最強”の言葉に相応しい戦士になった」

「・・・まるで改造だな、オイ」

「あぁ、そうだ。俺らは“天使”としてじゃなく“化け物”のように扱われてた」


即戦力が欲しかった研究所は、ガットとジャックを試験管に毎日のように詰め込み、急激な成長を図ると同時に脳に戦闘の経験や武器のデータを詰め込んだ。
殆どのクローンたちはその急速な成長に絶えられず、ひどく苦しみデータパンクを起こしたのだ。


「ジャックは例えその場にフォークとナイフしかなくても、苦もなくマフィア1つ潰しやがるぜ」

「どこのお食事会だよソレ」

「それだけ強いって事だ」


「俺が王に選んだ奴だからな」と言って歩き出すガットの背中を見やり、亜月と翔に帰るように言い付けた。


「山本はどこに行くの?」

「ちょっとガットについてくだけだ。牟白の奴頼んだぜ、疲夜」

「はい」


遠ざかっていく亜月と翔と疲夜、牟白の背中を見送り、凌が死魔を連れて歩き出した。
先を歩くガットに追い付くよう、歩調を早める。

ガットは静かに前を向いて歩いていて、その背中が何かから吹っ切れたような、そんな感じがして凌がふっと笑んだ。




+++




ポイズンはついさきほど聞いた杉村からの情報を繰り返し思い出し、顔を歪めた。
できるだけ人気のない道を選び、病院へと繋がる地下への扉がある場所へ向かう。
ふと顔を上げれば、その瞳にキモチワルイほどの青空が映った。


「てめぇが俺を生き返らせたのかァ?」


あの、甲高い、人の神経を逆撫でするような声。

あれは・・・今日のようにキモチワルイほどの快晴の下での出来事だった。




+++




病院を切り盛りしていたのが私と疲夜だけだった頃。
あれは反吐が出るような快晴の下。
私は闇光世界で栄える繁華街に薬の材料を買いに行って帰ってきた時の事。


「おや」


一体の、焼死体を見つけた。


「ほう。これは珍しい死体だな・・・全身火傷か」


病院のたくさんの仕事をたった2人でやりくりするのは無理があったから、丁度いいと踏んだ。
私はその死体を担ぎ、病院へ運び、疲夜を生き返らせたあの夜のようにその男を生き返らせて・・・しまった。


「てめぇが俺を生き返らせたのかァ?」


生き返った男はそう言い、いやらしい笑みを浮かべた。
最初から私と根本的に反発しあうような、そんな男だった。
何に対してもなげやりで。
そりが合わなくて。
だから、“腐った仁義”から、“腐仁”と名付けた。

そして、コイツは破壊的だと、そう思った。

破壊的な者はいずれ厄介になるだろうと思い、生き返らせてそうそうにこの手で殺そうと思った。
しかし、それは出来なかった。


「兄さん!!!」


そう言って飛び込んできた妹の手に


凌を、見てしまったから。


腐仁に構っていられなくなって、凌の治療に当たった。
その時が丁度、ハルヴェラが殺された夜だった。
凌はそれから何度もトラウマで倒れるようになり、腐仁はいつの間にか病院から姿を消した。

何度か腐仁の居場所を探ったけれど、ようやくその居場所が分かったのは最近で。
whiteemperorのV席に成り上がったその経緯を聞き、殺さなければ、と強く思い直した。
アレを生き返らせたせいで他人の人生に狂いを生じたと言うのなら、私が責任を持って殺すしかないと、そう強く思うのだ。

私のせいでジャックやガットの人生を狂わせたのだと、強く思うのだ。




+++




「やっぱお前が見たのってさっきの男だったわけ?」

「うん、確か」


頷く死魔を見下ろして、ガットが顔をしかめた。
どう考えても話が合わないのだ。
やっぱりジャックが2人いるとしか考えられない。

それも、性格が真逆なジャックが2人、だ。

意味が分からずに取り敢えず歩を進めるガットを後ろから見やる凌がもう一度死魔に問いかけた。


「お前の家族を殺したジャックが何か言ってなかった?」

「え? 何かって何ですかー」

「何でもいいんだよ」

「うーん・・・あぁ、そう言えば携帯でどこかに電話してて何か喋ってたけど・・・もうその後は死んじゃったから覚えてませーん」

「あ、そう」


なんでそんな重い内容の事をさらっと言えんだコイツは、と呆れる凌とは逆に、ガットが足を止めて死魔を振り返った。


「オイ、その携帯どんなだったか覚えてるか」

「どんなって、銀色のでしたよー」

「ストラップにクラウンがついてなかったか」

「あ、ついてましたー」

「お前が死んだってのは、何日前だ」

「一週間くらい前ですけどー」


「何でですかー」と小首を傾げる彼女。
ガットは確信したようににやりと笑みを零した。


「ジャックの奴はその馬鹿力で必ず2日に1回は携帯を壊して替えてやがる。俺が3日前に聞いた話でも同じ携帯を持ってやがった」

「2日に1回って・・・どんなだよ」

「怪力ですー・・・」

「つーことは」


意味深に言葉を切って空を仰ぐ彼が青空を見つめて笑った。


「人間狩りしてんのはジャックじゃねぇ・・・ッ」




+++




「行け、ジャック」


聳え立つビルの上。
屋上のフェンスに腰掛ける腐仁が突っ立っていた“ジャック”に声をかけた。

“ジャック”は腰にぶら下がる鍵の束から1つ掴み、剣へと変えると30階はあるだろうそのビルから生身のまま飛び降りた。


「さぁ、バラしてバラしてバラしまくれェ」


おおよそ5分後には下は血の海だァ。