聞きやがれ。
俺の名前はジャック・J・ジッパー。

覚えろ。
俺の名前と顔と姿を。

脳みそに叩き込んで、二度と忘れんじゃねぇぞ。
この世でたった1人、俺が王だ!!
俺こそが、世界の頂点に立つ男だ!!

恐怖しろ!!

俺の名前は、ジャック・J・ジッパーだ!!!




64 :溶ける




+毒+


「ヒャーハハハハハハハハハ!! ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」


辺りに高らかな笑い声が響いた。
声の主であるジャックはごろりと転がった死体の上に立ち、全身に血を浴びている。
交差点のど真ん中にも関わらずそこに佇んでいられる理由はただ1つ。

最早、周りに生きている人がいないからだ。

車でさえもグシャリとへしゃげ、ビルにめり込んでいたり3つ重ねられていたり、と無惨なカタチとなってそこにある。
人といえる生物はもはやそこにはなく、鼻が曲がりそうなほどの鉄分の匂いが充満していた。


「ファッキン!! 殺りがいねぇなぁ!! もっと張りのある奴はいねぇのかよ!!!」


「うぅ・・・」と彼が足蹴にしている青年が血を吐き出した。
それを冷たく見下ろすジャックは鍵の束からナイフを選び出すと、青年の口を開けてナイフを構えた。


「運が悪かったな。くたばれクズ野郎」


ズブッと肉を刺す音と共に、彼の顔に血が飛び散った。
突き刺したナイフを爪先でぐりぐりと玩びながら顔に散った血を純白の袖で拭い、路上にツバを吐き出す。


「あーぁ、もう何人殺したかなんて数えてらんねぇ」


ゴキゴキと首を回すたびに音がなり、ジャックが剣を鍵に戻そうとしたその時だった。
ヒゥッと空を裂いて何かが彼の顔面向けて飛んできた。
ジャックは易々とそれをはたき落とし、それが何なのかしゃがみ込んで摘み上げる。


「・・・メス?」

「おやおや。随分と派手に人間狩りをするじゃないか」

「あ゙ぁ?」


声のする方にエメラルドの瞳が向く。
人間の死体を跨ぐ事なくそのまま歩いて近付いてくる、その白衣。

白いマフラーを首に巻いた包帯だらけの男は、ポイズンだ。

心なしか、ポイズンを見てジャックの口元に笑みが浮かんだように見える。


「 なんだてめぇ。説教でもしに来やがったのかよ」

「まさか。私も人間が大嫌いだから止めはしない。それに用があるのは君じゃなく腐仁だ」

「腐仁なんざいねぇよ」

「嘘は止めたまえ」


感情が1mmも籠もっていないその低い声に、ジャックが形の良い片眉を吊り上げた。


「君からは彼の腐った匂いがする」

「ハッ!! てめぇはどうやら鼻がいいらしいなぁ!!」


綺麗に弧を描く唇が微かに震えて「だが・・・」と呟いた。
地面に突き立てていた剣の柄を掴み、引き抜く。

小刻みに震える華奢な姿がポイズンの視界から一瞬だけ消えた。


「俺が大人しくてめぇに教えるようなイイ子チャンに見えたかぁ?! あ゙ぁ?!」


高笑い。
体を突き刺す殺気の方向に反射的にメスを飛ばせば、ジャックがそれを剣で真っ二つ切り落とす。
小さく舌打ちをしたポイズンが白衣のポケットから包帯を3巻き取り出し、しゅるりとジャックの手足に絡ませた。
隙をついてバランスを崩させる。

すかさず倒れかけた彼をメスで狙う。
確実に両目と心臓に向かって飛んだそれを、エメラルドの瞳が追う。
殺したか。とポイズンが気を緩めた瞬間。


「ファッキン!! なめんな!!」


右手に絡まっていた包帯をものともせず引っ張り、地面に剣を深く突き立てメスを交わす。
あまりの腕力に引っ張られた包帯を手放すポイズンに、剣の柄を持って逆立ちをしていたジャックが鍵の束から適当に4つ掴んだ。
ナイフへ姿を変えた1つ目の鍵をポイズンの顔面に向かって投げ、紙一重で避けた彼に今度はワイヤーが襲う。

ポイズンの動きを抑えたワイヤーを強引に引き、空へ飛び上がるジャック。
ワイヤーに引き摺られるように地面から足が浮くポイズン。


「くたばれミイラ野郎!!」


残った鍵2つが銃に変わった。


「ッ!!」


パァァアアンッ!!!

銃声が、響く。




+++




ピクリ、とガットが歩を止めた。

耳を欹てる彼の背中を見つめ、「いきなり止まんなよ」と文句を言う凌の言葉を無視する。
今の音は、銃声・・・?

人間界で、ましてや日本で銃声なんか聞こえるわけがねぇ。
しかもこの音。
リボルバーの、俺と同じ型の銃・・・。

まさか、と思うより早く走り出していた。




+++




硝煙たなびく銃口をふっと吹き、ジャックが切れたワイヤーの先を見る。
いや、あれは溶けたと言うべきか。
どろりと変形したワイヤーの先にポイズンの姿はなく、小さな煙が立ち上っている。


「・・・この匂い。毒か」


ワイヤーの先の鼻を突く匂いを嗅ぎ、ジャックが煙の先を見る。
煙を払うようにマフラーを巻き直すポイズンが、そこにいた。
その手には小さな小瓶が1つ。

あの瓶の中身が毒って訳か。


「名前は伊達ではないものでね」

「毒使いか」

「まさか。普通よりも詳しい程度だ」


「しかし私にコレを出させたのは君が初めてだ」と嬉しげな声が風に舞っていく。
紫のドロドロとした液体は、まさに“毒”と言わんばかりで。
ポイズンはコルクの栓を取って一滴だけ地面に伏した人間の死体に垂らした。
それはみるみるうちに肌を、筋肉を、細胞を溶かし、骨を露わにした。
そして骨さえもブクブクと溶けて、毒を垂らした人間の頬が綺麗にポッカリと滑落した。


「これは濃度100%の硫酸だ。まぁ、人間界で使われるそれとは異なる代物だがね」

「それで俺も溶かすってか?」

「いいや。君には特別こっちを使ってあげよう」


す、と白衣のポケットからもう1つの瓶を引っ張り出した。
先程のとは違って、透明でさらさらとした液体が入っている。


「これは私が自ら作った毒で“Pz9”と言う」

「ぴーぜっとないん?」

「毒としての効果は先程の硫酸の100倍だ」


ポタリ、と落としたPz9が、一瞬にして人間の頭蓋を溶かした。
煙がじゅっと噴き上がり、ポイズンの姿をぼやかす。


「君は特別、コレで溶かしてあげようか」

「ヒャハハッ 溶かされちゃたまんねぇな」

「体が徐々に溶けていく苦痛に叫ぶ顔を見てみたいものだが、どうやら君と私の間にそれほど力の差はないらしい」

「あ゙?」


小瓶を指で玩ぶポイズンにジャックが鋭い視線を浴びせた。
突き立てていた剣を抜き、切っ先をポイズンの心臓へ向ける。
威嚇するようなその行為からも、不機嫌さがありありと見て取れる。


「てめぇ、誰に向かってそんな口聞いてやがる?」


不機嫌な声。
不機嫌な顔。

しかしそんなジャックの口元がゆっくりと持ち上がっていく。


「俺を誰だと思ってんだ?」


「ククク・・・」と小刻みに震える肩。


「whiteemperor第U席!! ジャック・J・ジッパー様だぜ?! ファッキン!! そんな毒が効くはずねぇだろ!!! ヒャハハハハハハハハ!!!」


狂った笑い声がまるで地面を揺るがすように響いている。
そんな彼を、ポイズンが細めた目で見据えていた。