「ジュリエットはバルコニーから体を乗りだしこう言った。“あぁロミオ。貴方はどうしてロミオなの?”」


革製の漆黒の帽子を深く被った男は大きな独り言のように、片手に持ったシェイクスピアの本を朗読する。
「難儀な話だね、まったく」と困った顔をする男。


「“俺はアンタのためだけにある”くらい言ってやらなきゃ、ロミオさん」


ピーン、と彼の弾いた金色のコインが宙を舞った。




65 :帽子男




+beens family+


笑い声と、銃声、そして金属音。
とても1対1の闘いとは思えないような騒音がそこらに響いていた。
男は本の活字を追っていた目をくるりと音のする方へ傾けた。


「騒々しいなぁ。折角の休日を人間界でしずか〜にナンパして過ごそうとする俺様の妨害をするのはどこのどいつだ?」


騒音のする方へ歩をすすめる。
時折襲い掛かってくる爆風に、「どんな喧嘩だよ」とつっこみをいれつつ本にしおりを入れた。
瓦礫からひょっこり顔を出して見れば、視線の先に戦闘を繰り広げている銀髪と灰色の髪が目に止まる。


「ん? ジャック? しかも相手はあのポイズンか?」


「どえらいことになってんな」と冷や汗が垂れる。
つーか、ジャックは今たしかフィラメンカ潰して廻ってんじゃなかったのか?
俺様が聞いた話じゃそうなってたはずだ、うん。

じゃぁありゃ誰だよ。
訝しげに瓦礫越しにジャックを見やり、辺りに視線を流した。
青々とした快晴の下でご苦労様な事で・・・と呆れ半分に溜息をつき、上を向くと。


「あ」


頭上に、腐仁発見。

ビルの上で楽しそうにジャックとポイズンの戦闘を見ている。
そこでふと、腐仁の鍵の能力を思い出して「な〜るほど」と手を叩いた。


「また腐仁の悪ふざけか」


さて、どうしたものかね。
かたや戦闘タイプに幼少の頃から育て上げられた殺しのスペシャリスト。
かたや人体の全てを知り尽くしたド級Sの毒使い。

俺様あんな中に仲介に入ってって生きてられるかな・・・

冷や汗を垂らしつつ、男は一歩足を踏み出した。
そして丁度ジャックの剣の切っ先がポイズンの喉元を捕らえた所に割り込み、指でコインを弾いて剣の軌道を逸らす。
逸れた剣にポイズンの顔の包帯がすらりと切れた。

ポイズンを仕留め損ねたジャックは不機嫌な視線を、コインの飛んできた方へぎらりと向ける。
そんな彼に、男がひらひらと手を振った。


「ようよう。そんなトコで殺し合いなんてすんなよな。近所迷惑になるだろ」

「あ゙ぁ? てめぇ・・・バンズ・ヘルパーか?」

「お、なんだ。忘れてなかったか」


「そうだよ」と笑って帽子を押し上げる男、バンズがだるそうな視線をジャックに向ける。


「いい加減悪ふざけはよしたらどうだ、腐仁」


“腐仁”と聞いてジャックが「またかよ」と肩を竦めた。
呆れ半分疲れ半分の顔でバンズを睨む。


「どいつもこいつも腐仁、腐仁・・・俺は腐仁に見えるってのか?」

「いーや。お前はジャックに“見える”けどな、“操って”んのは腐仁だろ?」


「なぁ」と少し大きな声で、バンズが空を仰いだ。
ビルの屋上に向けて発せられたその声に、ジャックが舌打ちして剣を鍵に戻した。


「興ざめだ」

「お、帰るのか?」

「今日はな。それに、目的は果たした」


くるりと踵を返したジャックが、微かに笑った。
それと同時に、何かが走ってくる音がする。
その方へ顔を向けると、崩れた瓦礫の間から息を切らせたガットが飛び出してきた。


「ジャ、ジャック!!」


辺りの様子に驚愕の顔を隠せない彼が、歩き去ろうとするジャックを呼ぶ。
しかしジャックは歩調を緩めることなく、淀みない足取りで壊れていない民家の扉に白い鍵を差し込んだ。


「おい待てジャック!!!」


パタン、と閉まった扉に向かい、ガットが叫んでいた。




+++




「俺様の名前はバンズ・ヘルパー。趣味はナンパ。好きなものは女の子」


堂々とそう自己紹介したバンズが、ガットを追いかけてきていた凌の横を通り過ぎ、死魔の手を握った。


「と、いう訳でお嬢さん。俺様とデートし」

「死ねこのタラシオヤジ!!」


台詞を最後まで言うこともできずに、バンズがガットの蹴りにより前のめりになる。
蹴られた背中をさすりつつ、「何だよ乱暴だな」と唇をとがらせた。
そんな彼を見やるガットの目は冷めきっている。


「てめぇバンズ。何でこんなとこにいやがる?」

「俺様の数少ない休暇を可愛い女の子をナンパするのに使うために決まってるだろ?」

「このボケが!!」


ドゴッ、ともう一度蹴りが飛ぶ。


「てめぇblackkingdomの許可なく一介の天使が下界に下りてきてんじゃねーよ!!」

「ちょ、痛い!! そんな言い方ないだろ?! 俺様が下りてきてなきゃこんな惨事じゃ済まなかったぞ?!」

「うるせぇ!! ただの偶然だろーが!! ナンパ目当てに下りてきた奴が威張ってんじゃねーよ!!」

「痛い痛い痛い!!! 暴力反対!!」


何度も蹴られた背中をさすり、「相変わらず乱暴な奴だ!」とバンズが非難の目をガットに向けた。
凌はそんなやりとりを欠伸をしながら見据えている。

そこにはいつの間にかポイズンと死魔の姿はない。
恐らく面倒になって帰ったのだろう。
そんな中、ガットは大きな溜息をつき「で?」と眉間のしわを一層深くする。


「本当のところは何の用で下りてきてた」

「いや、だからナンパ・・・」

「それはもういいから本当の用件を言いやがれ!!」


怒鳴るガットに肩を竦めるバンズ。
身長も歳も見る限りバンズの方が上だと言うのに・・・

呆れて目を細める凌に、不意にバンズの灰色の瞳が向く。


「キミ、杜若の息子だろ?」


唐突に出て来た忌まわしい名前に、凌の機嫌が悪くなる。


「・・・そーだけど、何だよ」

「キミに俺様のボスから伝言がある」


「ここじゃ何だから、場所を移そう」と、バンズが柔らかにほほ笑んだ。




+++




「俺様はbeensファミリーの一員で、現在のボスはグリプ・メイリー・カーンと言う」

「ビーンズファミリーなんて聞いたことないし」


夢喰い屋に戻ってきてソファにもたれ掛かる凌がだるそうに返事を返す。
壁に寄りかかって話を聞いてるガットが、「そりゃそうだ」と口を挟んだ。


「beensはディーサイドの後に作られたマフィアなんだ」

「ふーん」

「杜若がまだblackkingdomの最高裁判官だった頃、同時期にwhiteemperorのボスをやっていたのが、今の俺様のボスの兄、ライパビ・メイリー・カーン」


「これから話す事は、その人からの伝言だ」と真剣な顔を凌に向けた。
顔をしかめる凌の向かい側のソファで、亜月から受け取った麦茶を飲み干すバンズ。


「なぁ・・・キミは、聖界の存在を信じてるか?」


帽子の影が落ちたバンズの瞳が、暗く、凌を見つめている。