植物の上に動物が立ち、動物の上に人が立ち、人の上に我々悪魔や天使が立つ。

そして更にその上に。

玉座、シャングリラ、聖界。
そう呼ばれる場所がある。




66 :独裁主義世界




+聖界+


「聖界って・・・んなもんあるわけねーだろ」


ソファから立ち上がり、切れた口端に翔に絆創膏を貼って貰っている牟白の横から麦茶を取り上げる。
見れば凌のグラスにはもう麦茶は残っていなくて、牟白が「てめッ」と口を開いては「いてて・・・」と蹲った。


「あんなもん伝説みたいなもんだろーが。ムー大陸みたいな?」

「あぁ、そうだ。だから聖界を皆口を揃えてこう呼ぶだろ?」


からからとグラスの中の氷を回すバンズ。


「“シャングリラ”ってよ」

「だから、そのシャングリラだって本来伝説だろーが」

「いいや。そこはまさに理想郷だ」


「あるんだよ、聖界は」と真剣な声色に、凌が眉を顰める。


「・・・まるで見てきたみたいな口ぶりだな」

「あぁ・・・見てきたからそう言ってるんだ」

「は?」


素っ頓狂な声が上がる。
それも1つではなく、凌と、牟白の2つだ。

バンズはそれが当然の反応だと言わんばかりに、そのまま話を進めた。


「俺様を含めたbeensファミリー。そして、今のガットたちより1つ前の代のblackとwhite。計数十万を超す勢力がその“シャングリラ”に起こした暴動。それがディーサイドだ」

「・・・俺たちは昔っからネーログェッラはあってもディーサイドは本当はなかった、ただのでっち上げだって聞いてたぜ」

「それこそ、でっち上げだ」


「いいか?」とテーブルに身を乗り出すバンズを見て、凌がソファへ深く座りなおした。
牟白も絆創膏を貼られつつ、視線を彼に向けている。


「ネーログェッラもディーサイドも本当にあった戦争だ。それなのに何故ネーログェッラだけ公にされ、ディーサイドは“無かった事”にされたのか。それは聖界が存在しないと思わせないといけなかったからだ」

「は? どーゆーコトだよ。意味わかんねーよ」

「人間界に・・・ドイツだったか、ヒトラーってのがいただろ」

「あー、ナチスの」

「あとマリーアントワネットやムッソリーニ、数々の“独裁政治家”どもがいただろう? 食物連鎖のピラミッドでも、頂点に立つものには世界を左右する力が与えられる。 それが人間だったり悪魔や天使だったとしたら、たとえ独裁だとしてもまだまだ甘い」

「・・・」

「だがそれは人間の独裁なら人間界の、天使なら天国、悪魔は地獄、そう区切られた小さな囲いがあるからそう見えるだけだ。だがもしそれが世界規模だったら?」

「世界、規模?」

「もし下界も天国も地獄も魔界も・・・全てを制する聖界と言う場所があるとしたら? 神だけの、それこそ7日で世界を創造してしまうほどの世界があるとしたら?」

「・・・」

「きっと、世界はパニックになる。史上最強の独裁主義世界がそこに存在する事になるからな」


「だから、聖界に対しての暴動であるディーサイドは“無かった”事にされた訳だ」と肩を竦めるバンズが、不意に表情を緩めて亜月に「おかわりくーださい」とほほ笑む。
呆然とする凌と牟白が、確認するようにガットに視線を向けた。

それに気付いたガットは、面倒くさそうに「まじだぜ」と溜息をつく。


「聖界の存在はblackkingdomとwhiteemperorの幹部14人にしか教えられない極秘情報だ」

「・・・え、何それガチで言ってんの?」

「嘘ついてどうするってんだよ」

「そーですよねー・・・あー・・・うん」


暫くうろうろと視線を動かしていた凌が、不意にクッションを抱えてソファに寝転がった。


「意味わかんねぇから俺寝るわ。あとよろしく唐辛子」

「は?! ふざけんな!!」

「いやーだってほら、聖界があるとかさ、うん、そんなん聞かされてもどーしよーもねーよ」


珍しく冷や汗を垂らしている凌がクッションからそっと顔を上げた。
亜月に麦茶を新しくついでもらったバンズはそんな彼を見下ろし苦笑する。

「まだ話終わってないんだけど」と頬をかく。


「で、その事を踏まえて伝言の話聞いて欲しいんだけどね・・・」

「えー・・・嫌なんだけどー」

「そんな事言うなよなぁ・・・俺様だって早く伝言すませてナンパ行きたいんだから」

「いいから話せナンパオヤジ」


バンズの頭を踏みつけるガットに「痛い痛い」と悲鳴を上げ、分かったよと言わんばかりにガットから距離を取って話し始めた。


「その聖界は今3人の神がいてね、そのうちの1人がwhiteemperorにいるんだけど・・・前のボス、つまりライパビが君に頼んだのはその3人を殺してほしいって事なんだよね、これが」

「いや、何で俺?」

「言っただろう? ライパビがwhiteのボスの時、blackの最高裁判官がキミの父親の杜若だったって。2人とも結構仲が良かったのよ」

「・・・・・・」

「んで、杜若の息子ならできるはずだって言って、伝言を残したわけよ」

「・・・えー・・・」


顔をしかめ、あからさまに嫌ですと言わんばかりの声色になる凌。
その脇で、牟白が「で? その3人のうちの1人ってのは誰なんだよ」と口を挟んだ。

バンズはその問いにちらりとガットへ視線を投げ掛けてから、再び凌に灰色の瞳を戻して唇を開いた。


「腐仁だ」




+++




プルル・・・と薄暗い部屋に鳴り響く電子音。
それを聞き、アントラがパソコン画面から顔を上げた。
腕を伸ばし、受話器を取る。


「はいはーい。こちらアントラ・ター・ビッキ」


徹夜明けの眠たい声で応じれば、電話口で呆れたような、そんな溜息を零される。


『・・・私だ』

「・・・ん? あれ、その声・・・」


聞き覚えがあるにしろ、本来聞くはずのないその声に、アントラの眠気が吹っ飛んだ。


「ポイズン博士・・・?」


嘘だろ、と言わんばかりのその声色に受話器の向こうから「あぁ」と返事が返ってきた。