生命に溢れたその玉座は、シャングリラ。




68 :願い




+最後の言葉+


恥ずかしそうにどもりながら手を差し出すグリプに、戸惑いつつ手を差し出し、凌は目を細めた。
声変わりもしていないようなその高い声が妙に耳に付く。


「・・・何これ。何の冗談?」

「冗談じゃないんだな、これが」

「す、すみません・・・こんな子供が、ボスなんてやってて生意気ですよね・・・」

「いや、そんな事言ってねぇけど」


慌てて頭を下げるグリプが苦笑を零して申し訳なさそうな顔をする。
「まぢかよ」とゴーグル越しにグリプを見下ろし、牟白が呆れた声を零した。

ゆっくりと真っ白の世界を歩き出す4人。


「にしてもボス、1人で屋敷から出てきたのかい?」

「う、うん。最初は誰かに頼もうかと思ったんだけど・・・みんな忙しそうだったから・・・」

「おいバンズ、コイツ本当にアンタのボスなのかよ」

「だからそうだって言ってるだろ?」


いや、それにしちゃ威厳と言うか何というか・・・マフィアのボスとして大切なものが悉くないだろう。
こんな子供、どこかそこらへんに居る天使とそう変わらない。


「言っておくけどボスはこう見えて神様なんだぞ」

「・・・え?」

「神様ぁ・・・?」


これが?と顔を見合わせる凌と牟白にグリプがぺこぺこ頭を下げて謝った。
上下するオレンジの髪が柔らかく揺れる。


「ぼ、僕、いつもお兄ちゃんに頼ってばっかりだったから・・・こんな、1人じゃ何にもできない性格になってしまって・・・す、すみません」

「あーいーよいーよ。もう謝んなくて。いちいち面倒臭いから」

「あ、はい、すみません」

「・・・俺の話聞いてた?」


困ったように眉尻を下げて笑うグリプは、ゆっくりした足取りで真っ白の道を進む。
人影は1つもない。
それを不審に思ってキョロキョロと視線を動かしていると、不意にバンズがケラケラ笑った。


「何キョロキョロしてんだ?」

「人がいねぇと思ってよ」

「あ、あぁ・・・そ、それはここがbeensファミリーの敷地だからですよ」

「ここ全部?」

「は、はい。そうです」


「白い壁で覆われる一帯が全てbeensの敷地ですよ」と苦笑するグリプ。
それは相当な広さだ。


「そういえばディーサイドの後に出来たんだっけか?」

「は、はい。beensファミリーはお兄ちゃんが死んでしまう前に、僕のために残しておいてくれたんです」

「兄貴って確かライパビとか言う・・・」

「ラ、ライパビ・メイリー・カーン。前のwhiteemperorのボスだったんですよ」

「あぁ、聞いたよそれ」


頭をかきながらぼんやり歩く凌の紅色にの瞳に、大きな屋敷が映った。
いつの間にか辺りには綺麗な青々とした草木が生えていて、シンメトリーな空間が広がっている。
とても華美なバラの庭園やレンガのロード。
その先に続くアーチをいくつもくぐり、大きな扉の前につく。

そこでくるりとグリプが踵を返した。


「あ、改めまして・・・ようこそbeensファミリーへ」




+++




「・・・おいグリプ。誰だよそれ」


ボスの部屋だと言うのに、そのゴージャスなソファに寝転がって本を読んでいた黒髪の男が重たそうに頭を上げて凌と牟白を見た。
綺麗なオレンジの瞳が鋭い目つきでくるりとグリプに向ける。

グリプはそんな彼に困った顔を向けた。


「え、えーっと・・・こっちがゾムリス・ビクス。ぼ、僕の事をよく手伝ってくれるんです」

「どーもどーも」


ゆっくり起き上がってたばこに火を付けるゾムリスの隣の、空いたソファに座り込むバンズ。
それに溜息をつきながら、グリプが向かい側のソファを凌と牟白に進めた。
それに従って座り込んだ2人に、ボスであるグリプ自身が紅茶を入れる。


「ど、どうぞ」

「お前、苦労してんだな・・・」

「い、いえ。慣れてますから」


更にゾムリスとバンズの分の紅茶も用意しおわってから、グリプもソファに座り込んだ。
一口含んで一息ついた彼は、ふぅ、と溜息をついてから「えーと・・・」と唇を開く。


「ま、まず、何から話したらいいのかな・・・」

「とりあえず何でこの獏クンに頼んだのか、話したらどうだいボス」

「そ、そうだね。えっと実は、僕のお兄ちゃんと貴方のお父さん・・・杜若さんは仲が良かったんです。blackとwhiteは当時同盟関係にありましたから。それで、お兄ちゃんは杜若さんを信頼してて・・・だ、だから息子の貴方に全てを託したんです、分かりますか?」

「いや、お前のにーちゃんと杜若が仲が良いって事は分かったけど。俺が何よりききてーのはあれだ、聖界の事なんだけど」


面倒くさげに顔をしかめ、紅茶のカップを摘み上げ、飲む素振りも見せないくせにそこに映った天上を見据えた。
グリプは“聖界”と言う単語に眉をひそめた。

もう一度紅茶を飲むグリプの、話ずらそうな顔を察し、ゾムリスが代わりに口を開く。


「聖界の、何が知りたい?」

「何って・・・とりあえず一通り話してくれると助かるんですけど」

「一通りねぇ・・・」


ふーと煙草の煙が立ち上る。


「なら、一通り話してやろうじゃねーか」





+++




この世は5つの世界で成り立っている。
闇、光、人、魔、そして聖。
世界は植物の元に富み、動物の上に生き、人が立ち、天使や悪魔が飛び交い、神々が君臨する。

全ての頂点、世界のトップ。
そこに居座るものは世の全てのものを掌握し、思いのままにできると言う。
最強の独裁主義世界が、そこにはあった。

しかしそれは極秘の事実。

天使や悪魔の選ばれた14人。
それらにしか知らされる事のない真実。
そしてそれを嫌悪したのが、グリプの兄、ライパビと、杜若だった。

杜若とライパビはそれぞれ悪魔と天使を引き連れて、聖界に侵入し、神々を殺す算段を立てた。
しかしそれは叶わなかった。
先に、ネーログェッラが勃発してしまったのだ。
闇と光を裂いて起きた戦争は、二つの世界を分断し、ディーサイドを起こす事を不可能とした。

想定外のそれに、ライパビは焦り、何とか杜若とコンタクトを取ろうとした。
だが、ライパビが獏家を訪れてみたその時、そこは既に血の海だった。

杜若は息子に喰われ、blackkingdomは統制を失った。
そんな闇に力を借りる事はできない。
そう判断し、ライパビは早急に事を進めた。
自分のたった1人の幼い弟のためにwhiteemperorのかつての幹部を引き抜いてbeensファミリーを作った。
そして、残った天使たちとともに、聖界に乗り込んだ。

しかしその闘いは無謀だったと言う。

血を流すのは天使ばかり。
神々には傷を付けることすら叶わず、ディーサイドはおとぎ話として語り継がれていった。




+++




「聖界は絶対的力を持った世界。そしてそこは生命に溢れている、まさにシャングリラだ」

「ぼ、僕のお兄ちゃんは僕に言い残しているんです」


シャングリラに君臨する、3人の神を殺しなさい、と。


「そ、そのうちの1人が、whiteにいる腐仁なんです」


「ど、どうか」と哀しげな顔をするグリプがぎゅ、と手を握って凌を見上げる。


「ぼ、僕に力を貸してください」