もし私が悪魔に生まれていれば。
きっと今のような残酷な生活ではなかったはずだ。
71 :whitecapel
+数字持ちの男+
突然集められた凌たちを前に、グリプが申し訳なさそうに眉を垂らした。
「ご、ごめんなさい」とボスらしかぬ発言をしながら、焦った様子でゾムリスの袖を掴んだ。
「い、急がないと・・・抜け道を全てwhiteにマークされてしまうんです」
「どういう事なんだい、ボス」
朝風呂でも入っていかのか、濡れて艶の増した黒髪を靡かせ香王が顔をしかめた。
彼女だけではない。
殆ど者もが何故だと眉をひそめる。
「抜け道は確実に確保しただろう?」
「そうやそうや。アントラとも連絡とってわざわざ・・・」
「そ、それをどこからか嗅ぎ付けたblackkingdomが、whiteのボスに告知したんです!」
ザワリ、と皆が澱んだ。
blackkingdomが、whiteemperorに?
「何でblackが?」と冷静に言葉を紡ぎ出すバンズに、グリプが顔をしかめる。
「わ、分からない・・・でも、でも今ボクの部屋に連絡が入ったんだよ」
「誰が、何だって?」
「・・・」
小さな沈黙を作り、ゆっくり唇を開く。
「ほ、whitecapelのボス、L-12から、です」
「ホワイト・・・チャペル?」と首を傾げる牟白に、ゾムリスが説明を始める。
「光の世界は闇の“利潤主義”と違って“マフィア界”だ。数々のファミリーが存在し、その頂点にwhiteemperorが君臨している」
「で、そのwhitecapelってのは何だよ」
「そのwhiteの同盟ファミリーだ。そうだな・・・blackで言うblackring社みてーなもんだ」
ポケットから取り出した煙草を口にくわえると、傍に立っていたメルがライターを差し出した。
それを受け取り、火を付け煙を吐き出す。
灰色の煙はぽっかりと天上へ登っていった。
「じゃぁその“リンド”とか言う奴は・・・」
「capelのボスだ。Lの12。そう書いてリンド-トゥエルブ。数字持ちの男」
「数字持ちの男?」
眠たい目をゾムリスへ向ける凌。
しかし実際にその答えを返したのはゾムリスではなく、癖のある黒髪をいじるひなしだった。
「数字持ちってのは本来“No.”言うてな? 時折おんねん。名前に数字が入ってる奴が」
「数字持ってるとどうかなるのかよ?」
「さぁ? よぅ分からんわ。ただ自分らで“No.”を名乗ってるっちゅう話や」
「ふーん・・・やべー奴なわけ?」
「いや、それはない。リンドはイイ奴だ。マフィアのボスとは思えないほどね」
唐突にひなしを後ろから抱きしめ、バンズがにっこり笑う。
しかしひなりは冷めた目でそれを睨み、見事に顔面へ裏拳をくらわせた。
よろよろとよろける彼は、性懲りもなく香王の方へ手伸ばし、ペシンッと勢いよくはたき落とされた。
赤くなった手の甲にふーふーと息を吹きかけながらバンズが苦笑を零す。
「り、リンドさんが今抜け道を1つ確保してくれてるんです。だから早く出発を・・・」
『グリプ・メイリー・カーン様』
「ヒィッ」
不意に背後から聞こえた声に、グリプが肩を揺らした。
勢いよく振り返れば、そこにまるで墨を被ったような黒髪の少女が光のない瞳でグリプを見ていた。
その小さな手には小さなスピーカーが握られていて、そこから声が零れている。
「は、春風さん・・・?」
『お久しぶりですグリプ様。L-12です』
「り、リンドさんッ」
『スピーカー越しで申し訳ありません。春風に伝言を頼めればいいのですが・・・何分この子は声が出ないもので・・・』
ジジジッと掠れる声が、「さて」と紡ぎ出す。
『お急ぎいただきたいグリプ様。アントラ様が用意されていた抜け道はwhiteemperorの部下によって固められています。あとは私どものcapelより繋がれるもののみ』
「わ、分かってます。今出発しようと・・・」
『それは良かった・・・では春風に案内をさせます』
「失礼」と優しげな声が聞こえたが最後、ブツッと通信が切れた。
春風と呼ばれた少女は無表情のまま、スピーカーを懐へ戻し、踵を返す。
まるでついてこいと言わんばかりの彼女を見て、グリプが凌たちを不安げに見上げる。
「そ、それじゃぁみんな・・・あとは頼んだよ」
心配で潰れそうなグリプを頭を撫でると、バンズが余裕の笑みを零して春風へついて行こうと歩を進める。
それを追うようにゾムリス、ラスター、香王、そして凌と牟白が部屋を出た。
「あんまり心配すんなよボース」
呑気なバンズの声に続いてラスターがクスクス笑う。
「俺らだって元whiteemperor幹部だぜ?」
すぐ終わるよ。
こんな哀しい復讐劇は、さ。
+++
世界には全て階級がある。
万物はそれに従い、弱者と強者に分けられる。
神、天使悪魔、そして人間。
食物ピラミッドと同じだ。
昆虫が人間に勝てないのと同じように、天使や悪魔は決して神と渡り合えない。
獏家のものが“最強”と呼ばれるのは、この意味もあった。
獏家当主に代々伝わる右目。
それは「破壊を呼ぶ」と呼ばれている。
見つめられれば砂となり、森羅万象を“なかったもの”にしてしまう。
神々を“万物創造の神”と崇めるならば、獏は“破壊神”と言える。
「だから、凌さんを送り出したんですかー?」
「・・・そうだ」
「でもあの人弱そうでしたよー? この前薬届けに行った時簡単にふっとんじゃったしー」
「・・・」
頭の後ろで腕をくんでポイズンを見上げる死魔に無言で拳骨をくらわせて、再び歩き出す。
それを見ていた疲夜が溜息をつきながら死魔の頭をさする。
「かつて起こったディーサイドも、当時、獏家当主だった杜若がいなかったために失敗したと言ってもいいほどだ」
「でも博士。腐仁は貴方が殺すのでしょう?」
当たり前だろう、と言わんばかりにポイズンが疲夜を睨んだ。
「腐仁?」と首を傾げる死魔に、殺舞が言葉を紡ぐ。
「死魔を殺した奴だよ」
「え? あの銀髪の人?」
「それはジャック・J・ジッパーの幻影でしょ。それを操ってた本体のほうさ」
「ふーん・・・?」
「・・・死魔、理解できてる?」
「ううん」
「あぁ、そう」
呆れるわけでもなく淡々と反応する殺舞。
ポイズンはいつもの白衣をバサリと羽織、白いマフラーを巻き直した。
全身にまかれた包帯は痛々しく、ただ殺意に燃えた金色の瞳がゆっくりと動き、自ら生き返らせた疲夜、殺舞、死魔を見下ろす。
「行くぞ」
くるり、踵を返して歩き出す。
「あの男は、私が殺す」
「そんなに嫌いなんですかー?」
「嫌い? いや、嫌いと言うわけじゃない」
カツンカツンと響く足音が不意に止まり、ポイズンが目を細めた。
「あんな男を生き返らせてしまった私の失態。それが憎い、それだけだ」
ふわりと揺れる彼の灰色の髪の合間に見えた表情に、3人は息を飲んだ。
+++
薄暗い部屋に籠もって、アントラはパソコン画面を前に頭を抱えた。
まずい、どこから漏れたんだ?
ポイズンとの電話の内容。
『whiteemperorへ乗り込む際に援助したまえ』
ポイズンにはいつも借りがあった。
あの荒れくれ者の後輩、ジャックがいるのだから部下やアントラ自身も生傷が絶えないのだ。
しかし、アントラも光の頂点に君臨するwhiteの幹部だ。
どんなに知り合いだろうと、部外者を易々とファミリー内にいれる事は許されない。
だが、そんなアントラの正論なんて、ポイズンのたった一言によって斬り捨てられてしまった。
『君に拒否権はない』
そんなぁ、と文句を垂れれば垂れるほど、受話器越しの声は低くなる。
殺気すら感じはじめ、背筋が凍ったほどだ。
『殺さなければならない男がいる。それさえ殺せば君のファミリーに危害を加えるつもりはない』
そんな電話をしたのだ。
それで渋々と承諾したが、あくまでポイズン単体で、と言う条件で、だ。
しかしまぁどういう話なのか・・・
調べた結果whiteの同盟ファミリーのbeensまで出しゃばってくると言う。
あのファミリーは厄介だ。
何せかつてこのwhiteemperorの幹部だった者達によって作られたファミリーなのだから。
あくまで内密に抜け道を確保し、連絡を取っていたと言うのに。
いったいどこから漏れたのか。
予定の抜け道は全てクリスの命令で部下に封鎖されてしまった。
アントラはその報告を朝の会議で聞いてからずっと部屋に籠もって唸っていたのだ。
最終手段としてL-12に連絡を取って1つだけ抜け道を確保することができたが・・・
想定外の人物に借りを作ってしまった。
目の前を飛んでいく虫を追い払うために顔を上げると、いつの間にか目の前にジャックが立っていた。
吃驚して後ろに下がると、「よぉ」とポケットに手を突っ込んだまま笑うジャックがしゃがみ込んだ。
「アントラ。てめぇ分かってんだろ?」
「な、何が?」
「乗り込んでくる野郎どもの事だ」
「朝の会議で言ってただろ」と付け足す彼が流れる銀髪を耳に掛けて目を細める。
そのエメラルドの瞳はこれから迎えるだろう“望まれない客”に対する戦闘本能で埋め尽くされていた。
狂気に満ちた彼の笑みにゾクリと背中が凍り付く。
「そん中に、赤い髪の男がいるはずだ」
「宮武牟白の事・・・?」
「あぁ。2ヶ月半前、ガットとやり合った野郎だ」
くりくりと自身の銀髪を指に絡めて遊ぶジャック。
「昔のガットなら、人間上がりの一人や二人瞬殺だったはずだ。殺せなかったのは腕が鈍ったのか、もしくは殺さなかったのか・・・」
「・・・」
「理由はどうでもいい。アイツが“殺さなかった”奴がどんな奴なのか・・・試してみてぇんだよ」
「ヒャハハハハッ」と挑発するような高笑いが部屋に響き、ジャックが立ち上がる。
ジャラジャラと揺れる銀のアクセサリーたちがうっすら廊下から差し込む光を反射した。
「ファッキン!! 俺がいる事を知っておきながらwhiteemperorに乗り込むなんて馬鹿野郎どもだぜ!!」
響く高笑い。
アントラはそれに冷や汗を垂らし、なんとか事情を話さなくてはと危機感を覚える。
苦い顔をする彼の横を素通りした虫は、ふぃと扉の隙間を潜って廊下へ出た。
それはそのまま廊下を進み、とある指にとまる。
「キヒヒヒ」
指にとまった虫はしゅるりと姿を変えて鍵の姿に戻った。
それをベルトにかけて、腐仁が笑う。
「電話を聞いたのが誰かだなんて決まってんだろォ?」
ボスの部屋へと歩を進めつつ、腐仁が独り言を零した。
白い厚い絨毯が彼の足音を吸収していく。
「この腐仁様を甘く見るなよォ。キヒヒッ」
+++
春風に連れられて1つの扉を潜ると、見知らぬ部屋へと繋がっていた。
今まで居た屋敷と同じ様な、真っ白な壁と絨毯。
ただ違うと言えばその部屋の壁に飾られたエンブレムが違う、というところだった。
whitecapelと掘られた銀のエンブレム。
その下にあるゴージャスな椅子に座っていた1人の男がゆっくりと立ち上がって凌たちを振り返った。
右側が金髪、左側が黒髪と言う奇抜な髪色をしたその男は「どうも」と恭しく腰を折る。
役目を終えた春風が彼の左隣へと歩み寄り、同じ様に頭を下げる。
「私がL-12です。こちらが春風。山本さんと宮武さんは初めましてですね」
「どーも」
柔らかい笑みを零すリンドに軽く会釈をする。
「アントラ様から言われて1つだけ抜け道を確保してあります、こちらへ」
「ちょっと待ちなよ」
踵を返そうとするリンドを止める香王の凜と澄んだ声。
それに視線を流すと、彼女は深紅色の瞳でリンドを油断のなく見つめている。
「何でアンタが我たちの手伝いをするんだい? アンタ、capelのボスだろう」
「ですから、アントラ様のご命令で・・・」
「そうじゃないだろう」
「何を・・・」
「言っちゃ悪いけどアントラは第Y席だ。アンタみたいな勤勉な奴、普通はアントラよりもクリスの命令を守るんじゃないのかい? 何で我たちを手伝う」
「それは・・・」と声のトーンを低くして、困った顔をするリンド。
ますます警戒の色を含む香王の瞳に気付いて、バンズが「まぁまぁ」と宥めた。
リンドは春風の頭を撫でながら、「言わないでくださいよ」とおもむろに唇を開く。
「私はもともとマフィアのボスなんてやるつもりはなかったんです。天使に生まれたばっかりに、こんな場所でこんな事をしている。本当は悪魔にでもなって裁判所にいたい」
「・・・」
「決してwhite内では口に出来ない本音ですけどね」
苦笑をこぼしながら頬をかくリンド。
「色んな天使がいるもんだな」と小さく凌に耳打ちする牟白と共に鼻を鳴らした。
どうにもこの世界は不自由に出来ているらしい。
リンドは「おいでください」と隣の部屋へ続く扉を開いて笑う。
「私は貴方がたの様な方々が好きです。だからお手伝いをしたい。それじゃぁ駄目ですか?」
困った彼の青い瞳に、バンズが笑って「オーケーオーケー」と肩を竦めたが、香王だけはまだ疑ったような目でリンドを見つめていた。