腰抜け共に、用はねぇ。




72 :再会する、友




+銃撃+


リンドは屋敷の長い廊下へ出ると、その先へ足を進めて真っ赤な布の垂れ下がる小部屋へ入って行った。
そこを潜れば中に巨大な扉が1つ。
リンドはくるりと振り返ってその扉に手をかける。


「この扉はwhiteemperorにもしもの事があった時、向こうから同盟ファミリーであるここに逃れられるよう繋がれています。行く先はwhiteemperorの館の1階フロアです」


ガチャ、とリンドが取り出した鍵を差し込みぐるりとドアノブを回す。
薄く開かれた扉を背に、リンドが「最後に」と目を伏せる。


「向こうに着いたら全てアントラ様の指示に従ってください。もし万が一ジャック様と会ってしまった場合、全力で逃げる事をお勧めします」


「それではご武運をお祈りしています」と苦笑しながら扉を開く。
真っ白なタイルの広がるフロアへ、一人一人一歩ずつ進んでいった。




+++




「邪魔だ、どけゔぁか野郎」


愛銃のリボルバーで部下を軽く殴ってのし、ガットはようやくblackkingdomの屋敷から抜け出した。
細々と続く道を進んでいけば、崖の向こうに白い屋敷。
距離はあまり遠くないように見えても、実際に白と黒の屋敷の間には何重もの結界が存在している。

そして生憎ガットにはそういう類の知識はない。

彼はかかとを引き摺って歩きながら、崖の淵までやってくると右の太股に掛かったホルダーから白い鍵を取り出した。
今になってようやく、何故あの時ジャックが白と黒の鍵を片方ずつ持っていったか分かる。
いずれガットがwhiteに戻る時、この結界に阻まれないようにするためだろう。

ガットは暫く白いその鍵を見つめ、決心したように顔を上げた。


「長かったぜ、ったく」


少しは成長しているだろうか。
あの我が儘な我が主は。




+++




辺りを見まわしてみる。
辺り一面純白で覆われているその屋敷はblackkingdomとはまた別の雰囲気を醸し出していた。
さてどうするのかと凌がゾムリスやバンズに視線を送る。


「話じゃアントラが部屋まで案内してくれる筈なんだけどなー」

「どうにも手際が悪いな・・・なんかあったのか?」


首を捻るゾムリスに答えるように、次の瞬間フロアの奧に見えていた巨大な扉がメキリと歪んだ。
バキバキと音を立てて崩れ落ちる向こうに数人の人影を見つけて身構えるが、実際にはその必要はなかった。
扉の向こうに垣間見えた人影はそろいも揃ってフロアへ倒れ込み、ピクリとも動かない。

純白の衣服を纏っている事からwhiteの部下であることは間違いないのだが・・・

どういう事だ、と顔をしかめる凌の頭を唐突にバンズが掴んだ。
反論する間もなく「伏せろ!」と言う声と共に頭に重圧が掛かる。
床に膝を付いて屈み込むそれぞれの頭上を鋭利な何かが掠めていった。


「なッ」


勢いよく飛んできたソレは、ナイフだ。
幾数ものナイフが部屋の天上、床、壁を問わずに突き刺さる。
しかもそのナイフの柄にはキラキラとした何かが付いていて、目を懲らすとそれがワイヤーである事が分かった。
つまりはたった一瞬にして、部屋は鋭利なワイヤーで作り上げられた、まさに蜘蛛の巣と化したのだ。

いまいち状況を把握できていない凌と牟白を残して、それが誰の仕業なのか分かっているbeensの面々は冷や汗を垂らす。


「初っぱなからややこしい奴に会っちまったなぁ・・・」

「ふん、予想はしていた筈だろう」


苦笑するゾムリスに、香王が冷たく言いはなった。


「ここはwhiteemperor。アレと戦わないで落とせるような場所じゃない」


恐怖とも期待とも絶望とも言えぬ眼差しで崩れ去った扉の向こうを見つめる。
次第にカツカツとブーツが床を打つ音が聞こえ、それが姿を現した。


「ヒャハハッ!! 大当たりだ!!」


神秘的な銀の長髪を靡かせて、微笑みだけは天使に値するその美貌。
細められたエメラルドの瞳は好戦的で、華奢な体つきのくせにその場にいる全ての者に威圧感を与える両手の武器。

ジャック・J・ジッパー。


「・・・最悪だ」


どこからともなく、ゾムリスの低い声が聞こえてきた。

ジャックは切れ長の瞳で品定めするように伏せている凌たちを見やり、やがて牟白へその視線を注いだ。
あの紅い髪。
あれがガットとやり合ったとか言う野郎か。

ジャックは腰にぶら下げている鍵の束へ手を伸ばし、適当な鍵をすくい上げた。
掌の中でマシンガンへ姿を変えたそれを肩に担いで、「よぉ」と牟白へ声を掛ける。


「相手しろよ。そこの赤髪」

「・・・は・・・?」


唐突に振られた話に、牟白が素っ頓狂な声を上げると、ジャックはくっくと肩を揺らして笑った。


「てめぇがこの前blackでガットとやり合ったんだろ? 知ってるぜ」

「・・・」

「むしゃくしゃしてんだ。あの野郎俺が動いてやってんのにいつまで経ってもblackから出てきやしなくてよ」


「アイツの腕が鈍ったのか確かめてぇんだ」と凶悪な笑みを浮かべるジャックを見上げ、背筋が凍った。
何とも言えない恐怖が沸き立ってくる。
これは今まで相手にしてきた者たちなど比ではない。
絶大な力を体が真っ先に感じている。

アイツは、まずい。

この前ガットの夢の中から出て来た悪夢だったにしろ、それにすら太刀傷1つ作れなかった相手だ。
本物ともなると・・・想像ができない。

「早くしろよ」と笑うジャックの返答に困っていると、不意に隣から「そんな!!!」と言う声が上がった。
今度は何だと皆がそちらへ向けば、1人よろよろと立ち上がったラスターが両手をジャックに向けて広げている。
そして同時にそれに相対するジャックの顔が一気に険しいもの・・・むしろ青白さを帯びた。


「ジャック!! 何故私じゃなく牟白くんを選んだんだ?! 私はこんなにも君の美しさに惹かれていると言うのに!!!」


ゾワッ!!と寒気に襲われてジャックの顔色が更に青ざめる。
しかしラスターは特に気にする事なく両手を広げたまま、まさにハグするかのようにジャックへ向かって走り出した。

勿論、ジャックも黙ったままではない。


「〜ッ!!! うっぜぇぇぇぇええ!!! キモイ!! 寄るな手を広げるなこっち向くなしゃべんな出てけいっその事どっかで野垂れ死ねえええええええええ!!!!」


さっきまでの余裕はどこへやら。
必死になってマシンガンを撃ちまくる。
しかしラスターはそれを軽やかに避け避け避け・・・着実にジャックとの距離を詰めていた。

ある種の恐怖に襲われたジャックは容赦なく鍵の束をひっつかみ、手当たり次第に武器へと変える。
ナイフを眉間目掛けて投げつけ、避けられ。
ショットガン、ガトリング、散弾銃を使っては、避けられ。
手榴弾を投げては、避けられ。
挙げ句ランチャーを取り出しては「死ねぇぇぇぇえええ!!!」と言う雄叫びと共にラスターへ向かって何の遠慮もなく発射した。


「何でてめぇまでいやがんだラスター!!!」


硝煙で視界が悪くなったそこへジャックの怒鳴り声がする。
足を止めたラスターは服に掛かった煤を払いながら、にっこり笑う。


「勿論、君に会うためさ!」


満足げにキラキラとした眼差しを向けるラスターの背中を見やり、凌が隣にしゃがみ込んでいたバンズの服を引っ張った。


「これ、どーゆーこと」

「いや・・・ラスターは無類の“美しいモノ好き”でさ。ジャックの銀髪が今んとこ一番のお気に入りらしくて・・・」

「俺たちがまだwhiteemperorの幹部だった頃、ジャックとガットが引き抜きで入ってきてからずーっとあんな調子だ」


バンズの言葉を受けて続けるゾムリスが苦笑を零す。
「ジャック対策にはもってこいだな」と香王が鼻で笑う。
確かに効果は抜群だが・・・あまり見ていて気分の良いものではない。

むしろ、キモチワルイ。

呆然とラスターとジャックのやりとりを見ていたら、不意に天上付近にガガガッと言うスピーカーの接続音が響いた。
顔を上げれば、「あーあー」と言う声の後、耳を劈くような大声が轟く。


『コラァァ!! ジャック!!!』

「・・・あ?」

『何勝手に行動してんの?! ウチがちゃんと説明したでしょ?! っていうかあんまり大事にしないでよ!!! ウチの苦労を何だと思ってるの君は!!!」


キーン、と耳鳴りのする耳を押さえて、ジャックが顔をしかめる。
おそらくスピーカーのある方を見上げると、迷うことなく手に持っていたリボルバーをぶっ放した。
壁を突き抜けてガシャンッ!!という破壊音を上げると、喋っている途中だったスピーカーの向こうの声が途絶えた。

「ファッキン、うるせぇんだよ」と悪態つくジャック。
するとその言葉に間髪入れず、今度は別方向からスピーカー音が鳴り響いた。


『聞こえてるからねジャッーク!!!』

「なッ?! まだあったのかよ?!」


そして再びスピーカーを壊すが、やっぱりまた別方向から声がする。


『残念でしたー。ウチだって伊達に君の先輩を何百年もしてたんじゃないんだからね!! この部屋はもうウチの思うままだよ!!』

「・・・良い度胸してんじゃねぇかコルァ!!!」

『何言ったって駄目!! その人達に手ぇ出しちゃ駄目だからね!!!』

「うるせぇ引きこもり!!! てめぇは一生その部屋から出んな!!! 大体侵入者をそのままにしろってどういうこった?! あんまり俺の邪魔するようならてめぇから先に首ちょんぱにすんぞあ゙ぁ?!」


最早リボルバー自体をスピーカーに投げつけると、ジャックは再び鍵の束へ手を伸ばして2つ掴んだ。
1つは鉄の棒を幾つもつくり、一瞬ジャックの周りを浮遊したかと思えば、そのままもの凄いスピードで襲い掛かってくる。
それを避け、気付けばまるで檻のように四方を鉄の棒で塞がれていた。

身動きが取れなくなった状態を見て、ジャックがもう1つの鍵を剣へと変える。
長大な洋剣へと変わったそれは、すらりと光る。


「俺の邪魔する奴は誰だろうとぶっ殺す」


にやりと笑うと、ジャックは牟白を取り囲んでいた鉄だけを切り落とした。




+++




「武器を取れ。腰の日本刀をよ。本気でこねぇと瞬殺するぜ」


凶悪な笑みを浮かべるジャックを睨む牟白。
そんな彼の名前を呼ぼうと凌が口を開きかけると、不意に牟白が手を挙げて制した。
ゆっくり立ち上がって腰の二本の刀を抜き去る。


「てめぇが・・・ガットの言ってたジャック・J・ジッパーか」

「そうだぜ」

「思ってたより、優男なんだな」

「ファッキン! 見た目なんざどーでもいいんだよ」


トンッと軽く床を蹴って、部屋中に張り巡らされたワイヤーの上に立つジャック。


「俺は俺だ。ジャック・J・ジッパーだ!! ガットがどこまで喋ったか知らねぇが、俺はヴァルカンじゃねぇ!!!」

「・・・」

「その脳髄に刻んどきやがれ!!! ジャック・J・ジッパー!! 世界最強の名前だぁ!!!」


ワイヤーをバネのように利用して牟白に斬りかかるジャック。
それを二本の刀で受け止めるが、あまりの重量に腕が痺れる。

なんつー重さだ!

必死に初撃を受け流すが、休む間なんてものは無いと言わんばかりに斬り込みが襲ってくる。
刃と刃がぶつかる度に有り得ない重量が腕にのしかかる。
こんな華奢な腕のどこにこんな力があるんだよ・・・ッ!!

ギィンッ!!と弾かれた左の刃。
うっすらとヒビが入っている事に気付いて、冷や汗が垂れる。

思いっきり地面を蹴ってジャックと距離を置くと、既に息が上がっている事に気が付いた。
手だけでなく肩から下すべてが麻痺していて、刀を握る手が震えている。
驚愕の目でジャックを見れば、まるでそんな牟白の反応を楽しむようにジャックが笑う。


「気をつけた方が良いぜ。ジャックの剣は柄と刃で1トンある。まともに受け続けたら、その腕使い物にならなく・・・」

「うぜぇぞバンズ」


檻の中から身を乗り出して忠告するバンズの言葉に被って、ジャックのドスの効いた声がする。
そしてひゅっと視界を紅い何かが掠め、バンズ自身も何が起こったのか、と目を見開いた。

見れば、バンズの腕にナイフが3本突き刺さっている。

ナイフを投げたような素振りさえ見えなかった。
「いッ」と顔を歪めるバンズの手当をする香王とラスター。
ゾムリスと凌は眉を寄せてジャックを睨んだ。


「邪魔すんな。俺は今あの野郎と殺りあってんだ」

「てめぇジャック・・・ッ」

「知ってるはずだぜ、俺がどんな奴かって事くらい、痛いほどな」


「そうだろ? センパイ」と皮肉じみて笑うジャックに、ゾムリスが「ふざけんなよ!!」と叫んだ。
しかし不意に冷めた視線を向けてくるジャックに、図らずとも息を飲んでしまった。


「ふざけんな、だと? てめぇが言うなよゾムリス・ビクス。聖界が怖くて逃げ出した腰抜けどもが」

「ッ」

「よぉ、グリプは元気か? 相変わらずビクビクしてんだろうな? ホントにイラつく奴らだぜ、beensってのはよ!!」


パァンッ!!と銃声。
弾が埋まった床は、ゾムリスの足下で。
相変わらず冷めた目のジャックが見下したように笑い、銃口を牟白へ向けた。


「俺は流儀ってもんがねぇが、その分“負けられねぇ”っていうプライドがある」


ガチャ、と引き金に指をかけるジャック。


「てめぇら腰抜けを見てると、俺んなかのそれが疼いてしょうがねぇ」

「牟白! 避けろ!」

「ッ」


激痛の走る肩を庇い、銃口から目を離せない牟白。
ジャックは冷徹に笑う。


「あばよ赤髪野郎。死んだら聖界の奴らによろしくな」


パァァァン!!!

耳を劈く銃声がして、香王が目を瞑る。
反応しない体でそれを見つめる牟白の名前を凌が叫んだ。
ジャックの持つ銃口から硝煙がたなびいていく。

その場にいる誰もが、牟白の最期を悟った。

しかし。

パァァンッ!!

コンマ数秒の差で、もう一度銃声。
ジャックの銃口から放たれた弾と、どこからか飛んできた弾がぶつかり合う。


「なッ!!」


ぶつかり合った弾丸は互いに弾き合い、壁にめり込む。
その一瞬の出来事に、誰もが動きを失った。
ジャックでさえも。

状況を把握できないその空間に、ズッコズッコとかかとを引き摺る足音。
それと共に何か重たい物を引き摺る音が、崩れ落ちていた扉の向こうからして、一斉に視線がそこへ向かった。

段々と近付いてくるその足音に、ジャックが拳銃を下ろす。
そして、笑った。 その場では全ての物が扉の方を見ていたから気付きはしなかったが、確かに笑っていたのだ。


「カッ 手間かけさせやがって・・・」


扉の前に倒れ込んで山となっているwhiteの部下共を足蹴にして、ソレが姿を現した。
全身漆黒に身を包み、右手にリボルバー。
左手に失神したwhiteの部下。

風に靡く、見事な金色の髪。


「よーぉ。久しぶりだな、ジャック?」


そう言ってにやり、ガットは笑う。