コろす。殺ス。こロす。コロす。


何故こロス・・・?
理由ナんぞ知らン。


あの方々ガそう命ジタのだ。
だかラコろすのダ。

ソレ以上の理由ハいらヌ。




70 :役割と使命




+3つの同じ顔+


「ありがとうガット。ほんっとうにありがとう!」

「うぜぇくっつくな!!」


ついさっきまでの収拾のつかなかった場所を鎮め、更にアントラの部屋まで案内してくれたガットにアントラその人がお礼を言う。
それはそうだ。
もしあのままだったなら、きっとアントラの声も届かずまさに地獄絵図が広がっていただろうから。

ゴーグルを押し上げて目を擦るアントラが「本当にありがとう!」と何度も繰り返した。
さすがに鬱陶しくなったのか、ガットは眉間にしわをよせて彼を殴り、大きなソファ1つを我が物顔で独占しているジャックを振り返る。
再開時こそ笑顔は見せたものの、今のジャックはかなり不機嫌だ。
どうやら数年もblackkingdomに腰を落ち着かせていた事を怒っているらしい。

端正な顔を歪めて、そのエメラルドの瞳で思いっきりガットを睨んできた。


「てめぇどの面下げて来やがった」

「そうキレんなよ。俺だって普段した事もねーっつーのに努力してたんだぜ?」


むしろ褒めて欲しいもんだ、と苦笑を零すガット。
そのままソファの端の空いているところに座れば、多少睨みはするが、ジャックが端へと避けた。
銀色の長髪を邪魔そうにかき上げて、「で?」とガットを射抜く。


「戻ってきたって思って、いいのか?」


意味深なその言葉に、ガットが笑みを消した。
「それは」と言いかけたその声に被るように、アントラの部屋に警戒ブザーが鳴り響く。
何だ、と部屋の持ち主を見れば、アントラは焦ったようにパソコンのキーを打ちながら説明しはじめた。


「気付かれたんだよ! 君達のした部下をそのままにしてきたでしょ!」

「あ゙ぁ? 何で俺が一々んな事に気ぃ使わなきゃなんねぇんだよ」

「君がそう言う?! 大体ジャックが悪いんだからね!! ウチがちゃんと言ったでしょ?! 今から来るのはウチの仕事に絡んでくる“客人”だって!!」

「ファッキン!! 知るかよ!! 自分の領土に勝手に余所モンが入ってきたら普通ぶっ殺すだろ!!」


再び不機嫌になるジャックの声に、アントラが身を竦めた。
どうやら先輩と言えど容赦はないらしい。
恐らくジャックに口答え出来る者などいないのだろう、そう凌と牟白が同時に思う。

アントラはブツブツ文句を言いながら、部屋の中央にホログラムを映し出した。
立体に映されたそれはwhiteemperorの屋敷だ。
アントラは「いい?」周りの面々を見渡すと、ブザーを切って話し始めた。


「ウチがポイズン博士に頼まれてたのは、ある人物の抹殺なんだ」

「抹殺?」

「うん・・・その、それが・・・腐仁、なんだけど・・・」


遠慮するように名前を口にするアントラが、ちらりとジャックとガットを見る。
きっと、ガットをblackkingdomへ貶めた腐仁を、ポイズンが殺す事が気に食わないと言い出すだろう。
そう確信を持って。

そして、案の定ジャックが「はぁ?!」と声を荒げた。


「オイそりゃどーゆー事だ!! 腐仁の野郎は俺とガットが殺す!」

「だ、だから聞いてよジャック・・・君たちが腐仁に受けた仕打ちはウチも知ってるよ・・・リーテに聞いたからね」

「・・・だったらッ」

「でもッ 腐仁を生き返らせたのはポイズン博士なんだ。だから、ポイズン博士も責任を感じてるんだよ・・・譲ってあげてよ」

「・・・」


ギロリとアントラを射抜くジャックの隣で、ガットが静かに話を聞いている。
「で?」と流れ出していた妙な沈黙を凌が破った。


「何で俺とかbeensまでしゃしゃり出て来なきゃなんねーんだよ」

「君にはボスの説得を任せたいんだよ」

「説得?」

「その・・・君は知らないだろうけど、ウチらのボス・・・クリス・ワネットは腐仁がwhiteemperorに来てから性格が豹変したんだ」


「どんな風に?」と言わんばかりの視線を投げ掛けると、ジャックが忌々しそうに顔を顰め、アントラは沈んだ面持ちを造った。


「本当は優しくて良いボスだったんだよ。部下思いで・・・前のボスのライパビさんみたいにいい人だった・・・でも・・・腐仁が来てから、その・・・仕事の大半を腐仁に任せるようになっちゃったんだよ」

「ふーん・・・?」

「おかしいと思っても、ボスの部屋に自由に出入り出来るのはU席のジャックと腐仁くらい。ウチは呼ばれない限り行けないし・・・」

「俺はそんな探りを入れるような事なんざしねーぞ」


そっぽを向くジャックに、ガットが苦笑を零す。
アントラは「そんな事今更頼まないよ」と言いつつ、凌に向き合った。


「ポイズン博士が腐仁を相手にしてる間に、ボスの所に行ってボスが変わってしまった真相を解いて欲しいんだけど・・・勿論beensの先輩方が護衛って事で」

「何で俺なんだよ」

「仕方ないでしょ? ポイズン博士が適任だって言ってたんだし・・・」

「寄りによってポイズンかよ。だったら観念するしかねぇな、凌」

「てめ、人ごとだと思ってんだろ」


ケラケラと笑う牟白を睨む凌を宥め、アントラがホログラムを動かした。
赤く光る一部屋を指さし、「ここがウチの部屋」と言う。


「いい? ポイズン博士はwhiteへの鍵がないから、きっと繁華街へ行って扉屋を使うと思うんだ。だからジャックとガットでwhiteの部下たちを抑えておいてちょうだい」

「俺に指図すんな引きこもり」

「いいじゃねーか、面白そうだぜ」


アントラの背中を足蹴にするジャックを宥めつつ、ガットが話を促す。


「ポイズン博士が来たら腐仁はそっちに任せるとして、凌くんや先輩たちはボスの所に向かってください」

「めんどくせー・・・」

「いい? できるだけ早く行動してくれる? ウチもここで指示を出すから、絶対従う事!! いいね?! 特にジャック!!」

「あーあーあー、分かったっつってんだろ!」


ウザそうに顔をしかめ立ち上がるジャックに続くガット。
二人並ぶとその銀と金の髪がひどく美しく、扉へと向かう。

そんな背中にアントラが慌てて声を掛けた。


「気をつけてね! ジャックはともかくガットはblackkingdomなんだから標的にされるよ!! でも部下を殺しちゃ駄目だからね!」

「加減出来たらの話だな、そりゃ。そうだろジャック?」

「ファッキン! 俺は自分の部下に“加減”なんて言葉は教えた事はねぇ。何事も全力だ。やられたら100倍やり返す! ヒャハハハッ!!」

「ちげぇねぇ!! ギャハハハッ!!」


バタンッと閉まった扉の向こうから聞こえてくる2種類の高笑い。
アントラは顔を青ざめさせ、ゾムリスとバンズは呆れて溜息を着く。
ただラスターだけが「あぁあの二人が並ぶと美しい!!」とテンションを上げて居た。




+++




繁華街。
それは5つの世界の狭間にある華やかな空間。
幾数万もの店がはびこり、その中には不正なものもあると言う。

ポイズンは灰色のマントを肩に掛け、フードで目元を隠して歩を進めた。
後ろに続く彼の作品たちも、また一様にマントを被っている。
向かう先は“扉屋”。

違法の店でありながら、知らぬ者はいないとさえ言われる店。
鍵が移動の全てと言われる闇光の世界で、その鍵がなくとも特定の場所へ移動出来る“扉”を扱っている店だ。
そこには極秘としてblackkingdom、whiteemperor。
そして噂に聞くはシャングリラ・・・つまりは聖界への扉もあると言う。

ポイズンはアンティークな扉を開き、店の中へ入った。
カラン、鈴の音。
中にはまるで人間界に存在する“不思議の国のアリス”のような、扉だらけの部屋がどこまでも続いている。
2メートルを越す物、屈まないと入れない物、よじれてる物、鮮やかな色の物・・・
数々の扉が存在するその部屋へ踏み込むと、「いらっしゃい」と店主の声。


「どの扉をお探しで」


おとぎの国から飛び出してきたような、そんな雰囲気の老婆。
ポイズンはさして気にする素振りも見せずに視線を真っ白な扉へ向けた。


「whiteemperorの扉を」

「承知」


まるで毒リンゴでも持ち出してきそうな雰囲気を醸しだしながら、老婆が笑う。
しかしその白髪の下に見える銀色の瞳がキラリと光った。


「では、お気を付けて」


ギィィ・・・とゆっくり開く扉の向こうに、壮絶な崖と、潜った扉と同じモデルの黒い物を見つける。
蒼穹の丘。
そう呼ばれるwhiteemperorとblackkingdomの狭間にある丘だ。

そしてポイズンは躊躇う事なく足を踏み出した。

「イヒヒッ」と言う老婆の笑い声を背中に受けて。




+++




男たちは目配せをすると静かに歩を進めた。
歩く度にギチギチと間接の軋む音がして、それだけで彼らが機械である事を告げている。
男たちは互いに引き摺る服に足を取られないように進む。
その先に居るだろう敵を目指して。

彼らの名前はクモとサソリ。
戦闘用に造られたマシーン。
その破壊力は底知れず、今まで彼らを糸も容易く壊したのはジャックだけだった。
勿論その恐ろしさはwhiteemperorに留まらず、他のファミリーにも広がっている。
二人の歩く姿を見て、廊下を巡回していた部下たちが一斉に身を引いた。

邪魔者は排除。

そうインプットされている彼らにとって、部下の命は虫けらも同然。
邪魔をするなら情け容赦なくそれは敵なのだ。
命令はクリスのそれのみ。
クモとサソリは死んだ瞳を揺るがす事なく前を見据え、確実に歩を進めていく。


「コろす」


ボソリ、と呟くサソリ。
それにコクリ、とクモが頷いた。
それの、繰り返し。

「コろす。殺ス。こロす」と呟き続けるサソリと頷き続けるクモに恐怖を覚える。
あれに当たった侵入者に思わず同情してしまう。
畏怖の念を込めた眼差しを気にもせず、クモとサソリは進む。


「侵入者を殺して来い」


たった今プログラミングされた、甲高い男の声。


「反逆者が居たら、それもだァ」


コクン、と頷く二人を見て、その男は糸目を更に細めて笑った。


「例えそれが幹部だとしても、だぜェ・・・」


分かったな?

ニヤリと嫌らしく笑う同じ顔の男が、3人。
そしてその真ん中に見える、1人の女。


「そうだろォ? クリス・ワネットさんよ」


クスクス笑う。
同じ顔が3つ。
更に、何の色も浮かんでいない淡泊な表情のクリス。


「えぇ」

「キヒヒッ!」

「いい返事だァ」

「これで時間稼ぎになんだろォ。俺らは先に帰ってるぜェ腐仁」


3つの顔が全く同じに笑う。
クモはその光景を冷静に分析して“脳”に書き加えた。

腐仁。
彼は聖界を覇す3つ子の1人である、と。