かつての大きな過ちは、2人の男を引き離し。
1人の男の表情を奪ってしまった。

だから、私は腐仁を殺すのだ。

アレを生き返らせた事で、この不幸は始まったのだから。




74 :それぞれの使命




+君を、殺す+


「ジャック隊長?!」

「こ、これは一体?!」


驚愕の顔で武器を持ち立ち尽くすwhiteemprorの部下たちを蹴散らしながら、2人の男が突き抜けていく。
愛銃のリボルバーをぶち放ちながら進んでいくガット・ビター。
そして蹴り殴り頭突き武器を使った攻撃、戦闘スタイルを持たずに突き進むジャック・J・ジッパー。

2人が通った後はまるで戦車でも通り過ぎたかのような有様になりはて、生きているものなど皆無だ。
その上まだ廊下の向こうに控える部下たちは、本来ならば自分たちの前で戦陣切って進んでいくはずの隊長・・・ジャックの姿に驚きを隠せず。
更には彼の実力を知っているが故に、敵となって向かってくるジャックに向ける武器が震える。
戸惑い続ける部下を見やり、ジャックが肩を揺らして笑った。


「何だ何だぁ? 何遠慮してやがる。さっさと俺らを殺しに来い! てめぇら誰の部下だってんだ、あぁ?! この俺の部下だろ!!」

「で、ですが!! だからこそ私たちは・・・ッ」

「どういう事なんですかジャック隊長!!」

「あーあーあー!! うるせぇうるせぇ!! 俺は今てめぇらの敵だっつってんだよ、さっさと掛かってこい!」

「し、しかしッ」


うんざりした顔でまだ戸惑う部下に溜息をつき、ジャックが自らの上着を脱いだ。
背後の部下共を撃っていたガットにそれを投げつける。


「んだよジャック! 俺に上着投げつけんな!」

「おいガット、てめぇの上着よこせ」

「・・・はぁ?」

「腰抜けどもがどーもこのままじゃ俺を殺せねぇようだからな。だったら分かり易くしてやんだよ」


渋々と自分の黒いYシャツを脱いでジャックに投げるガット。
それを受け取り、お互いにジャックは黒、ガットは白の上着に袖を通した。


「さーて、おいこれでどうだ?」


にやり、と笑うジャックが剣を肩に担いで部下を振り返った。


「ここにいんのはてめーらの知ってるジャック・J・ジッパー“隊長”じゃねぇ」

「ッ」

「殺しに来いよ、全力で。俺はてめーらをそんな腰抜けにした覚えはねぇぞ」


ギリ、と武器を持つ手に力が籠もる部下。
冷や汗を垂らしジャックを睨み付ける目は敵に向けるそれだった。
ジャックはそれを見て満足そうに笑い、ガットは呆れて溜息をつく。


「ファッキン!! 死んで俺にてめぇらの鍵差し出せ!! 俺がもっと有効活用してやるぜ!!」


ジャラリ、と揺れる鍵の束を手にし、ジャックが地を蹴った。




+++




一方、ジャックとガットがwhiteの玄関口を切り開いている中、凌、牟白、そしてbeensの面々はアントラに持たされた小型スピーカーを手に着実にクリス・ワネットの部屋へと進んでいた。
しかも随分と楽な事に、暴れ回っているジャックとガットを取り押さえるために、殆どの部下たちがホールへと向かっているため、見渡す限り廊下に敵の姿はない。
whiteemperor総動員で潰しにかからなければならないのか、とゾムリスに聞いた所、彼は当たり前だと首を縦に振った。


「理屈じゃねぇんだよ、あの二人の・・・特にジャックの強さは」

「・・・そりゃ試験管ベイビーだからって事か?」


歩を進めながら会話をしていると、不意に牟白が口を挟んできた。
何の色もない表情でゾムリスを見る灰色の瞳に、彼はオレンジの瞳をちらりと向けて「一理ある」と返事を返した。


「元のオリジナルの遺伝子も尋常じゃねぇんだよ。ヴァルカンもディルスも、味方には英雄でも敵としては最悪の相手だった」

「そんなに強かったわけ? ネーログェッラの話でも偉丈夫みたいな表現されてたけど」

「別に体格がしっかりしてたわけじゃねぇよ。二人とも無駄なもんが何一つなかったし、何よりヴァルカンに至っては逆に細いくらいだったな」

「そうとも!! あのヴァルカンのしなやかな筋肉、そしてまるで銀糸のような淡く輝く鋼色の髪!! あぁ、思い出しただけでも背中がぞくぞくするよ!! そしてそれを忠実に受け継いだジャックもまた私を奮い立たせてくれるほどの美しさを誇って・・・」

「要するに、優男だったんだよ」


ラスターの熱弁を途中で遮りバンズが軽く凌の肩を叩いた。
その奧に見える香王が「そうかい?」と首を傾げる。


「色白で貧弱そうだったじゃないか」

「何言ってんの香王ちゃん。ヴァルカンもディルスもかつては幹部だったんだからねー?」

「ふん。幹部だろうと数字がいくつかによるだろう?」

「つーかお前貧弱貧弱言うけどよ、お前の大好きなうちのボスは貧弱の上にどもりでガキだぞ」

「な、貴様!! ボスを馬鹿にするな!!」


「ボスは顕著なんだ!!」と言い張る香王を軽くあしらい、「そうかよ」と生返事をゾムリスが返したその時。


「見つけタ」


感情の籠もっていない声が聞こえて、突如、上から何かが降ってきた。
反射的に後ろへ飛び退いて落ちてきたモノを確認しようと目を懲らすと、今まで凌たちが立っていた所に、軽いクレーターのようなものが出来上がっている。
その中心でゆらりと立ち上がったのはぶかぶかの服をぐるぐると巻き付けた、奇抜な恰好をした二人の男だった。

「何だよアイツ」と目を細めて凌が呟くと、スピーカー越しにアントラのせっぱ詰まった声が聞こえてくる。


『クモとサソリだ! その二人の相手はしちゃだめ!!』

「っつっても黙って通してくれそうにはねぇんだけど」

「いや、ここはアントラの言う通りにしたほうがいいんじゃないかな」


珍しく真剣な目をしているラスターがクモとサソリを見据えたまま冷や汗を垂らす。


「クモとサソリと言えば虐殺用マシーンだったはず・・・アレを壊すのは容易じゃないよ、きっと」

「近代化してきたもんだな、ここも」

「幹部の1人がクローン、2人がマシーンの時点でかつてのwhiteの面影などないだろう」


十分な距離を取りつつ様子を伺う。
クモとサソリは感情のない静かな瞳をゆるく動かして互いに合図をすると、軽く床を蹴って一瞬にして数メートルの距離を詰めた。
考えられないほどの飛躍力に対応できずにいる凌を突き飛ばし、ゾムリスとラスターが首から提げていた鍵を武器へと変えた。

一瞬。

その間に姿を変えた鍵で辛うじて初撃を受け止めたゾムリスを振り返ると、ついさきほどまで、囚人のように長い袖を背中で縛っていたクモとサソリの腕は解放され。
そのしなやかな手には短刀が握りしめられていた。
それを受け止めたゾムリスの鍵は鋼色に輝くヴァイオリン。
鉄製のそれは傷1つなく短刀をはじき返した。
その隣でサソリの短刀をはじき返したのはラスターの鍵・・・数十もの針だった。


「ったく・・・面倒な事になっちまったな・・・」

「相手にしない訳にはいかないようだね? ふふ、仕方ない。私の美しいこの薔薇を辺りに華やかに咲き散らせてあげようじゃないか!!」


ふふふ、と笑うラスターの手に鮮やかに握られているのは真っ赤な花弁を誇った薔薇だ。
その茎の先は鋭い針になっていて、本来はただの針だったものをラスターが艶やかにカスタマイズしたものだった。
それを口にくわえてほほ笑む彼はまさにシャララーンと輝き出しそうに、その金髪を揺らす。


「私が相手をしよう。さぁ、来たま・・・」

「この馬鹿!」


両手を広げてクモとサソリに語り掛けるラスターの頭をヴァイオリンで殴り、ゾムリスが深い・・・限りなく深い溜息をついた。
そしてそのヴァイオリンを肩に担ぐと、頭を抱えてうずくまるラスターから視線を移してクモとサソリを睨む。


「まったく・・・面倒なもん買い込みやがって。whiteemperorも金使いが悪くなったもんだぜ」

「ちょ、ちょっとゾムリス・・・? き、君・・・そのヴァイオリンで殴る事はないんじゃないかい・・・?」

「オラ、先に行けお前ら。ここは俺とラスターがどうにかする」

「待ちたまえゾムリス・・・それは、私の台詞だったはずだが・・・? というか君、私の頭にたんこぶが出来ているような気がするんだが、気のせいかな?」


ラスターの言う事をことごとくスルーするゾムリスは、凌たちを見やって「進め」と促した。

「最近のマシーンがどのくらいのものか、いっちょ遊んでやろうじゃねーか」

「はぁ・・・2人相手に華麗に勝ってみせようと思ったのに・・・まぁ、仕方ないか」


クモとサソリに相対する二人の横顔を見て、凌と牟白は確信した。
あぁ、かつてのwhiteemperorの幹部であったのは確かだったのだ、と。

何故なら彼らの顔には好戦的な笑みが浮かべられ、その瞳は闘争心に煌めいていたのだから。




+++




血の臭いがする。
鉄分、と言っても良い。
それは酷く鼻をついて、後ろを歩く死魔が顔をしかめた。
ポイズンは淀みない足取りで前へ進み、廊下に転がっている数え切れないほどのwhiteの部下の死体を流し見る。

まるで戦車・・・いや、1000ほどの軍隊でも通ったかのようだな。

壁も床も家具もシャンデリアさえも、血、血、血、血、血血血血血血血血血血血・・・・・・
はっきり言って、気分が悪い。
しかしそれでもポイズンに足を止める事は許されず、目的の為に革靴を血で濡らしながら進み続ける。
と、いくつかの部屋を通り過ぎた頃、一層血の臭いが激しくなり、むん、と鼻を襲った。

しかも進むにつれてどこからか二種類の高笑いが聞こえてくるのだ。

「・・・アントラに頼んだのがまずかったかもしれないな」


高笑いの主がようやく見えてきて、ポイズンはそう呟いた。
視線の先に見えるは金と銀の髪の青年たちが、まるで舞っているかのように滑らかに戦っていた。
銀髪の青年・・・ジャックが塊になって襲い掛かってくるwhiteの部下どもを切り崩し、その攻撃から逃れた者たちを的確に撃ち殺していく金髪の青年、ガット。
一騎当千とはまさにこのことだ。
鬼神、そう表現してもいい。
そこにいるのはもはや天使ではない。
血も涙もない、ただの造られたクローンなのだ。

狂気に満ちたその笑顔、血にまみれたその手。

ポイズンは戦い続けるジャックとガットを静かに見据えて自分の過去の過ちを更に後悔した。
あの狂気は私が生み出したものだ。
私が、あんな過ちを犯したりしなければ・・・

自然と眉間にしわが寄り自分を責めるように目を細めると、それを見上げて疲夜が「博士?」と声をかける。


「・・・何だね」

「いえ・・・別に」

「気持ちが萎えた訳ではない」


そうだ。
ジャックとガットを引き離してしまった事も。
彼を・・・あの男を不幸にしてしまった事も、全て私のせいだ。
だからこそ、私は腐仁を殺さなければならないのだ。


「腐仁は殺す。それが彼らに向ける私の謝罪だ」

「博士、彼らって誰ー?」

「死魔もボクも知らないんだよ、教えてくれてもいいんじゃないの? 博士」

「・・・いずれ分かる、黙っていたまえ」


そう、もうすぐ分かる事だ。