僕の光はあの人だけ。




76 :月が欲しいから、太陽を殺した




+見え始める真実+


「ジャックさん!!」


前をスタスタと歩くジャックとガットを小走りで追いかける少年がいる。
赤毛にそばかすを散らした彼は、ジャックが止まってくれない事を元より承知で彼に似付かぬ黒いYシャツを掴んだ。

案の定、少年はないもののように扱われ、そのままずりずり引き摺られた。
ジャックの行く手を阻むだけでも命知らずだと言うのに、その服を掴むなど言語道断だ。
ガットはジャックの機嫌がいいからこそできる芸当だとある意味関心していた。

そんなガットの関心など余所に、少年はジャックの行く手を阻み続ける。


「待ってくださいジャックさん!! 説明してくださいよ!! 何で黒服なんか着てるんですか?! それじゃまるで裏切り・・・」

「うるせぇな。見りゃわかんだろ」


うざったそうに顔をしかめるジャックは、銀の髪をかき上げて少年を振り返る。


「俺は今てめぇらにとって敵なんだよ。分かったらさっさと腕離しやがれ。切り落とすぜ」

「でも!! 何で・・・?! 貴方はこのwhiteのボスになるって・・・だからwhiteを潰すのにメリットなんてないのに!!」

「メリット? ファッキン!! んなもん一々考えて生きちゃいねぇんだよ!!」


「俺は俺のやりたいようにやる。何か文句あんのかよ?」と嘲笑するジャックにつられてガットも笑みを零した。
あぁ、十数年前と変わらぬ俺様っぷりだ、と。
しかしその少年はそんな俺様発言で納得するガットとは違うのだ。
いまだに渋る顔をする少年に痺れを切らし、ジャックは眉間にしわを刻みながらその名前を低く呼んだ。


「おい、総」


その声にびくりと体を揺らす総という少年は慌てて掴んでいた手を離した。
もしあのまま掴んでいたなら彼の右腕はすとんと切り落とされていたに違いない。
切り落とされた自身の腕を想像してぞくりと背中が冷えた。
そんな総の胸ぐらを掴み上げて睨みをきかせるジャックは、口元に淡い笑みを浮かべて吐き捨てた。


「あんまり思い上がんなよ。俺がお前を拾ったのは気紛れ以外の何もんでもねぇんだ」

「・・・ッ」

「whiteemperor? 次期ボス? ファッキン!! 笑わせんな!! 次期も何もねぇんだよ、この世の覇者は俺だ!! このジャック・J・ジッパーだ!! 今更こんなちっぽけなファミリーに興味はねぇし、てめぇの命だって虫けら同然なんだぜ?」


ぱ、と胸ぐらを離したジャックはよろけるように床に足をつく総を見下ろした。
静かなるそのエメラルドの瞳は冷たい。


「俺の邪魔をすんな。次は首ちょんぱにするぜ」

「ジャックさん・・・」

「行くぜガット」

「あぁ」


総を横目で見やりながら、前を行くジャックの後を追う。
総はジャックの後ろ姿を静かに見上げ、哀しげに眉を寄せると同時に後ろを行くガットの背中を睨んだ。
ジーンズのポケットの入れておいた小型ナイフを握りしめ、薄く唇をかんだ総は、ゆっくりと体勢を整えるとナイフを高らかに掲げ・・・

ガットの背中へ振り下ろした。




+++




「おいガキ。名前は何だ?」


少年は膝を抱え、そう問いかけてきた男を見上げた。
男の手には長い洋剣が握られていて、滴る赤い血が地面に水たまりを作っている。
男は静かに、そして淡々に言葉を紡ぐ。


「口がきけねぇのか」

「・・・話せるよ」

「だったら俺の問いかけに答えやがれ」


震える膝が余計に大きく震え出す。
男は殺したのだ。そう、少年の前に今までたむろしていた違法天使たちを。
少年は違法天使たちから暴力を受けていた。
そこを通りかかったのが、この男。
銀の長い髪、綺麗なエメラルドの瞳、整った顔に華奢な身体の、この男が。

剣は血に濡れ、違法天使たちは地面に冷たく転がっている。
あっと言う間だった。
まるで、ダンスのようだった。
見とれていたのだ、少年は。
この男を、美しいと、純粋な心でそう感じたのだ。

人を切り刻む、この男を。


「ないよ、名前なんて・・・」

「親は?」

「いない」

「・・・そうかよ。だったら何でコイツらに反抗しなかった」

「意味ないから・・・どうせ僕には勝てないもの」

「だったら死にてぇか?」


男は冷め切った目で剣を握り直す。
少年は色のない瞳でその様子を捕らえ、静かに首を横へ振った。

男はそれを見て満足そうに笑うと、少年の癖のある赤髪をぐしゃぐしゃ撫でた。


「なら、ついてこい。死にたくなけりゃ、そんなとこで座り込んでねぇでもがいてみろ」

「でも・・・どこに?」

「学校に連れてってやる、風濱か華謳に入れ」

「学校・・・?」

「そんで、成り上がってこい」


男は少年に背を向けて歩き出す。
いつのまにか血塗られた剣は消え、鍵の束へと収まっていた。


「暇潰しが欲しかった所だ、丁度いいぜ」


にやりと笑い、男は少年を振り返る。


「俺の名前はジャック・J・ジッパー。そうだな・・・てめぇの名前は総でいいだろ」

「そう?」

「何かあった時に名前がなけりゃ呼びづれぇだろ。文句言うな」

「あ・・・はい」


「ついてこい」と前を歩く貴方が眩しかった。
その姿は確かにこの世の物とは思えないほど美しく、まさに天使で。
僕を救って、更には名前と居場所もくれて。
貴方に少しでも近付きたくて、僕は華謳で一生懸命勉強した。
そして史上初の最短期間で学校を卒業、whiteに引き抜き。

憧れ続けていたジャックさんにまた会える。
今度は僕がジャックさんの役に立つ。

そう思ってたのに。

whiteに来て初めて廊下で見掛けたジャックさんの隣には、金髪の男がいた。
ガット・ビター。
ジャックさんの無二の親友にして、唯一心を許している人物だと、他の幹部の人に聞いた。
悔しかった。
僕はずっとジャックさんを目標に、ジャックさんの役に立つ事ばかり考えていたのに、ジャックさんが頼るのはガット・ビターだけ。
意見や反論も、容易に触れさせるのも、怒鳴り合いも、共に食事をするのさえ、許すのは金の髪に綺麗なコバルトブルーの瞳を持ったガット・ビターだけだった。

どんなに頑張っても、僕ではジャックさんの隣には行けない。
どんなに頑張っても、ガット・ビターの代わりにはなれない。

ガット・ビターが目障りだった。

でも、そんな僕でも好機が訪れた。
腐仁さんの目論見で、ガット・ビターがblackkingdomの牢獄に入れられたからだ。
僕は心底喜んで、ジャックさんの隣に行ける、必要とされる、そう思った。

なのに・・・


「ちくしょう!! ちくしょうちくしょう!!! ガットの野郎・・・!!!」


罪を犯して堕天使になったガット・ビターを、それでもジャックさんは必要としていたんだ。

もうあの人の中に僕はいない。
僕を助けたのはあの人の気紛れで、期待なんて最初からされていない。
そう気付いたら、今まで以上にガット・ビターが憎らしくなってきた。
僕がジャックさんに話し掛けてもいつも軽く流された。
ガット・ビターはそんな僕を見て「あぁ言う奴だから」と苦笑するのだ。
そしていつもどこかジャックさんから一線引いた所に立っていて、あんなにジャックさんから信頼されているのに、いつもどこか冷めた所から見ている。
王と騎馬、その主従関係でしか、ジャックさんと自分とを縛れないガット・ビターが憎かった。

違う、違う違う違う!!!

ジャックさんはお前を必要としていて、その必要としている理由は自分の忠実な“騎馬”が欲しいなんてものじゃなかった!!
いつもジャックさんはお前を“無二の友”として“家族”として見ていたんだ!!
まるで自分の体の一部みたいに、王として敬い立てて欲しいと望んでいるわけじゃないのに!!

ジャックさんの気持ちも分からず、いつも一歩引いた所に立っているガット・ビターが憎かった。
僕の方がジャックさんの気持ちを理解しているのに、そんな事にも気付かないガット・ビターが憎かった。
だから、だから・・・

殺 シ テ シ マ エ バ イ イ 。

ジャックさんは僕の憧れ。
美しい天使、理想、希望だ。
それを堕天使となったお前なんかに汚させてたまるか。

ジャックさんは・・・

僕が守る・・・!!


「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


そうして僕は、憎いあの男の背中にナイフを突き立てた。




+++




「相変わらずだな」と抑揚のない冷め切った言葉を投げ掛ける香王は、ティッセルのハサミをぬんちゃくではじき返してその小さな体を睨み付けた。


「禁忌を犯して体を縮め、いつまでも永遠の美しさを、だったか?」

「そうよ、だって世の中は美しさとお金、地位・・・強欲で出来てるんだもの」

「くだらない・・・そんなものクズ同然だ」


ぬんちゃくの片割れを投げつけ、伸びた鎖でティッセルを絡みとる。
しかしティッセルはその小さな体で鎖からするりと抜けると、ハサミの刃をジョキンジョキンと擦らせながらクスクス笑った。


「くだらなくないわ。全てはお金と地位。それによって美しさも保たれるのよ!」

「変わらないんだな・・・昔もそうやってライパビ様に言い寄っていただろ」

「そうよ。でもライパビ様ったら全然だめ、構ってくれなかったわ。でもね今回のボスのクリス様は別よ?」


「気前がいいの」とほほ笑む彼女に吐き気がする。
香王はふん、と鼻を鳴らすとぬんちゃくを構えてその深紅の瞳を細めた。


「慈愛を知らぬ愚かな女が・・・」


だから我はお前が嫌いなんだ。




+++




不意にバンズが足を止めると、「ほら」と目の前の巨大な扉を指さす。
欠伸をしながらそれを見上げる凌が思わず「でか」と声を漏らした。


「ここがクリスの部屋」

「無駄にでけぇな、何の意味があんだよ」

「権力の象徴さ。昔からこの扉を自由に出入り出来るのはボスと幹部のU席のみって決まってんの」

「ふーん・・・どうでもいいけど、そのクリスとか言う人、いんの?」


バンズの話など興味も示さず眠たげにくまのある目を擦る凌。
そんな彼に苦笑を零し、バンズは自らの帽子を深くかぶり直した。


「居るはずだよ、さっきアントラが小型スピーカーで教えてくれたからね〜」

「あっそ。ならさっさと終わらせて帰る」

「つってもそう簡単に折れてくれんのかよ? 人間狩りだって腐仁って奴の事だってあんだろ?」

「まぁ、そこは何とかするしかないよ」


「人生なるようになるって」と笑うバンズがその扉のドアノブに手をかけた。
そのまま静かに開くと、純白のそれは重みなど気にせずに思ったよりも軽く開く。
明るいその部屋の物は全て白く、穢れなど何一つない。
ただ異様に見えたのは、部屋の真ん中に巨大なベッドがある事だった。

「ベッド・・・?」と顔をしかめる牟白の声と被るように、「誰?」と澄んだ声が聞こえる。
ただ、その声は何の色も含まない淡々としたもので、まるで凌の声より冷徹で冷淡なものだった。

声はす、とベッドの脇にかけられたカーテンを開くと、その姿を現した。
銀髪に小さな白い王冠を乗せたそれは金色の瞳を細め、端正な顔に掛かる前髪に髪留めを付ける。


「・・・質問が聞こえなかった・・・?」


ベッドの上から下り、床に足を着けるとすらりと立ち上がった。


「貴方たちは誰? と聞いたのよ」


有無を言わせぬその女・・・クリスの声に、バンズがヒュゥ、と口笛を吹いた。




+++




「博士・・・!」

「下がっていろ」


疲夜の声を冷たく斬り捨て、ポイズンは幾数ものメスを腐仁へと投げる。
しかし腐仁はそれを軽い身のこなしで避けると、カカカッと地面や壁に突き立った。
キヒヒッと高い声で笑う腐仁は天上に逆さまに立ったまま火傷で覆われた目元を歪ませる。


「冷静に見えて荒っぽいとこは変わってねぇんだなァ、ポイズン」

「無駄口をたたけないよう、先に君の口を縫いつけようか」

「キヒヒッ 怖いねェ」


ポイズンの後ろで巨大な注射器を背負う疲夜が、もう一度その名前を呼んだ。


「博士」

「・・・なんだね、さっきから鬱陶しい」

「その男・・・」


注射器に巻かれている包帯をほどきそれを構える疲夜に続き、死魔や寒舞もまたそれぞれの武器を構えた。
それを横目で見やり、ポイズンは金色の瞳を細めた。


「鍵を、持っていません」


そう囁いた直後、疲夜と死魔、寒舞が動いた。
ポイズンへ向かって。


「もう既に、こうやって化けていますから」


疲夜の注射器、死魔の拳、寒舞のメスがポイズンに届くより先に、ポイズンが素早くそこから移動した。
まるでその行動が分かっていたかのように、ポイズンは一瞬にして姿を消すと、少し離れたところで3人が相打つ姿を見つめていた。


「私が気付かないとでも思っていたのかね? 私自身の作品と、君の作ったガラクタを」

「キヒヒッ 生き返した人間を作品ねェ・・・」

「そうだ。アレらは私が今まで見いだしてきた研究の結果、作品の1つにすぎぬ。そして君は私が作り出した中で最低な欠陥品だ」

「・・・」

「何か、言いたい事でもあるのかね」


元々の糸目を更に細めた腐仁を見上げ、ポイズンがくすりと笑った。


「骨の髄まで溶けたまえ」


白衣のポケットに手を入れ、毒の瓶を取り出すと、それにメスを浸して投げつけた。
的確に腐仁の首を狙うメスを避けると、メスの突き刺さったそこがブクブクと泡となって溶け出した。
足場を失い床に下りた腐仁はボタボタと溶けて落ちてくる天井を見て笑う。


「毒、ねェ・・・てめぇの嫌いな毒を武器にするなんてよォ・・・バカだよなァてめぇも」

「・・・」

「“毒椿”だったろ? てめぇの名前」

「・・・黙れ」

「てめぇを産んだせいで母親が死んで椿に毒がついたんだってなァ・・・?」

「黙れと言うのが聞こえないのかね?」


毒のメスを再び投げつけ、怒りに震えたその瞳で睨む。


「私の事などどうでもいい。君を生かした故にジャックとガットの人生を無駄にさせてしまった・・・君はこの世には不必要だ」

「キヒヒッ ジャックとガット、ねェ・・・? アイツらを弄んのも面白かったぜェ?」


アイツ等もてめぇも一緒だぜェ。
何1つ、大切だと思う奴に言ってやれねぇんだ。

大切だからこそ傷つけないようにと口を閉ざす。
心を開かない。
だから相手は不安になって一線引いて亀裂が入る。

俺はその亀裂を広げるのが大の得意なんだぜェ?


「バカだよなァ・・・言いたい事は言っちまえばいいのによォ」

「・・・」

「なァそうだろ? てめぇだって隠してやがる。いつになったら言う気なんだァ?」


あの男に。

ポイズンは微かに眉を顰めると、小さく鼻を鳴らして腐仁を嘲笑った。


「君には分かりはしない」


そう、絶対に。


「愛する弟を騙し付ける、私の気持ちなど」


君には到底、分かりはしない。