壊した数は覚えていない。
殺した数は覚えていない。

ただ、壊した時の破壊音。
殺した時の断末魔。
その音が、その声が、俺の耳の張り付いて消えてくれない。

だからいつしか壊す事に不快感がなくなった。
殺す事に抵抗がなくなった。

いつか、殺人鬼になっちまう。

そう、思うようになった。




77 :嘲笑して涙を隠す




+whiteの崩壊+


総は自らの胸に突き刺さっている長剣を見下ろした。
それは寸分の互いもなく見事に左胸・・・彼の心臓を貫いている。

顔を上げると、振り上げていた自分の手が見える。
しかしその手に握られているナイフの刃はポッキリと折れ、床に突き刺さっていた。
目の前には微かに見開いたガットと、相変わらず冷めた目をしている、ジャック。
その華奢な手に握られた洋剣は今まさに、僕の胸に突き刺さっている。


「じゃ・・・く、さ・・・」

「・・・ファッキン、くたばれカス野郎」


ずぶり、と胸から引き抜かれる冷たい剣。
支えを失って膝を付き、そのまま白い床に倒れ込んだ。

何で・・・?

何で貴方は・・・


「ど、・・・して・・・じゃ・・・ッ」


痺れ始める指で床をひっかき、目の前にあるジャックの細い足首へ手を伸ばす。
しかしそれは届く前に力尽き、片手に折れたナイフを握ったまま、総はその場に伏した。


「バカが」


ジャックは床を赤く濡らしながら冷たくなっていく総の前に屈み、そのポケットにあった鍵を取り上げる。
さらりと銀の髪が揺れると、そのままゆっくりと立ち上がり、鍵の束へと加えた。
それを静かに見据えていたガットは床にささったナイフの切っ先を見て、再びジャックへ視線を向けた。


「お前が助けたんじゃねぇのかよ」


前髪で見ることのできなかったジャックの表情は、予想を裏切るように冷め切っていた。
コイツが拾ったと聞いたこの少年を、自らの手で殺しておいてその顔かよ。
微かに目を細めると、ジャックは軽く笑って肩をすくめる。


「助けた? はッバカ言うな」


「暇潰しだって言ってんだろ」とケラケラ笑うジャックはぽん、とガットの肩を叩いて廊下を再び歩き出した。


「俺の右腕にナイフを突き立てようとしやがったんだ。死んで当然だろ」


邪魔をするなら、誰だろうと殺す。
傷つける対象が俺の右腕なら尚更だ。


「何か文句あんのかよ?」


にやりと笑ったジャックは、いつもの俺様なジャックだった。




+++




「チッ」


舌打ちをするゾムリスの手には最早形を為していないヴァイオリン。
ベコベコにへこんだその鉄製のヴァイオリンを肩に担ぎ、傍で息を整えているラスターを見る。


「オイ大丈夫かフラップ」

「どうも額が痛いと思ったら血が流れているよ、あぁ私の美しい顔に何て酷い事をしてくれるんだこのロボットたちは・・・いや、しかし待てよ。水も滴るいい男と言うように今の私はまさに血も滴るいい男!! あぁ、そうか!! そう言う事か!! ゾムリス!! 見たまえ!! 今の私は血も滴るいいおと」

「大丈夫そうで何よりだ」


自らの武器である薔薇の装飾が施された針を指先に挟み、キラキラと輝く笑顔で振り返るラスター。
彼の唇からこぼれ落ちる血を指先で拭い自らを賛美するラスターの言葉を右から左にスルーするゾムリスは、呆れ顔でヴァイオリンを担ぎ直した。
彼ら2人の前に佇んでいるのは、無傷のクモとサソリだ。
そして背後で聞こえる戦闘音は香王とティッセルのものだろう。
ゾムリスは背後にも気を傾けながらも、目の前のクモとサソリを睨み付けた。

まったく、whiteemperorもとんだもんを買い込んだもんだ。
戦闘用ロボットだのなんだの知らねぇが、こんなもんを幹部に上げるなんて今のボスはどういう神経してやがる。
眉間にしわを寄せ、ゾムリスはもう一度自分の傷とラスターの傷を確認した。

自らは右足と左肩を、ラスターは額と背中を薄く。
なるほど、クモとサソリを壊せるのはジャックほどの改造を施されていない限りは不可能だろう。
彼らの動きはマシーンとは思えないほどになめらかで生き物くさいと言うべきか・・・鍛え抜かれた米軍のようなものを思わせる。
体術を駆使しつつ、その節々の関節から現れる刃やランチャーの銃口は的確にゾムリスやラスターの急所を突いてくる。
ゾムリスは右足の痛みを感じつつ、「フラップ」と短くラスターの事を呼んだ。


「お前まだ動けるか」

「ん? あぁ、まだまだ動けるが何か?」

「ならいい。俺の右足はもう無理できなさそうだからよく聞け」


真剣な顔で話し始めるゾムリスにつられ、ラスターも気を引き締めたその時。


「ファッキン!!! 邪魔だ退きやがれこのポンコツ野郎どもがあああああああああ!!!! ヒャーハハハハハハハ!!!!」


とんでもない大音声が鳴り響き、静かに立っていたはずの目の前のクモが突然ぐしゃりと潰れた。
まるで鉄の塊のようになってしまったクモの頭を掴んで押しつぶしたその張本人。
それは銀色の長い髪を靡かせて、にやりと狂気じみた笑みを浮かべている。


「カッ 1人で突っ走んなって何回言ったら分かるんだ? てめぇはよ」


それに続いてホールに鳴り響くいくつもの銃声。
と、同時にクモの隣に立っていたはずのサソリが体中に穴を空けて崩れ落ちた。

それらの声の主は不適な笑みを浮かべたまま負傷したゾムリスとラスターを見た。


「ヒャハハ!! ざまぁねぇな、しばらく見ねぇうちに老いたんじゃねぇのか?」

「お前がテンション高すぎんだよ」


見下すような眼差しを向けてくる彼、ジャック・J・ジッパーと、その隣で呆れ顔をしているガット・ビター。
2人は肩を上下させて息を整えるゾムリスとラスターに嘲笑を零した。
唖然とひしゃげたクモとサソリを見るゾムリスは額に汗を浮かべつつ、2人の後輩を目を細めて見やる。

相変わらず・・・いや、前以上に異常な力を身に付けたと言ってもいい。

かつての後輩と言えど、今は別のファミリー。
もしガットがこちら側についていなかったら・・・おそらくジャックは敵としてこの場に立っていただろう。
想像して身震いする。

ガットが来て良かったな・・・

ゾムリスは頭をかきつつ、煙草の灰を床に落とした。
「さて」と一息着き、戦闘ロボットの残骸を見下ろし溜息をつく。
がやがやと文句の言い合いを始めたジャックとガットにゾムリスは溜息をつき、血を拭く事も忘れて「ジャック!! 矢張り君は何よりも美しい!!」と叫びながらジャックに駆け寄るラスターを見やる。

その時・・・


「おどきなさいよ」


ブスリと大きな刃が彼の胸を貫いた。


「な・・・」


唇の端から血が垂れ、手足の力が一気に抜ける。
痛いと思うよりも先に大理石の床へ体を伏した。


「ゾムリス!!!」


ラスターのそんな声を聞きながら。




+++




そこは見渡す限りが緑に埋もれていた。

柱も床も壁も天井も全てが緑。
そしてそこら中にありとあらゆる植物が植えられて、それらの中心に巨大な玉座がある。
その深緑の玉座に鎮座するその男は、すぐ近くの柱に寄り掛かって立っている同じ顔の男を見た。


「whiteemperorの様子はどうなったんだァ?」

「さぁなァ?」


声の質も良く似たその2人は同時にニヤリと人の不快を誘う笑みを零し、喉をひっかいたような笑い声を上げる。
どちらも鮮やかな肩までの金髪をさらりと風に揺らし、目を細めた。


「イヒヒヒヒッ まぁどっちにしろ・・・」


緑ばかりの世界に静かに声が響いた。


「そろそろwhiteemperorは全滅だァ」




+++




ゴキゴキとティッセルの全身の骨が鳴り、床に倒れたゾムリスに突き刺さる巨大なハサミを引き抜く。
彼の腹に巨大な穴を空けたその刃は血に塗れて、ジャックのエメラルドの瞳がティッセルの背後にゾムリス同様に血塗れで倒れている香王の姿を捕らえる。

ラスターは微かに目を見開くと、痛々しいものを見るように顔を歪めた。


「ティッセル・・・君は・・・」


相変わらずゴキゴキと全身の骨を鳴らすティッセルを、信じられないと言わんばかりの眼差しで見つめるラスター。
それは当たり前だ。
彼女の体は骨が鳴るにつれて年老いていくのだから。

小さな少女の姿から段々と大きくなり、ついには香王と同じほどの1人の女性へと成長した。
肩までの金髪のショートカットは背中の半分まで伸び、幼い笑みは大人びた女性特有の色を帯びている。
彼女はクスクスと笑うと、巨大なはさみを片手に持ち、床に伏したゾムリスを足蹴にした。


「いい気味よ。私のボスに手を出そうって言うんだから」

「オイオイ、知らなかったぜティッセル。まさかそこまで年増だったなんてよ?」


「ヒャハハ」と肩を揺らして笑うジャックに鋭い眼差しを向けるティッセルは、ジャキン、とハサミの刃を鳴らして不適な笑みを浮かべる。


「クーちゃんとサーちゃんを壊して・・・ほんとジパちゃんってばおてんばさんね」

「気色わりぃんだよこのクソババァ」


挑発を続けるジャックは腰の鍵の束から1つ鍵を取り出し、指先で回す。
それを洋剣へと変えると肩に担いでニヤニヤと笑みを零した。

ティッセルは表情を凍らせると冷めた瞳でジャックを睨む。


「まだ私、若いのよ?なのにババァはないんじゃないかしら、ジパちゃん?」

「ファッキン、うぜぇよ。その瞳の十字が原因で歳誤魔化してるだけだろうが」


そう言って彼女の青い瞳を見やる。
確かに彼女の瞳にはあるはずの瞳孔がなく、かわりに十字が刻まれていた。
それは彼女に刻まれた魔力の証拠であり、彼女のその十字があるかぎりはいつまでも歳を誤魔化し続ける事ができるのだろう。
おおよそ老いたくないと言う、どこにでもある女の願望から生まれた呪いの一種だ。
そうまでして若くありたいと思う女の気持ちなんか理解する気もない。
ジャックはまるで蔑むように目を細め、一歩後ろに立つガットに「手ぇ出すなよ」と釘を刺す。


「俺の前に立つってのがどう言う事を意味するか、その身に切り刻んでやるぜ」


ジャックは1トンの剣を軽々と持ち上げ、床を蹴り前へ走り出した。