さてどうやってあの俺様に話を切り出そうかと思案する今日この頃




82.苦しんで死にたい




+被害者はマゾヒスト+

「墓参りに行く」


何の予告もなく、凌が突然にそう言いはなったのは今朝の事。


「ねぇ山本。お墓参りって? 別にお彼岸でも何でもないよ?」

「死者を弔うのに時期なんて関係ねぇよ。人間じみた発言は止めてくださーい」

「ひどい!」


whiteの一件が収まり、もう一週間。
凌は別状たいした怪我はなかったが、ポイズンの病院ではwhiteの部下やbeensの者達の手当でてんてこ舞いだったらしい。
闇の住人たちに墓地なんてあるんだ、と亜月が半ば関心していると、凌は呆れたように溜息を零す。


「誰かが死んで悲しまねー種族はそうそういねぇよ」

「でも闇の人たちってなんか・・・ねぇ?」

「いっとくけど、別に危険なのは闇に限りませんから。闇も光も魔もぜーんぶそれなりに危険だから」

「そうなの?」

「前も説明した」


浅葱色の頭をガシガシとかく彼はどこか物憂げで。
人間じみてるのはそっちじゃないか、と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
平気で人を殺す人達が律儀にお墓参りをする光景を思い浮かべるのは、少し滑稽に思えた。
しかし矢張り愛おしいと思う人は誰にでもいるわけで、その事に差別はない。

でも、誰のお墓参りなんだろ。

翔の手を引きながら、凌の背中を追う。
彼の足は悠々と進んでいて、長い地下道を明けた先に灰色の病院が見えた。
なんでも人間と違って闇や光の墓場と言うのは1つしかないらしい。

そこは悪魔も天使もごちゃ混ぜで、どこまでも続く敷地には数え切れない十字架が立っている。
そしてその墓場と言うのは、ポイズンの病院の裏にあるのだ。
元から墓地のあったすぐ近くに彼が病院を建てたらしい。
そこは人間外生物たちが頻繁に利用する繁華街同様、どの世界からでも繋がっているらしく、闇、光、魔問わずに立ち入れる空間の一つだと言う。

その空間の中でも一番魔界に近いここの空は常に曇天。
そんな空に溶け込むように佇む病院を亜月は見上げた。


「置いてくぞ」

「あ。待ってよ凌! 亜月、早く早く!」

「う、うん」


数え切れないほどの十字架をかいくぐり、歩を進めていく凌を慌てて追いかける。
灰色のカーディガンを羽織った背中が不意に見えなくなってキョロキョロ辺りを見まわすと、数多くある十字架の中の一つを前にして静かに佇んでいた。

「山本、」と呼ぼうとするより先に、その紅色の瞳が憂い気に伏せられている事に気が付く。


「・・・亜月」

「・・・なに・・・?」

「ここがハルの墓」


くるりと亜月を振り返ってそう言う彼の表情はどこか苦笑めいていて。
他人事のように小さく頷いた。

足音を消すように少しずつ前に進み、凌の隣に立つ。
西洋風に仕立てられた墓石にはHalveraの文字が彫り込まれている。


「まだ連れてきてなかっただろ?」

「・・・うん」

「一応覚えとけ」


そう言って手に持っていた菊の花を花受けに差し込む。
飾る花はやっぱり菊なのか。
そこは人間と変わらないんだ、とぼーっと凌を見つめた。

いつもより繊細な動きで花を添える凌の伏せられた顔を見る事が出来なくて、翔と並んで、ただ静かにそんな様子を見届ける。

音はなかった。
時々風にざわめく葉の擦れる音がするだけで、他には何もない静寂。
不気味とさえ思えるその空間に肌寒さを感じると、不意に足下の土がもりあがる。


「え・・・?」


何だろうと思うより先に、もりあがった土は次第に割れて青白い何かがそこから飛び出してくる。
ボコッと音を立てて亜月の足の間から現れたそれは生白い“手”で。
思わず悲鳴を上げて翔の手を引くと、土を割って1人の男が現れた。


「あ゛っはぁぁあああァ・・・! 久しぶりの客人ですね゛ゲフッ?!」

「・・・誰、アンタ」


地面から現れた青白い男を問答無用で蹴り上げた凌の刺さるような冷たい言葉に、蹴られた顎をさすりながら男は笑みを見せる。
凌の背中に隠れ改めて男を見れば、土で汚れた肌には様々な場所にツギハギが見え、その上白目はあれど瞳がない事に気が付いた。
いわゆるゾンビと言うやつだろう。
僅かに漂う腐臭に顔を背ける亜月と翔。
凌も例外じゃなく思い切り顔を顰めて、男を蹴り上げた靴の底を地面で拭う。

しかし男はそんな事も気にせず、長い水色の前髪を邪魔そうに払い除けると嬉々とした様子で凌に近付いてゆく。

そしてガシッと凌の包帯だらけの手を掴むと紅潮した頬で縋り付くように彼を見上げた。


「あァ!! 今の容赦ない蹴リ!! 素敵ダ!! もっと・・・もっと私を嬲ってくレ!! 痛めつけテ!! いっそ足腰立てなくなるまデ・・・!!」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


さっきまでの静寂が嘘だったかの如く響き渡る変態発言と、それに驚いて飛び去っていったカラスの鳴き声。
三人はサァッと顔を青ざめさせ、凌は握られていた手を思い切り引き離した。


「触んな変態!!」

「あ゛っはァ!! 言葉攻メ・・・!!」

「ちげーよ!! キモいんだけど!!」

「もっと・・・もっともっとなじってくレ!! 出来れば突き刺さるような言葉ヲ!! さァ!! 早ク!!」

「凌!! コイツ頭おかしいよ!!」

「翔くん見ちゃだめ!!」

「寄んなああああああああああああああ!!!」

「あ゛っはああああン!! もっと私を突き上げるような言葉をォオオ!!」

「ぎゃあああああああああああ!!!」

「あァ! 何故逃げるのがふッ?!」

「・・・何をやっているのかね。君たちは」


やれやれと溜息をついて現れたポイズンは、凌同様に容赦なく男を足蹴にし、あまつさえ倒れ込んだ男の顔面を地面に伏せたまま後頭部を踏みつけた。
ぐりぐりと爪先で地面に男の頭をめり込ませると、頭に足を乗せたまま腕をくんで凌を見やる。
珍しく焦った顔をしている彼は一息着いて荒い呼吸を抑えた。


「なんなんの・・・この変態」

「私が病院を建てる前からここに住み着いていたゾンビだ」

「ゾンビ・・・矢っ張り・・・」

「疲夜たちと違って真性のゾンビだ。コレの棺桶に鍵が掛かっていてどうにも永眠できないらしい」

「鍵?」

「そうなんですヨ・・・あ゛っはァ・・・博士、かかとが・・・私の後頭部にィ・・・」

「煩い」


ゴキッと音を立ててゾンビ男を踏みつけるポイズンは、それが動かなくなったのを確認して足をどけた。
いつものように左手をポケットに突っ込む。


「君たちは墓参りかね」

「そうだけど」

「・・・そうか。この変態が起き上がる前に去るといい。面倒な事になる」

「全力でそうする」

「博士は何してたの?」

「墓土を取りに来ただけだが」


持ち上げた右手には湿った土の入った袋が握られている。
何に使うのか定かではなかったが、あえて聞く事はしなかった。
聞きたくない事実を聞かされても困る。

ポイズンは包帯に包まれた表情の読めない顔のまま、凌をちらりと見やると踵を返して病院へと続く道を歩み始めた。
whiteemperorの一件があってからも変わらない対応に、凌は内心ほっとしつつ地面にめり込んだ男を見下ろす。
哀れな光景だが助ける気は毛頭無い。
触らぬ神に祟りなし。
見なかった事にしてその場を離れようとすると何かに足を掴まれて前のめりになり、嫌な汗を垂らしながら振り返ればそこに顔面土だらけの男が凌の足首をがっちりとホールドしていた。


「ちょ・・・っ」

「待ってくれないカ。話があるんダ」


さっきとは打って変わった神妙な態度に、足を掴む手を離そうと暴れていた動きを止めてしまう。
それを相談にのってくれると判断した男は凌を解放して体を起こした。
脛の半分を土に埋めたまま、男は沈んだ面持ちで告げる。


「先程博士に聞いただろウ? 私の棺桶には誰かによって幾重にも鍵がつけられているんダ」

「誰かにって分かってねーのかよ」

「死んで目が覚めたらもう既にここにいタ。棺桶から締め出されて中に入れないのだヨ・・・!!」

「んな事俺に言われても・・・」


困ったように首筋をかく凌が助けを求めるように亜月や翔を見るが、彼女たちはちゃっかりと墓の裏に身を隠していて使い物になりそうにない。
軽く舌打ちして「で、どうしたいの」とため息交じりに問いかけると、ゾンビは項垂れていた顔を上げて凌に縋り付く。
不意にズズズと地面が盛り上がると、凌の真横に棺桶が一つ土を割って現れた。
なるほど、それにはいくつもの鎖がグルグル巻きになっていて錠前が沢山ついている。


「私はここが怖いんダ!! 早く永眠りたイ!! だから どうか鍵を探すのを手伝ってくれないカ・・・!!」

「それはお気の毒に。だが断る」

「ここまできて何故!?」

「面倒くさいし、 何よりどの鍵だかわかんねーのにやってられるかよ」

「あァ、それは心配なイ!」


自慢げに自らの棺桶をバンバン叩く男は胸を張って言いはなった。


「何百年とここで鍵を探し求めて気が付いタ! どうやら私の棺桶の錠前は全て天使や悪魔の持つ鍵で開けられるらしイ!」

「んなら待ってりゃ開けられんじゃん」

「それがどうにモ・・・ある時期から天使の方の鍵が全くと言って埋葬されないんダ! おかしいと思わないカ?! 誰かが私の永眠を妨げるために鍵を集めているに違いなイ・・・!!」


「あ゛ああああああああァア!! 私はただ永眠たいだけなのにィイイイ!!」と雄叫びを上げて悶えるゾンビを見下ろし、凌は深い溜息をついた。

その鍵を集めてる奴って・・・ジャックじゃね・・・?

思いもよらない二次災害に、凌はただ肩を落とすのだった。


+ + +

漆黒の屋敷にある、莫大な量の本をガットは開いて中身を確認しては床に投げるを繰り返す。
いつまで経っても見つからない目当てのもの。
いい加減疲れてきて、彼は適当な椅子に腰を下ろす。


「ったく・・・どこにあるってんだ・・・」


積み重なった本の山を蹴飛ばして大きくため息をつく。
胸ポケットに入っていた携帯を取り出して「見つからねぇ」とだけ打ち込み、垂れてきた金色の前髪をかき上げる。

数分経って、先ほどの作業を再開していたガットの携帯がバイブで揺れる。
片手でそれを開いて見ればメールではなく電話で、通話ボタンをおして耳元へと運んだ。


『てめぇどこ探してんだ?』

「とりあえずありそうな場所は全部探したぜ。ねぇもんはねぇんだよ」

『まさか書物庫とか探してんじゃねぇだろうな?』


図星を突かれ、う、と小さく言葉に詰まるガット。
それを聞き取った電話の相手は包み隠さず大きなため息を吐き出すと、「ばかか」と一言悪態つく。


『そういう書類を管理してる奴はいねぇのか』

「書類? あー・・・ソルヴァンか?」

『誰だそりゃ。とにかくそいつの部屋に行け』

「はぁ?! 行ってどうすんだよ・・・?」


電話を片手にまさか、と冷や汗を垂らすガット。
そんな彼に電話の向こうの声の主は、またも悪びれもなく「忍び込め」と言い放つ。


「忍び込っ・・・?!」

『てめぇの得意中の得意だろ』


だからって・・・と引け腰でいるガットの耳に、先ほどより幾分トーンの低い声が聞こえる。


『てめぇ・・・俺の言う事が聞けねぇのか』

「・・・っ」


有無を言わさぬその声色に息を呑む。
仕方ないとばかりに重い腰を上げ、ガットは散らかったままの書物庫を出た。


「分かったよ、ったく」


ガシガシと乱雑に頭をかきながら、携帯を胸ポケットにしまうとソルヴァンの部屋へと足を向けた。