「・・・くだらない」


地面に伏した死体ども。
腹を開かれたままのものや、足を切断されたもの。
どれも血に濡れて体温をなくし、無惨なカタチとなって転がっている。

ポイズンはローラーのついた椅子に腰掛け、白衣のボタンを外した。
その手に長時間握られていたメスを銀バッドの上に放り込み、包帯越しに深い息を吐き出す。
生ぬるい風が半開きの窓から入り込み、彼の灰色の髪を微かに揺らした。
手にこびり付いた血をカリカリと爪の先で削り取り、カスとなったそれが床に散っていく。


「こんな事を繰り返して、意味はあるのか・・・?」


囁くように吐き出された低い声は、誰に届く事もなく霧散していった。




なんて無惨な君へ




人を生き返らせようと言う考えは、滑稽だ。

この手で、このメスで、この技術で。
命を人工的に作り上げることは、ほぼ100%無理と言ってもいい。

ポイズンは机の上に山となっている本の中から、一冊の本を引っ張り出した。
人体について標されているそれのページをパラパラ捲る。
伏し目がちの金色がそれらの文字をなぞり、パタン、と閉じる。

体の造りは全て頭にたたき込んである。
骨のカタチ、筋肉の収縮、目玉の構造、神経の通り方、喉や、鼻、耳・・・
それら全ての莫大な量の知識を手にしていようと、私には命を造る事ができない。
それは、これから先何百年経とうと不可能なのではないか、とそう思う。

ただ一つ、母体と言う神秘を除いて。

包帯のぐるぐる巻かれた指先を見た。
微かに散った血が赤黒く滲んでいる。
実験用ベッドの上には、大量の死体。

あれは、もう動きはしないだろう。

このオペは・・・いや、オペとも言えないのかもしれないが、まるで刃の切れ味を試すために殺人を犯す事と同じではないのか。
傷口を抉り、私は自虐に陥りながらも、こうして人工的な命を造ると言う“夢”に取り憑かれているのだ。
端から見れば狂っているように見えるのだろう。
当たり前だ。

夜な夜な死体を部屋へ運び、血にまみれて眠るのだから。

しかし血の色を美しいと思う自分がいた。
美しい血の色は時に喉の渇きを誘い、依存をほのめかす。

これを狂気と呼ばずに、なんと呼ぼう。

ポイズンは再び銀バットからメスを取り上げ試験用ベッドの前に立った
まだ傷を付けていない死体が、そこに横たわっている。
腹にメスを立て、真っ直ぐ引き下ろし、中の内臓を見下ろす。


「・・・ばかばかしい」


そう分かっているのに、何故この手は止まらないのだろう。
何故メスを動かすこの手は滑らかに冷たい肌の上を滑るのだろう。
この胸の底からやってくる快楽は、何なのだろう。

人を切る事に快感を覚えている。

流れ出す血の色に愛おしさを感じる。


あぁ、もう後戻りは出来ない。


「・・・まったく・・・なんて無様なんだね、君は」


壁に掛かった鏡に向かい、自嘲的な笑みを浮かべた。