「何か言い残したいことはあるか?」
「たっ・・・助けてくれ、命だけは・・・!!」
「カッ」
パンッ と綺麗な音がして、男の脳天が撃ち抜かれた。
きらきら太陽の光に反射して光る、赤い血液。
candente
「クソが」
既に動かない男の頭を踏みにじり、冷たい視線を落とした。
ガット・ビターは、酷く機嫌が悪かった。
今の男の顔に、昔潰した研究者の最期の一人を思い出したからだ。
(アイツがもしもこんな風に命を握られたら)
どうするんだろうか。と、不意に思って少し考えてみる。
アレは命乞いは決してしないだろうし、そんなことをするということすら頭にはないだろう。
寧ろ、早く殺せと言うかもしれない。
捕まって抵抗も出来なくなってしまった状態は屈辱以外の何者でもないからだ。
ふと、そこまで思って笑みがこみ上げてきた。
(馬鹿か俺は)
仮に抵抗も出来ない状況に追い込まれたとして、アレが生きることを諦めるなんてことはないだろう。
死ぬ寸前まで気高くプライドを捨てることはないのだろう。
自分を殺そうとしたヤツの事も喰らい尽くそうと考えるようなヤツだからだ。
「チッ、ムカツク色の空だぜ」
暗殺者という生業には明らかに不似合いな青い空が、どこまでも高く広がっていた。
その空を見上げながら舌打ちをしたものの、その口元には笑みが浮かんでいる。
さて、次は誰を殺そうか?
+++
「どうしたの、何か外にあるの?」
ジャック・J・ジッパーは窓から空を見上げていた。
それに気付いたアントラが、背後から声を掛ける。
その言葉に不愉快になったジャックは、眉間に皺を寄せて振り返った。
「別に、何もねぇよ」
「珍しく青空なんか見上げてるから何かあったのかと思ったよ」
それだけ言うと、アントラはまた無数にあるモニターに向かい合い、パソコンのキーを叩き始めた。
その様子をベッドに座ったままぼんやりと見て、また空に眼を移す。
(今、アイツ何してっかな)
そういえば、今日はイタリアで殺しの任務をやっていると言って居た気がする。
お前は来ないのかとメールでやり取りをしたことを思い出し、アントラに声を掛けた。
「オイ、何か任務よこせ」
「今日はないよ。デスクワークならあるけど?」
「チッ」
任務を口実に抜け出そうと思ったが、それも出来ないらしい。
ジャックはベッドに寝転がり、また空を見上げた。
いつもなら不愉快に成る程気持ちの悪い青をしている空なのに、何故か今日は気になって仕方が無い。
この空の下にアイツがいるのかと思うと体がうずく。
(畜生、殺りてぇ)
もうどれほど長い間、アイツと殺り合っていないのか。
自分と実力を伯仲する唯一の存在であるガットと、喧嘩と言う名の殺し合いが出来ないことは、ジャックにとってストレスでしかなかった。
それを埋める為にも、任務に身を投じて殺して血を浴びこの足場を確立したい。
自分は此処に居るのだと、誰かの命を奪う瞬間に強く実感するのだ。
この命は今、自分の手で立たれたのだと自分のせいで失われたのだと強く強く思うのだ。
ジャック自身それは命の責任を負うという行為であることには気付いていなかったが、その思いがまた殺しへと足を進める。
どこまでもどこまでも続く、白い道に赤い雫を落として歩く。
その重みにいつか潰されて、完全に動けなくなってしまうまで。
(ああ、ちくしょう、ちくしょうちくしょうガットの野郎)
俺にこんな思いをさせやがってムカツクやつだ。との結論に達したジャックは、ぎりりと歯を食いしばった。
そもそも、俺は殺れない状況なのに、なんでアイツは殺ってストレス発散してやがんだ。
次に会ったらとりあえずぶん殴ってやる。
+++
きらきらきら 空に星が光る。
ガットはべたつく髪をかきあげて、その空を見上げていた。
ぽたりぽたぽた 血が滴る。
ガットにしては珍しく、派手に沢山の人を殺した。
まるでジャックが人を殺すときのように、沢山の血を流すように人を殺した。
その血を浴びて、ガットは今や、赤ワインを被ったようにずぶぬれになっている。
「あー・・・やっぱ向いてねぇな」
がしがしと頭をかいて、ガットは小さなナイフを放り投げた。
それは地面に横たわった死体の上に刺さり、ガットはそのナイフの柄を踏んでから歩き出した。
濡れて動きづらい上の服を脱いでから、愛用の銃を取り出した。
「はやく、ジャックにぶち込んでやりてぇ」
次にジャックと会った時、おそらく向こうのほうから殴りかかってくることを予想して、また一人口元を歪める。
また楽しい殺し合いと言う名の喧嘩をすることが出来るのは、次はいつになるだろう。
二匹の獣は遠く離れた空の下、今日も吼えている。
:by ツバメ;