真夜中、ベーカーは目を開けた。
きらきらと電球が光り、目が痛む。
何故か今夜は寝苦しく、思うように眠れない。
何か飲むものを求めて、ベーカーは部屋を出た。

途端、動機が激しくなる。

赤、紅、朱

一面に、壁に、広がる あか

暗闇に包まれた廊下に標を残すように


ア カ




ナイトメア




「・・・オスカー?」


どくっどくっと鳴る心臓のあたりを強く押さえて、自分の兄の名前を呼んだ。
その声もふるえ、自分のものとは思えないほどにか細かった。
返事はなく、ベーカーはあかを頼りに歩き始める。


「チェスカ・・・ジェスカ・・・?」


弟と妹の名を呼んだ。
赤はだんだん多くなっていく。
そして、朝、いつも皆で食事を取るテーブルが見えた。

そこには、 赤   イ    ク ビ 。


「うわぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」


自分の叫び声で目を開けると、きらきら光る電球が目に入った。
咄嗟に自分の手を見る。
いつもと何も変わらない。


「は・・・っは・・・っ」


荒い息をそのままに、ベーカーはベッドから飛び出した。
ドアを開けて、廊下を見る。


「ベーカー?」


暗い廊下で、オスカーがろうそくを持って立っていた。
ぼんやりと浮かぶオスカーの色には、どこにも紅はついていなかった。


「どうしたんですか?」


優しくオスカーがほほ笑んだ瞬間、ベーカーはオスカーに抱き付いた。
慌ててろうそくを近くの台に置き、震えているベーカーの背に触れる。


「ベーカー・・・?」


ベーカーの頭の中で、悪夢が走る。
一面の赤、テーブルに座る首、その主は、
オスカーの服を強く握りしめ、ベーカーは顔を上げようとしなかった。
あんなに好きなはずの赤い色を、今は目に入れたくない。

あの暗闇の恐怖。


「・・・あたたかいミルクを淹れましょう。きっとゆっくり眠れますよ」


ベーカーの異変を感じたオスカーは、優しくベーカーに言い聞かせた。
頭を上げないまま頷いたベーカーを連れて、キッチンへ向かう。
ミルクの準備をしている間も、ベーカーは離れようとしなかった。


「オスカー」


ようやくベーカーが口を開いたのは、ミルクを飲んだ時だった。
その声は小さく、注意深く聞かなければ聞き取れない。


「ここに、居るよね」


一瞬ベーカーが何を確認したがっているのか分からなかった。
少しの間のあと、優しく囁く。


「えぇ、居ますよ」


すると、ベーカーが顔を上げて、おそらくほほ笑んだ。
目の見えないオスカーはその表情を見る事ができない。
それがこんなにも狂おしいことだと、オスカーは初めて知った。


「オスカー・・・一緒に寝ようよ。昔みたいに」

「・・・仕方ありませんね」


不意に、手の上に温もりが乗った。
それがベーカーの手であることに気付くまで、そう長くはかからなかった。
まだかすかに震えているベーカーの手を引いて、暗い廊下を歩く。

この暗闇がベーカーに植え付けたトラウマは、酷く強い傷を残しているのだろう。

暗闇の景色に慣れてしまった自分には分からない恐怖。
どうすればその傷を消せるのか、オスカーは分からなかった。
せめてその恐怖が和らぐよう、その傍で笑うしかない。
誰よりも何よりも護りたい、家族のために。


「ベーカー、今度は良い夢を見れるといいですね」

「うん」


ベッドに寝かせたベーカーの手を取る。

もう、手は震えてはいなかった。







:by ツバメ;