物心ついた時には、既に自分がどういう立場にあるのかを理解していた。


「猫なら殺したわ。もう2度とあんな汚らしいものを持ってこないで」


雨の日に捨てられた猫を拾った。
黒猫はまるで自分のように思えた。
殺した、と聞いた瞬間、自分が殺されたのだと思った。

自分は何も欲してはならない。

あの猫は自分にさえ拾われなければ、死ななかったのかもしれない。
猫の首を見ながら、こみ上げる吐き気に耐えきれずに、その場で嘔吐したのを覚えている。




優しい人




口を開けば「うるさい」と殴られるので、何も話さなくなった。
何をされても泣き声一つ上げなくなったので、「気味が悪い」と罵られた。
自分を護る術を探して、感情を殺す事にした。
できる限り気配を殺して生きるようになった。
紺の目が気持ち悪いと左目を切られた。

その日から、目を隠すように髪を長く伸ばし始めた。

ある程度成長したある日、“華謳”と言う悪魔と天使の学校に通わされる事になった。


「家には帰ってこなくていいから」


冷たい悪意を感じながらも、私は小さく頷き、寮生活を始めた。
そして、
寮に入ってから暫くの間、ここでも私は居てはならない存在なのだと思い知った。

私は紺條家の三女と、ロシア出のジェンマント家の当主の間に生まれた、簡単に言えば“望まれない子”だった。
それ故に、私の責任を一切受け付けなかったジェンマント家の名字を私は名乗らない。

そんな私の家の噂が広まり、気が付けば誰も話し掛けてこようとはしなかった。
幸いだったのは、危害を加えられるようなことがなかった事だ。
昔から空気のように扱われる事には慣れていたから、むしろ好ましかった。

ある日、中庭で1人、本を読んでいた時。


「あなたが紺條夜魅?」


上から降ってきた冷ややかな声。
顔を上げると、そこには1人の美しい女生徒が立っていた。


「私はリーテ・ジェンマント。あなたのお姉さんよ。よろしくね」


にっこりとリーテが柔らかくほほ笑んだ。
自分に姉がいたなんてことを一度も聞かされたことがなかったが、何故かすんなりと受け入れることができた。

自分とは正反対の、天使のような外見の彼女の手を掴むのに、一瞬だけ迷った。

この日から世界にはじめて色がついた。




+++




この次の日、綺麗だった金髪を黒く染め、「おそろい」にしてきたリーテに驚いた。
私の頭をなでようとしたリーテの手を思わず避けたら、そのままよろめいてリーテが転んだ事もあった。
見掛けによらず料理が苦手らしく、調理実習に何故か自分が連れ出されたりもした。
告白されているのに気付いてもいないリーテを見て、溜息をついた。
真夜中に星を見るために連れ出され、蒼鉛に寝ころんで空を見た。

月に照らされて笑うリーテを見て、生まれて初めて世界を美しいと思った。


「・・・リーテ、さん」

「あら、お姉さんでいいのよ? 夜魅」

「おね・・・・・・あ、姉上」

「・・・まぁ、今はそれでいいわ」



「あらあら、寝癖がついてるわよ?」

「・・・姉上、自分でできます」



「夜魅は器用なのね」

「・・・おにぎりくらい誰でも出来ます、姉上」



「姉上」

「なぁに? 夜魅」

「・・・あり、が、とう・・・」


リーテはキョトンとした後、くすっと笑った。


「何のこと? 変な夜魅ね」


それにつられて、私も小さく笑った。




+++




やがてリーテは華謳を卒業し、blackkingdomへ配属されることになった。
そこは常に死が付きまとう、暗い闇だと言う。

あの優しい人が、その手を赤く染めるのか。

そう思った瞬間、体中の血液が冷たく凍った気がした。
あの猫を殺したあの人のように、その手を穢すのか。
そんなの・・・


「ねぇ、夜魅。あなたも来る?」


リーテの言葉を断る理由もなく、私は大きく頷いた。
それから私が学校を卒業するまでの間に、リーテは上へ上り詰め、幹部の1人になっていた。
ただblackkingdomに入るだけではリーテを支えることが出来ない。
自分も幹部へ登らなければ、あの人の手を穢すことを止められない。

そして華謳の中でも優秀な成績を残した私の元へ、blackkingdomからひきぬきの話が持ってこられた。


「・・・私がblackに入るに当たって、一つだけ条件がある」

「何ですか?」


緑色の髪に、赤渕のメガネをかけた男が怪訝そうな顔で私を見る。


「・・・私が幹部へ上った時、リーテの行う汚れ仕事を私に回して欲しい」


彼女へ何が出来るのか考えた結果、出来ることはそれしかなかった。
リーテがくれたこの世界を護るために。


「・・・姉上の手を、これ以上血に汚させてなるものか」


誰か姉上を守る人が現れるまで、私が姉上を守り通そう。
たとえどれだけ私の両手が汚れても。
あの優しい人が綺麗に笑ってくれるなら。

それが私が存在する意味となる。


いつか、この手が刀を握れなくなる、その日まで・・・







:by ツバメ;